Rapha Prestige Onomichi #9

チーム名に関しても存在感を示したのはやはり森本だった。栗林がインスブルックで辻とライドをした時の逸話のうちのひとつで、栗林が激しく息切れしていた時に辻は平然としており、その際サイクルコンピューターが示していた出力が体重の2倍程度だったというものがあった。僕たちはパワーメーターという計測機器を自転車に装着して、リアルタイムで自分がどれほどの出力(W)でペダルを回しているかを測定している。その値は様々な判断への裏付けとなりトレーニング内容を設定したりするのだが自分の体重の2倍という重量出力比(W/kg)はLSDと呼ばれるゾーンで、人と談笑をしながら走れる運動強度を指している。いわば僕と辻が飛騨で心地よく話をしながら走っていた状況も栗林には苦しかったということになる。栗林が典型的な口は回るが脚は回らないタイプのサイクリストだということは周知の事実だが、あらためて値として示されるとその事実に驚愕する。そこから森本が提示したチーム名は2W/kg CyclingClubだった。これは彼なりの栗林へのリスペクトということだろう。そしてチームには行動の指針となるステートメントが必要である。僕は栗林にせめてこれぐらいは決めてほしいと話を振ったが、彼が提示したのは名言を拝借したカッコいいともダサいともつかない最も避けるべきゾーンに入りがちな言葉で、誰もコメントをすることはなかった。ここでも森本がひとこと、Glory Through 2W/kgと提案した。RaphaのモットーであるGlory Through Suffering(苦痛の先の栄光)をサンプリングしたもので、ここにも持ち前のアイロニーが色濃く反映されていた。そのステートメントを背中に配置してジャージのデザインはフィックスし、それを軸にチームキットはすぐに決定した。ジャージのデザインにしてもチーム名もステートメントも、くだらなくて、なんら意味もなくて、それは僕たちのチームをパーフェクトに表現していると思った。栗林はRapha Prestigeに参加しないにも関わらず、チームキットの議論において俺は、俺は、と繰り返した。しかし結果オーダーされたジャージは5着であり、栗林のジャージは最初からこの世界に存在しなかったし、栗林にチャットルームに入れられた福間はついに沈黙をやぶって12月14日の午後あたりに尾道にいればいいのね、とメッセージを送信した。そうして僕たちが尾道を走るすべてが揃った。

>> Rapha Prestige Onomichi #10

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