Rapha Prestige Onomichi #4

路傍の花を横目にペダルを回す。その鮮やかな黄色は夏の緑にまぶしいが外来種で忌み嫌われる存在らしい。僕はバカンスで飛騨に訪れ辻と自転車に乗っていた。爽涼な山間は避暑地としてうってつけで、静謐な緑深い林道は地元の山々とは表情が違っていてお気に入りだ。ふたりで他愛もない会話を交わしながらベース周辺のショートループを走っているが、どちらかといえば会話がメインで、それもまた心地良い。面と向かって話すでもなく酒を飲み語らうでもなく、並走する自転車の距離感だから進む話もある。辻はロードレースを追いかけるフォトグラファーだ。名実ともに日本を代表する彼は、ロードレースのシーズンはイタリアやフランスから帰ってくることはなく、その間オフはほぼ無しだ。分刻みのスケジュールに長時間にわたる移動など連日の疲労に加え、自転車に乗れない生活での鈍りきった身体を彼は毎年この飛騨で癒やしている。愛するロードレースの核心に迫る行為が彼をロードライディングから遠ざけるとはすこし皮肉な構造である。しかし冬場にオーストラリアや中東で開催されるステージレースもあるが、彼がメインで追いかけるグランツールは夏のお祭りだ。それなら季節労働者的な就労スタイルになるだろうし、年収の大半を夏の数ヶ月で稼ぐ格好であればシーズン中の激務も多少はやむを得ないというところだろう。午前中の飛騨は、日差しこそ真夏のそれであるが気温は心地よく、僕は栗林の話を切り出すタイミングを見計らっていた。森本の次に辻を誘うことは決めていたが、そこに躊躇もあった。この春に期間限定でオープンしたRapha福岡で僕は辻に栗林を紹介した。そこから栗林は持ち前の距離の詰め方で、すっかり古い友人のように見せるのだが出会って数ヶ月のその関係を僕はまだ掴みきれていない。辻は栗林と福岡のグループライドで一緒に走っているので、栗林がどういうタイプのサイクリストか理解しているはずだ。どう考えても完走不可能な栗林とRapha Prestigeに参加する行為を辻はどう感じるだろう。上りに入りペースが落ちたところで、僕は話を切り出した。努めて自然に話をしたつもりだが心の底にある躊躇は僕に言葉を選ばせ、まるで何かの言い訳をするかのようで、辻はただ相槌を打つだけだった。ひとしきり話し終え、しばらく無言の時間が続くともうピークは目の前で、辻はゆっくりと僕の方を向き、考えさせてほしい、と言うとスプリントをして、そのまま下り坂に消えていった。カルフォルニアに本拠地を構える人気ブランドのサングラスの奥で、辻がどんな目をしていたかはミラーコートのレンズで見えなかったし、翌日、僕が帰宅するまでお互いが栗林の名前を口にすることはなかった。しかしはっきりしているのは、僕と辻は肩を並べてRapha Prestige Onomichiのスタートラインに立っていたということだ。

>> Rapha Prestige Onomichi #5

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