Rapha Prestige Onomichi #10

12月15日午前5時。僕はダサいジャージを着て森本、辻、日比谷、福間との5人でOnomichi U2にいた。そこは海沿いの大型倉庫をリノベーションした自転車ごと宿泊可能なサイクリスト向け宿泊施設で、レストランやセレクトショップ、台湾の大手自転車メーカーの直営店などが軒を連ねる尾道の主要な観光スポットだ。しまなみ海道を走るサイクリストの拠点として有名で、Raphaも毎年この場所で1ヶ月ほどの期間でポップアップストアを開いている。前日はチームメンバー初めての集合となった。昼はラーメン夜は海産物と尾道の美酒佳肴に舌鼓をうち、酒が進み皆で良く笑ったのを覚えている。もうすでにいくつかのチームがRapha Prestige Onomichiのスタートを切っている。寒空に上弦の月はとっくに沈み、未だ明けぬ宵闇の下でライダーたちは様々な感情を胸のうちに秘めスタートを待っているように見えた。僕たちは最後のスタートとなっていて、全員が集まって行うブリーフィングからスタートまでの時間を持て余していた。森本と日比谷は隅のほうで参加者にサーブされるコーヒーばかり飲んでいたし、辻と福間は台湾の自転車メーカーのレンタルバイクを見て何か話していた。すべての選手がここには居なくなってからスタートということになるが、寒空でジレやジャケットを着ているのが自然な空間で、誰も僕たちのダサいジャージを目にすることは無かった。僕は手持ちぶさたから自転車のパワーメーターのキャリブレーションをしようと思った。それはライドのスタート時に行う計測機器の校正であり儀式だ。Onomichi U2から出るとすぐ前にスタートラインを囲む人だかりが見えて、Rapha Japanのスタッフや地元尾道の協力者たちがチームを鼓舞し、特別な日の幕開けを祝っているようだった。僕は海側のテラスに停めていた自転車に向かうと、南の空に一閃の流星を見た。流星は長く尾を引いて瀬戸内に浮かぶ島のシルエットの後ろに消えた。そのまましばらく真っ暗な空と海と島の境界線を眺めていると、次にスタートするチームがコールアップされる声が聞こえた。振り返るとスタートラインのむこうに今まさに走り出した5つ並んだ赤いテールライトが見え、誘われたようにスタートラインの方に歩きだした時、ふと、いつもの立ち飲み屋でビールを煽る栗林が脳裏にうかぶ。どうしようもなく笑いがこみ上げてきて、ついに吹き出し笑い声を上げるが、スタートラインに着こうとしている選手たちが居たので、彼らに気づかれないように笑いを飲み込んでそそくさとOnomichi U2に戻った。ドアのすぐそばに仲間たちが見えて、いよいよスタートの順番が近づいているということだった。ついに僕たちのチームはコールされ、自転車に跨がりスタートラインに並ぶ。皆でアウターのジレを脱ぎ、ダサいジャージは投光機に照らされ白く輝いた。僕はパワーメーターのキャリブレーションをしていないことに気づいたが、そんなことはもうどうだってよかった。
「Rapha Prestigeにね、出たいと思ってるんですよ」
栗林は確かにそう言った。そして僕はいまここにいる。スタートの合図を受けて走り出す。空には星が瞬いていて、僕たちがペダルを回す音は眠る街に染み込んで消えた。先頭を走る辻が指をさす。その方向に何があるのかは誰も知らなかった。


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