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二つの道

同じ時を生きた戦友はいるだろうか。

仲は良くなくとも、良くても。
価値観が似ていても、異なっていても。

ある時に出会い、共に歩んだ戦友は時に、支えになる。

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デンマーク・コペンハーゲンシェラン島の東端に位置する、デンマーク王国の首都である。

デンマークは地続きではない島で構成され、比較的面積の小さい国だと思っていたのだけど、恥ずかしいことに、ここに訪れるまではデンマークが自治権を保有するグリーンランドフェロー諸島を含む事を知らなかったので、王国としてみると、かなり広い国土を持つ。

クニさんは70歳手前のおじさんで、僕が入社するよりもずっと以前から関係のある取引先の1人である。
彼を見ていると、いつまでも最前線で仕事を続けてしまうんだろうと思わせるような、バイタリティー溢れる日本人である。

この日も、クニさんとはデンマークで落ち合う予定で、日本からフランクフルトを経由し、コペンハーゲン空港に到着した。

近代の空港はどこもかしこも白くて天井が高く、解放的なデザインが多い気がするけど、コペンハーゲン空港は黒がベースにあって、天井も然程高くはない。
ヴィルヘルム・ラウリッツェン(社)が設計したターミナルは細部に渡りデザインされていて、何度訪れても不思議な魅力がある。

木材を多用した施設内は、歩いているだけで気持ちがいい。
予め打合せた出口に向かうと、レンタカーの受付前でクニさんが立っていた。

挨拶を済ませ、レンタカーの受付をする。
クニさんはいつも手荷物が少なく、身軽である。
入社した当時に比べれば大幅に少なくなった僕でも、クニさんのそれには敵わなかった。

彼の小さなスーツケースの取っ手には、奥様から荷物を失くさない様にと小さなペイズリー柄のバンダナが結んであって、彼はあまり気に入っていない様だったが、僕はそれを見るのが好きだった。

スタッフに案内され、駐車場に用意されているSUVに乗ると、一気にシェラン島から西側にあるフュン島を経由し、ユトランド半島北部にあるオールボー(Aalborg)という街まで、5時間の旅に出る。

デンマークには、山と呼べるような山は無い。
どこまで走っても平坦な地形が続き、車内に入っていた旅行誌には、最高峰で171mという記述があった。


オールボーの街は、コペンハーゲンをそのまま小さくしたような街並みで、そこここに歴史ある建物が綺麗に保存されている。

デンマークに来た時、外観を見る限り随分と古い施設なのだろうと思っていたのだけど、泊まるホテルやレストランの内装は幾度もリノベーションが行われていて、変化する不変の街という印象があった。

クニさんとは歳の差はあるが、彼が日本にいる時はトレッキングが趣味なので、仕事中はその話で盛り上がった。

数日間滞在したオールボーでは打合せ通りに仕事も進み、大きなトラブルもなく順調に仕事を終え、コペンハーゲンに戻る。

クニさんはデンマークの地理や店に関して僕よりもずっと詳しいのに、オールボーではいつも僕が食べたいモノを優先してくれていたのだけど、コペンハーゲンに戻る際、和食屋に行きたいと初めて口にした。

Vesterbrogade通りにあるTOKYOレストランは、コペンハーゲン市内のヴェスターブロ地区にある。

*Google earthより抜粋

おそらくコペンハーゲンでは初となる暖簾をくぐると、クニさんはいきなり大きな声で言った。

「おう!未だしぶとく生きてるか?久しぶりに来てやったぞ」

店の奥から出てきた店主も、クニさんを見るなり

「なんだお前かよ。はぁ?まだ生きとるわ。最近来ないから、お前こそとっくにくたばったかと思ったよ」

2人の会話に呆気に取られていると、クニさんはオールボーから持ってきた筋子を店主に渡した。

「ほれ、今年のはちょっと小さいけどな」

オーナーのナカさんは、クニさんとほぼ同世代のおじさんで、このレストラントーキョーの創業者である。
1964年からデンマークで日本食レストランを営み、2人は創業当時からの知り合いということだから、半世紀近い付き合いということになる。
落ち着いた雰囲気のレストランは、日本人からすると定食屋か居酒屋と呼んだ方がしっくりきた。

2人の間柄を訪ねていると、クニさんはわざとナカさんに聞こえるように言った。
「昔からわざわざここに来てやってるんだよ。ありがたく思えってんだ」

そう言うと、ナカさんも負けじと店の奥から応戦する。

20代からこの関係は続いていて、クニさんはただの腐れ縁だと言った。

当時はハードな仕事が連日連夜続き、束の間の休日にナカさんの店へ行っては、若い2人は夜な夜な積もる話をしたそうだ。

「それがどうだ、お前も随分老いぼれたよな」

日本酒を運びに来たナカさんがそう茶化すと、今度はクニさんがやり返す。

まるで漫談の様な応酬に思わず吹き出しそうになったが、その会話には、お互いが過ごしたであろう、長い歴史が刻まれていた。

何年も前に起きた出来事や、2人だけが知る笑い話を聞いているだけで、楽しかった。

50年前に海外で食べることができた和食は、クニさんをどれだけ支えたのだろう。
海外で苦楽を共にし、話し相手になったことが、ナカさんをどれだけ支えたのだろうと思うと、その歴史を羨ましく思った。

今まで一度も訊いたことは無かったのだけど、この仕事をいつまで続けるつもりなのかと、クニさんに尋ねた。

「俺は自分でわかるんだよ。今の仕事を辞めたら、そう長くは生きられない気がするんだ」

クニさんがそう言うと、暫く沈黙していたナカさんが、静かに言った。

「俺はそろそろ辞めようと思ってるんだ。日本に帰るかもしれない」

クニさんは少し驚いた顔をしたが、そうかと頷き、日本酒を飲み干した。

話し込んだせいですっかり遅くなってしまったが、クニさんは会計を済ませると、

「その辺でばったり死ぬなよ」

「お前こそな」

今夜、2人が歩んできたそれぞれの道に立ち会えただけで、この旅は十分だと思った。

店を出て、暗くなったヴェスターブロをクニさんと歩いていると、彼はホテルに着くまで一言も話さなかったし、僕も話しかけなかった。

翌日。
コペンハーゲンの街は、クリスマスの準備で大忙しだった。

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Tokyo restaurant
Vesterbrogade 77
1620 Copenhagen V
Denmark

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