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ジジイ達の50円。

今年初めて半袖になった。

いつの間にか雲はもう冬の形をしていなくて、でも真夏の様にはなり切れてない、曖昧な形をしている。
暖かくなると人が明るくなっていく気がする。
浮かれて陽気な気分の明るいというよりは、寒い時に見た辛そうな人が減っていく感覚。

そしてそんな時期もあっという間に過ぎ、またすぐに夏になる。

昔、僕はとある街で一人暮らしをしていた。
近所付き合いは好きな方で、引っ越してきた日に挨拶回りをした。
今時そんな事しないよと同僚に言われたが、幼少の頃に親がそうしていたので、何となく僕もやってみたかったのだ。
お陰様で早々に名前を覚えてもらった僕は、近所の婆ちゃんや爺ちゃんと世間話をしたり、お裾分けを貰ったり、地域の様々な情報を貰う様になった。

夏になると、地元では祭りのオンパレードになる。
今度何丁目で何年かに一度の祭りがある、何丁目ではボランティアのバザーがある、何丁目は消防活動と祭りがあるなど、職場と家の往復だけだったら全く知り得ない様なイベントが目白押しだった。

ある日の週末。
ご近所の中でも一番世話焼きの爺さんが、炎天下にヒーヒー言いながら洗車をしている僕に話し掛けてきた。

「今日はあじぃな。」(暑いな)
「うん、あじぃね。」
「何やってるだ?」
「見ての通り、この暑い中洗車してんだよ〜バカでしょ?(笑)」
「ウヒヒ。ご苦労だな。あんな、おめぇ今度休みの日、1日だけ借りれっか?」

ジジババが唐突に話を振ってくるのは毎度の事。
何でも近く町内会の子供祭りがあるらしいので、若いのに手伝って欲しいと言う事だった。

その日は空いていたので快諾した。
すると爺さん曰く、祭りの前にちょっとした打合せが2回あるから、それも来れるなら来いと言う事だった。

えぇ…1日じゃねぇじゃん…

などと思いながらも、平日の夜に早めに仕事を切り上げた後、最寄の神社で打合せをした。
境内に着くと打合せとは名ばかりで、実際はジジ達の飲み会になっていた。
ただ、酔う前に今年は何を出品するのか決めた後、残りの時間の殆どが持ち寄った酒と乾き物で宴会になると言う段取りである。

そのジジーの中でもひときわ光る爺さんがいた。
いや、爺さんと言ったら少し失礼かもしれない。
パッと見は65オーバーくらいの方で、近所でも一目置かれている方の様だ。
お名前は山中サンと言った。

「ハァ今年はどうすんべかな。悩むなぁ。」
「どうしたんですか?」
と尋ねると、山中サンは少し重たい顔をして言った。

「俺らは毎年よ、子供達が祭りの食べもんなんかを楽しみにしてくれてると思ってやってんだけどよ、果たして今の子供達って喜んでくれてんのかなってさ…」

瓶ビールをガラスコップに手酌しながら、山中さんはそう呟いた。
僕は、毎年出しているというメニューを訊いた。

焼きそば
焼き鳥
フランクフルト
唐揚げ
たこせん
ヨーヨー
射的

正しい日本のお祭りよろしく、ラインナップもど定番という印象だった。
ただ僕はたこせんというのだけは知らなかった。

聞けば、駄菓子のたこせんべいに焼いた卵とベーコンをのせ、マヨネーズとソースをかけたあと挟む、とてもシンプルな食べ物だった。(地域によって具材は色々あるみたいだけど)

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そして毎年お祭りは若干の赤字で運営されているという話題も出てきた。
僕はサラリーマンの悪い癖で、少し黒字が出る位でいいのでは?と偉そうに提案をした。

すると何人かが反応しそれに賛成した。

「確かにな。機材も古くなってきたしよ、浮いた資金で設備を新しくしてくってのも大事だんべな」

既に存分に酔っ払い真っ赤な顔をした1人のジジが言うと、何人かが頷いた。

続けて、他のジジが僕に言った。

「最近の子供達が喜びそうなモンて、何か知ってっか?」

僕は悩んだ。
ジジ達からすれば若く見えるだろうが、一般社会では見紛うこと無き正統派のおっさんである。
だが幸いにして昨年大きな祭りに出掛けた記憶があったので、思い当たるアイテムを提案を幾つかしてみた。

ブラックタピオカミルクティー
ぐるぐるソーセージ
色んな種類のシロップかけ放題のかき氷
射的の景品の一新(今風のアニメグッズ等に切り替える)

すると、ジジ達の目が少し輝く。
どれも過去にやった事は無く、試しにやって見ようと言う事になったが、

いくらなんでも即決過ぎやしないだろうか。

せめて僕はあともう1日ある打合せ(という名の宴会)で、試食会をした方が良いのではと話した。

何故なら、ブラックタピオカミルクティーのことを終始

ブラックなんとかピ

などと言ってる始末なので、現物をいきなり見せたら絶対に不安になると思ったからだ。

翌週の神社。
僕は適当に見繕った商品を持参し、ジジ達の前で披露した。
案の定、タピオカ以外はイメージが出来たものの、ブラックタピオカをミルクティーに混ぜたルックスにジジイ達はかなり怯んでいた。

「...これ...なんだべや?」

「...食えんのけ?」

「カエルの卵みてぇだな」(これは想定内)

ただでさえブラックタピオカのパンチ力に加え、ミルクティー等という洒落たモノすら飲んだことが無いジジイ達である。

怯みまくるジジを尻目に、先陣を切って総大将•山中サンが試飲する。

周りのジジイ達からすればきっと、山中サンが勇者に見えた事だろう。

「ん…なんだこれ...」

糖尿の心配も存分にあるジジ達にとって、タピオカよりも先ずこの紅茶の甘さが致命的だった。
そこに後からストローを通じて流れ込む謎の黒い物体。
山中サンは顔にモザイクをかける必要があるレベル程の形相でそれを飲んだ。

総大将が怯んだ為、後続の御大達は誰一人としてトライしなかった

しかしそこは山中サン。

僕を信じて採用しようという事になり、一安心した。

奇跡的に全てのアイテムが承認されたが、肝心なのは価格の設定である。

今までジジ達は全ての商品を一律100円でやっていたのだ。

これじゃ毎年赤字なのも頷ける。

僕はせめてタピオカは300円でいきましょうと提案し、残りの新しいアイテムは全てが200円で統一された。

計算上ではこれだけで、若干の黒字になる計算だ。

続けて、ジジ達から以前からのアイテムも少しだけ値上げしようという話になった。その代わりボリュームを増やそうという流れになったが、山中サンは、たこせんとゲームだけは50円でいこうと言った。

周りのジジ達も僕もせめて150円で良いのではと言ったが、山中サンは頑なに首を横に振って言った。

「子供達の中には100円しか貰えない家庭だってある。その子達が祭りで何も買えないというのは、絶対に避けなきゃならないんだ。」

そう説明している山中サンの目を見た時、僕はバットで頭を叩かれるような感覚がした。
その思慮深さと優しさに、涙が出そうになった。

すると周りで散々酔っ払っいてたジジ達も同じ目になり、それらだけはずっと50円でやるべという事で可決した。

傍目からはただの神社に屯す酔っぱらいにしか見えないが、僕の目にはジジイ達が完全にスペース・カウボーイに見えた。

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彼らは地元を愛しているし、何より地元の子供達の事を愛していた。

お祭当日。

ブラックなんとかピはジジ達の予想を上回りあっという間に完売した。
他の新メニューも人気だったし、例年よりも売れた。
子供達は皆、夢中になって祭りを楽しんでいた。
ボロボロだった機材も一新され、祭りがまた少し賑やかになった。

たこせんとヨーヨーと射的はその年も赤字だったが、お祭りに来た子供達は何も知らず、50円の温もりは今もずっと続いている。

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