【映画レビュー】お名前はアドルフ? 評価:○
■アンジャッシュファン、必見
ゴシップというのはいつも誰かの心を躍らせるものだ。アンジャッシュ渡部事件である。あんなきれいな奥さんを差し置いて複数の女性と不倫に励んでいたというではないか。ふだんは他人の惚れた腫れたなぞに関心を示さないわたしであるが、これには腰を抜かした。その奥方ときたら、美人の日本代表、その美貌力をスカウターで図ろうものなら閾値を軽く振り切るほどの、美人界の超サイヤ人なのである。何が不満だったのだ渡部氏よ。ギリシヤ神話の神々か何を気取っているのかね。あにはからんや、公共機関たる多目的トイレでハッスルしようとは・・・・・・神仏すら震える所業、お下品不謹慎にもほどがある。
で、6/6本邦公開となったドイツ映画『お名前はアドルフ?』である。見てびっくり。これがまた、あの色んな意味でアンジャッシュみたいなコメディ映画なのである。いやぁ、映画の神様ってのはいるもんですなぁ! 例のすれ違いコントがあるんですよ。そんな秀逸なコメディ映画なのだから。しかし、ほんと妙な符合があるものだなぁ。
■銀座シネスイッチ
※シネスイッチの場内。 2階席からの写真となります。許可は頂いております。
東京都内では銀座シネスイッチにて公開中だ。ここで紹介するまでもない。数多くのファンをかかえる老舗のミニシアターである。
銀座の超一等地に居を構える。周囲には有名な時計塔だの百貨店だの、アップル銀座店やら山野楽器やらイッセイミヤケやらアンパン屋さんやら、何だかシャレオツでモダンな建物が軒を連ねる。一度入店したら最後、天文学的なサーヴィス料を請求されるナイトクラブだのスナックだのが並ぶ島耕作的な危険エリアとは位置的には離れているので、比較的治安な良さげだ。
その興行作品のラインナップたるや言うなれば激渋、もとい素晴らしいチョイスで彩られている。どちらかといえば、邦画よりはヨーロッパから買い付けた瀟洒な作品が多い。いかにもなんか銀座らしい。しかも見た後に考えさせる、作家性を押し出した知的な映画が多い。
個人的に、ここで公開されたもので印象的だったのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ファントム・スレッド』や、巨匠ジャン・リュック・ゴダール監督が初めて作った3D映画『さらば愛の言葉よ』といったところだ。いやはや。一本筋でいかない映画ばかりで嬉しくなる。とまれ、大手では決して流さないようなその激渋チョイスにあなたは痺れること間違いなし。これぞミニシアターといった感じの姿勢を貫いているあたりに共感すら覚える。
東京都近郊にお住まいの方はもちろんのこと、地方から遊びにきたぜという方にも是非足を運んで頂きたい。古き良きミニシアター魂を感じることのできる、ある意味パワースポットとも言えるだろう。周囲まぁ一等地だけあって歓楽街とは違う雰囲気だし、エエ感じの喫茶店だの洋食屋さんだのがある。総合すると大人のカップルのデイトなんぞにも申し分なし。晴れた日なんぞに遊びに行ったら、さぞいい休日になるだろう。
ちなみに、シネスイッチ銀座でしか味わえないちょっとした楽しみ方があるのでここで紹介する。現在、シネスイッチでは計二つのシアターが稼働している。そのうち地下にあるシアター、通称「シネスイッチ1」は、ちょっと特殊な構造をとっている。
そう、二階席があるのだ。ここ「シネスイッチ1」で見たい映画が興行しているのなら、ぜひ二階での鑑賞を試して頂きたい。とくに二階の最前列は凄い。すぐ真下に1階の観客席があって、下の方でわちゃわちゃしてる観客を見下ろせるのだから。歌舞伎でいう桟敷席っぽさというか、ちょっとしたスペシャル感がある(料金はどの席でも同一なのでご安心を)。あと二階席からだとスクリーンを見下ろす形になるのだが、見上げるよりもいい姿勢を保つことができる。これが頭や目の負担にならず、鑑賞中疲れないのもまた良い。
『お名前はアドルフ?』も「シネスイッチ1」で公開中である。これを期に、ぜひご検討いただければ幸いである。
■分析 あんまりなオチに場内ドン引き
舞台はドイツのライン川ほとりの一軒家。いかにもハイクラスの夫婦の、それは優雅な暮らしが映し出される・・・・・・のだがここから何か様子がおかしい。家主であり本作の主役の大学教授ときたら、誤配送でピンポンした宅配ピザ屋の兄さんにつまらんことでキレるし、「鍵がねぇ!」とか喚いて必死に車か何かの鍵を探し回っている。その奥方は自分の母親(やたら若作りで、しかもハッパでテンションがぶち上がってる)と長電話しながらディナーの準備に追われている。振り返るとここは大した伏線であった。時迫り、登場人物たちが集まりはじめる。夫婦と古馴染みのオーボエ演奏者、奥さんの弟(不動産業で財を成した成功者)、その恋人の女優。そんな上流階級の、平和でたのしい食事会は一変、「今度生まれる子供の名前をアドルフにするよ!」と例の弟が言い始めたことから見事に狂い出していく。
この弟ときたらみんなが「辞めとけ」と諭すのに対してやたら強情だ。色々理屈をこねては挙句の果てに「世にはこびるヒトラー神話を崩壊させるため」だの頓珍漢な寝言をまくしたてる。ここまで意固地なのも理由があったりする。
で、この映画は「最終解決」や戦争犯罪に言及していくのか、というと別にそうではない。蓋をあけたアラびっくり、みんな大好きゴシップに軸を置いたミステリーだからだ。勘のいい方であれば、ここまで読んでいただければおわかりだと思う。本作は、アドルフ・ヒトラーに関する話題には表面的にしか触れられないのである。主題はそこに置かれていない。劇中、議論の相手を貶すために「反ヒトラーだと言い張り、反ナチ番組に興奮する左翼」といった強烈パワーワードが持ち出されたりしておかしいのだが、正直あまり重要じゃない。またはハイソな一軒家が舞台のソリッドシチュエーションスリラー、人死のないSAW、と言い換えてもいい。じゃあなんだかんだで平和に終わるのかしら〜と思ったそこのあなたは甘い。映画が終わってみればあまりにひどい。家族崩壊レベルの人災が待っているのでどうか覚悟をば。
そんなわけでエンドロール寸前まで人々の間に(観客も含め)深いしこりや蟠りが残り続ける始末である。まぁラストで漸く少しだけ解消されるのだが・・・・・・。果たして人々はいがみ合い続けるのか、それとも修復するのか。それは見てからのおたのしみ。
しかし、この映画で私はある人物の「告白」には腹を抱えて笑ってしまった。本作最大の山場に匹敵するだろう。渦中の当事者たちからしたら実にあんまりであるものの、おかしいったらありゃしない。しかし一見無害そうなやつが実はすさまじい爆弾を隠し持っているものだ。まぁ、現実でもそんなもんだよね。そこに至るまで伏線の貼り方や直前のミスリード等、それは完全に匠の域に達している。実にテクニカルな笑いを齎せてくれたように思えたのだが、劇場でバカみたいに口開けて声を出して笑っていたのは多分私一人であった。は、恥ずかしい。
この辺りが、本作の欠点といえるだろうな、と思う。日本とドイツの、笑いのツボの違いというやつなんだろうか。観客席から「サーッ」と引いてる音が聞こえた。まぁ文化の違いもあるだろう(ブリキの太鼓のくだりとか、知っていればおかしいのだけれどもね)。仕方ないといえば仕方ない。
また、もうひとつの欠点といえば、映画の大半を占める登場人物同士の議論シーンだろう。議論は結構なのだが、最終的に相手をやり込めるための必殺技、人格否定まで出してしまう。それは秘密を暴くトリガーになるので必要っちゃ必要なのだが、何もそこまで言わなくてもいいだろと思う。LGBTQの人々に対する、あまりに配慮に欠いた発言もポロリしちゃう。そういう感情的なやりとりが何度もだらだら続くと見ている側は疲弊してしまうものだ。いつまでも終わらない親子喧嘩が終結するのを、ただ黙って部屋で待つ子供のような気分である。せっかくのギャグのキレを活かせずに、スポイルされてしまっている。
ただ、日本人との親和性が皆無なのかと言われたら、そうでもないだろう。場内でもくすくす笑いが漏れていた。前述の通り、いかにも「アンジャッシュ」っぽい、すれ違いコントのような応答も出てきて、そこはまずまず楽しい。
■結論 本作はヒトラーと(ほとんど)関係ないものの・・・・・・
本作はパリやハンブルクにおける興行で大成功を収めた喜劇「ル・プレノン(名前、の意)」を原作としている。
当たり前だが、名前って大事なのだ。まぁ名前って一生残るものだし。世の親は我が子の名についてあれこれと深く考えるものなのである。そう、間違っても冗談などで名前を決めてはならない。そのような人間には、必ずや相応の叱責や信用の失墜が待っているという訳だ。
が、同時にである。当人がどんなキラキラネームだろうとも、当人の名誉が毀損され、あまつさえ人権が侵害されるべきではない。あってはならない。たとえ、相手がアドルフくんだろうと悪魔くんであろうと、である。そんな権利、どこにも誰にもないのだ。
一人のアドルフとその追従者が起こしたかの蛮行のせいで、世界中の無実のアドルフさんが迷惑を被った。周囲の目やいやがらせを苦にし、本名を隠して生き続ける人もいるくらいなのだから(ドイツでは今日でも無論その名はタブーだ。だからこそこの戯曲はヒットしたのだ)。そんなアドルフさんたちを追い詰めるのは、ナチスでもなければ1984のビッグブラザーでもない。紛うことなく、私たちの社会なのである。それだけはどうか、肝に銘じたいと思う。
そういう観点だと、軽率に名付ける側とそれを非難する側、その両面の欺瞞や虚構を見事に描き出している、とも言える。それらは宿痾のようなもので、人類から中々消えるものではないだろう。
が、映画のラストにおいて、わたしたちはちいさな希望を目にすることになる。それは一縷の希望だが、きっと見た人には届くはずだ。ただ面白い映画だけではなく、中々考えさせる映画でもある。ぜひシネスイッチの2階席から見て頂き、その後は周囲のシャレオツな喫茶店に入ってゆっくり振り返って頂ければ幸いである。
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