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【物書き部企画】『消えた歴史に旗を立てて歩くシェフ 5期生白潰(しらつえ)さん』

とある放課後


とある放課後。四国、愛媛県松山市にある小学校の裏山に、一人で入っていく少年がいる。小学1~2年生だろうか。学校の遠足の時に覚えた山道を、迷いなくどんどん登って進んでいく。今日の遊びは山登りだ。
 小学生の足でもほどなく到着する山頂から、さらに山奥へのまっすぐな道が続いていた。遠足の時には気づかなかった道だ。
あの道はなんだ?よし、行ってみよう!!
どんどん進んでいく。そこには山と自分だけ。非日常の高揚感を覚えて足を動かす。
 
 しかし、夢中で進むうちに、ふと、カラスの鳴き声が耳についた。カァァ・・・カアァァ・・・カアァァァァ・・・・・・。ひたすらまっすぐな長い道の真ん中に、ぽつんと自分たったひとりだけしかいない。
カラスの気配に、突然少年はこわくなった。帰れなくなるかもしれない!あわてて来た道をひきかえす。帰り道は、行きの高揚感とは全く違っていた。
 しかしその恐怖のようなものは、普段暮らしている街の生活では味わったことのない感覚だった。
あの山道の先には何があったんだろう?という疑問と共に、あれをまた味わいたい!という気持ちが芽生えた。
『なんかあれがクセになっちゃったんですよねえ・・・』
 穏やかな深い声でそう語ってくれたのは、5期生白潰(しらつえ)さん。愛媛県の、住む人のいなくなった消滅集落を歩くYouTubeチャンネルをされている。

白潰さんって?

 白潰さんの本業は、松山市にある50年の歴史を持つドイツ料理店『モルゲン』の二代目シェフである。

自家製のハムやソーセージ、洋食メニューや、50種類を超すビールを置くお店にはファンが多い。

 そんな白潰さんがされているのが『白潰チャンネル』。ユーチューバーである、というような気負いは全く持っておられないようにみえた。

『YouTubeはタダでデータを保管してくれるから』という、まったりした温度感である。

 私は、『白潰チャンネル』を知ったことがきっかけで、今回インタビューを申し込んだ。5期生の白潰さんがたむ小に入学されて、歴史クラブに投稿されていたのがきっかけだったと思う(お話したことはなかったが、今回インタビューを申し込むとすぐに快く応じてくださった)

 アップされている動画はシンプルだ。白潰さんがカメラを持ち、一人で廃墟となった集落や山道を歩いていく(お友達とご一緒されている企画もある)。後日、その場所の説明や歴史、白潰さんの思いなどを動画にアテレコされているというものだ。場所は違えど、超限界集落である私の祖父母の暮らした村への思いと重なり、魅了され、折に触れ観続けてきた。

白潰チャンネルができるまで

 白潰さんは愛媛県松山市生まれ、街で育った子どもだ。しかし遡ると、山深い惣川(そうがわ)村というところが、もともと一家が暮らしていた場所。ひいおじいさんは庄屋で村長であり、おじいさんが若くしてその跡をついだ。昔は芝居小屋や映画館、相撲の興行があるような栄えていた村だった。

お母さんがごく幼少のころまでしか暮らしてなかったということで、足を運ぶこともなかったが、親戚が集まると大人たちは懐かしそうに惣川村の集落、『惣津(そうづ)』の話をよくしていた。

 昭和に入りしばらくして、一家は松山市に引っ越す。昭和30年代には、親戚に管理してもらっていた家も手放した。つまりそのころにはまだその家を求める人が村に住んでいたということだ。

 白潰さんは、おじいさんから特別可愛がられていた。おじいさんは『がんこじじい』で、すぐ怒鳴ったりするので苦手にする親族もいた。しかし白潰さんは、職場の人にはとても慕われていたというおじいさんのことをが大好きで、『尊敬するじいちゃんが持っていた集落、惣津』を見てみたいと思うようになる。

 ところがなにせ、一家が惣津を出て行ったのは、60年近く前のお話。どこにあるか詳しく覚えている人間はゼロ。それならばと国土地理院の地形図をたどってみると惣津の地名は残っていた。

 山歩きが趣味だった白潰さんは、13~14年前にその場所を訪ねてみることにした。しかし、情報は幼少期の母と叔父のおぼろげな光景のみ。家から見下ろしたら棚田があった、とかその程度のことだ。

 とうに住む人はなく集落は消滅している。その時は動画なども撮らず、どこが家だったかはっきりとはわからないまま、山中を見て帰ったということだった。

 転機は二回目の訪問だった。

 一回目の訪問のときに見た神社が倒壊していたのである。

 いつかは、と思っていても実際に朽ちて形をなさなくなった神社をみて白潰さんは衝撃を受ける。残さなくては、という思いが沸き動画を撮り始めた。それを、先にも話した通りYouTubeで保存したのが白潰チャンネルの始まりである。

 ちなみに惣川村惣津の動画はこちら。

 ①消滅集落「惣津」その1 愛媛県西予市旧野村町惣 https://youtu.be/DZeOwBgvib8

 ②消滅集落「惣津」その2 山中の蔵 https://youtu.be/iP65g23VnAk

 ③消滅集落「惣津」その3 愛媛県西予市旧野村町惣川 https://youtu.be/mWkKR9qQImc

白潰チャンネルができてから

 消滅集落の他にも、地元の歴史に関する場所にも足を運んでいて、主に河野氏にゆかりのある場所なども紹介されている。地方史には矛盾も多く、その周りを埋めていく作業の一端になればという思いもあるそうだ。

 それから、観ていただくと分かるのだが、白潰さんが歩き回る山は整備されているところは少ない。狭い山道やけものみちのようなところを進んでいく場面が多いのだ。聞くと、茂みが多い場所は冬に訪ねるようにし、夏は標高の高いところに行くなどの工夫をされていた。

 何気なく窪んだ穴に足を入れてしまったらイノシシがいた、産業廃棄物が捨ててある谷を通った時に怖めのおじさんに声をかけられたがフレンドリーな会話を投げかけて乗り切った、などハプニングも数々。

『命の危険があったのは2~3回ですかねえ・・・?』

 やはりゆったりした口調でそう言われると、あそうですかと何事もなかったかのように聞き流しそうになったが、夕暮れが迫り暗くなる山道で道に迷い、冬で軽装備だったため本当に危なかったと聞くと、山の危険を改めて思い知らされた。

当然、山には危険な場所に必ず注意喚起の立て札がかかっている訳ではない。

『生と死の境目があいまいで、その時には危険に全く気づけないことも多いんです。どっちの道を選ぶか、その時には分からなくても、帰ってから本当に危なかったんだと気づいてゾクッとする、変なスリルがあって・・・わざわざ危険なことをして遊んでるんですよねえ』

 そもそも、そういったスリルをなぜ好むのか伺ったところお話してくださった原点が最初にご紹介した少年期のエピソードである。

これから

 インタビューではチャンネルの歴史や、始めたきっかけ等を中心にお話を伺った。

 私は『消滅した集落や、地域の歴史を、何故ここまで撮ろうとするのか』を聞いてみたかった。ご本人からは『今しか撮れないものなので・・いずれ無くなってしまうものをアーカイブとして残しておきたいんです。何十年か先、価値を感じてもらえると思っています』とのことだった。

 確かに地方の過疎化は深刻だ。いずれこうなることは昭和のころからもう分かっていたとしつつも、白潰さんはお休みの日に取れる時間を逆算して、行ける場所を決め、少しずつ記録を残している。行きたいところは、まだまだたくさんある。

 また、令和6年に松山市から、車で1時間半ほどの柳谷(やなだに)村へお店を移転することが決まっている。廃校になった小学校の一角を使うのだという。白潰さんが利用する以外にも多くのスペースがあり、そこも利用して町おこしのようなこともしていこうと、町長さんご夫妻の協力のもと、利活用委員会を設置すべく協議中とのことだ。

ところでお名前の『白潰』ってなんですか?

 インタビューを終え、記事を書き始めてふと、そういえば名前の由来を聞いてないことに気づき、再度お時間をいただいた。最後にこちらを紹介しよう。

 白潰とは松山市で二番目に高い山の名前だそうだ(標高1155メートル)。正式な山の名前ではなく地名、通称のようなもの。明治の地図には南三方森(みなみさんぽうがもり)とある。ちなみに愛媛と高知には『森』と名の付く山が多い。

 白潰山はマイナーすぎて地元の人も知らない人がほとんど。ルートもマイナー。花崗岩でできた崖だらけ。崩れやすい花崗岩がどんどん風化、浸食されて険しくなっているので、気軽なハイキングなどとてもじゃないけれどできないのである。

 14~15年前に明神ヶ森(みょうじんがもり)という松山市で一番高い山から稜線づたいに白潰山に入ってみた。重装備で臨んだものの最後には水も尽き、一日がかりになった。

『稜線がやせている』という表現は初めて聞いたが、要は稜線の左右にある崖がどんどん崩れていっているので、細い痩せてしまった道なのだそうだ。

 豊かな森とは全く違い、荒涼として、ものさびしい、地の果てのような風景だった。そして白潰さんはそんな風景が嫌いではなかった。

 たむ小に入って名前を考えるときに、ふとその風景が浮かんだので『白潰』を名前にしたそうだ。そんな白潰さんが見ている風景をぜひ追体験してみてほしい。チャンネル登録よろしくお願いします!!

 白潰チャンネル  https://www.youtube.com/@shiratsue


「インタビューを受けた人」
【5期生】白潰(しらつえ)さん

「インタビューをした人」
【4期生】わさびさん