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旅の記:2023年9月のツアー㉗長浜神社(島根県出雲市)

【旅の記:2023年9月のツアー㉗長浜神社】

四国から中国地方を縦断して島根県です。島根県に来るのは3度。1度目は何もわからず来て、出雲大社をお参りしただけでした。2度目は神社や史跡を意気込んで巡ったのですが、もちろんすべては網羅できておらず、今回も時間が許す限り、探訪してみようと思います。
まずは長浜神社へ。出雲は神話の宝庫ですが、こちらの神社は「国引き神話」にまつわる神社です。八束水臣津野命(やつかみずおみずぬ)という神様は「八雲立つ出雲の国は、幅の狭い布のように、なんと幼く小さな国なのだろう」と言い、それならばと遠く「志羅紀」「北門佐岐」「北門農波」「高志」から余った土地を鋤で切り分け、「三身の綱」でそれぞれの国を「国来い、国来い」と引き寄せて、出雲の国に縫い合わせた。それでできた土地が現在の島根半島ということです。引き寄せた土地の推定値はいろいろ候補があるようですが、朝鮮半島(左・杵築の地)・隠岐の2島(中・狭田の国と門見の国)・能登半島(三穂の国)のことではないのかという説が有力のようです。また国を引いた綱を結いつけた山が三瓶山と大山で、綱は薗の長浜と弓ヶ浜であるとされています。そして面白いのが、縄文時代の初期、約7000年前は島根半島は島であったが、三瓶山の火山活動の噴出物が大量の土砂となって斐伊川などから流れ下り、出雲平野を形成して陸続きになったという。ということで、引いてきた、っていうわけではないかもですが、出雲の国が「幅の狭い国」から肥沃な平野を持つ国に変わっていくのを、縄文時代の人たちは目の当たりにしたということですね。
長浜神社には主人公・八束水臣津野命(やつかみずおみずぬ)を主祭神として、衣に関する神様とされる布帝耳神(ふてみみのかみ)、水の神で八束水臣津野命と同一神とされる淤美豆奴神(おみづぬのかみ)が配神として祀られています。
創建は不詳、中世から近世にかけて「妙見社」「薗村妙見神社」などと呼ばれ、延宝3年(1675年)には社殿が焼失、松江藩主松平綱近の命によって造営されている。明治5年(1872年)に現在の社名となった。

隋神門
拝殿
出雲流のしめ縄
ご本殿と土俵
毎年10月、国引き神話にちなんだジャンボ綱引き大会があるそうです!

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