雲ノ平山荘での生活と仕事の記録
のびやかな晴天の休日。黒部源流を辿りながら沢を下っていく。北アルプスも夏の終わりを感じる景観になってきたがまだまだ暑く、強い陽が差し込み体温が上がっていくのがわかる。
木陰で小休憩を取る。沢に近づき、頭から冷たい水を浴びる。山のなかで暮らし始めて、水の恵みをありがたむ日々。
7月から、北アルプスの最奥地にある雲ノ平山荘にて働いている。20歳を過ぎてから、自然との関わりが深まっていくなかで、さらに一歩踏み込んでみようということで雲ノ平に行くことを決めた。
なぜ雲ノ平か?ということについては、なかなか言葉にするのは難しいが、ひとつは、これまで山を歩き楽しんできたなかで一番素晴らしい景観であったこと。
急峻な山々に囲まれるなかでの穏やかな庭園の風景。夕方になるとチングルマの綿毛が紅く輝きはじめる。夜になれば大きな溶岩に寝転びながら星空を見る。
この美しい雲ノ平の景観を暮らしのなかで見たいと思ったのがひとつ。
もうひとつは、雲ノ平山荘の取り組みと思想に興味を持っていたこと。
雲ノ平山荘では、登山道整備プログラムや、アーティストが山荘に滞在して作品制作を行うAIRプログラム、雲ノ平の地質や動植物などを学術的に探求するサイエンスラボなどの活動を行っている。
このような取り組みを進めながら、自然保護についてや、日本の国立公園に関する社会課題などに対して積極的に発信しており、それらに自身も小さいながらコミットしたいと考えたのが二つ目の理由である。
雲ノ平での生活と仕事は、刺激的でありながら非常におだやかでもある。朝起きて5分後に仕事がはじまる。生活と仕事が曖昧である環境の経験はあったが、ライフラインを自足している場というのは初めてである。
雨が降らなければ生活の水がなくなり、天気が悪ければヘリからの物資が途絶える。そんななかで共同体としてそれぞれの役割を担いながら生活していく。
忙しいなかでも雲ノ平の食事はとても丁寧で、朝も夜もたっぷりと時間をとる。仕事中でも夕日が綺麗に見える日には一度手を止め、みんなで外の景色眺める。
信頼ある山荘スタッフたちと冗談を言いながらも真剣に生活する日々はとても楽しい。自分が一番未熟であると思う瞬間が多々あり、食事をしながら仲間と話す時間は何よりの喜びと学びである。
仕事について、特筆すべきものをひとつ挙げるとすると、今シーズンの新たな試みとして、雲ノ平や黒部源流域の成り立ちを読み解く自然観察ツアーが始まっていて、そのツアーガイドとして8月から関わっている。
前々から地質学や地理学に興味があり、図書館に行くたびに、歩いたことがあるアルプスの山々の成り立ちや、近くの里山の岩石の構成などについてよく調べていた。
そんななかで、仕事として他者に対して自然解説をするチャンスが巡ってきて、過去の点と点が繋がるというのはおもしろいものだなと思う。
雲ノ平の情報発信についても、文章と写真をやる身として何か関わることができないかと来る前から考えていたが、いろいろと発信を任せてもらい、やりがいを強く感じている。
ライフワークとして続けてきたことが活かせる場があるというのは精神的になかなか豊かなもので、これからも雲ノ平の魅力を多様な視点から届けたいと思っている。
さいごに、本棚を眺めていると『僕は持続可能な社会というものは、多くの人々が「このままでありたい」と願う社会ではないかと思っている』という小屋主の文章が混ざっていた。この場所を好きになってよかったと静かにうなずいた。このままでありたい、と思える場所でこれからも時間を過ごしたい。
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