マンガ編集の仕事は変わっていないのだろうか?

最近、とある出版社の編集の方とお話させて頂く機会があった。

その方はマンガの編集者で、結構なベテランの方なのだが、その方と話していたときにどうにも腑に落ちないところがあった。

それは、「マンガ編集の仕事は今も昔も変わっていない」という点である。


確かに、作家と二人三脚で作品作りをしていることや、作品の持ち込みを受けたり企画をプロデュースするなどの行為そのものは変わっていない。だから、たとえ時代が変わったとしても、とにかく良いものを作ることが大事、という理論を持つことは必要なことだと思う。

ただ、果たしてそれだけで本当に良いのだろうか。


なぜならその理論はどの出版社の編集者も持っているからだ。

みんな良いものを作ろうとして自分の睡眠時間や余暇などを削って作家と向き合い続けている。そうして一生懸命作り上げた作品であっても、市場に出た瞬間全く見向きもされない、なんてことはよくある。

みんな決してつまらない作品や良くない作品を世に送り出したいわけでないし、本当に良いと思っているからこそ作家と一緒に作品を作り上げていけているはずだ。

だから、今の時代は良いものを作るだけでは不十分だと思う。

売れる仕組みを考えないといけない。

昔は編集が作って、それを流通が日本全国の本屋に卸して、そして書店が人々に本を売る。それが強固に機能していたが、今はもう成り立たなくなっている。

本が売れなくなったことで各地の書店はつぶれ、つぶれた書店をひいきにしていた人々はアマゾンなどのネットショップを頼りにしなければならず、そして本屋に行く習慣がなくなった人の何割かは、次第に本を手に取ることもなくなるだろう。

また、人々がアマゾンを頼ってその便利さを知り、直接通ってもあるかどうか分からない本を書店で探すことをやめ、すぐにアマゾンで注文するようになれば、多くの人はますます書店に足を運ばなくなる。

そうすると、書店で本は売れなくなり、書店は経営悪化でいつしか閉店しなければならなくなる。

この悪循環からまったく抜け出せないのが今の出版の現状だろう。

だから、良い本をたとえ作ったとしても、それを直接人々に届ける書店が弱体化してしまっている今、それだけでは編集の仕事は不十分である。

いかにしてその本を知ってもらい、手に取って読んでもらって、そして好きになってもらう。その後、作品のファンとなった読者の思いを集めて束ね、マネジメントしつつ作家とファンが一緒になって盛り上げていける場を作り運営する。それが現代の編集の仕事なのではないだろうか。

もはや紙の編集を起点に考えることは時代にそぐわない。なぜなら、自分の考えでは、これから紙はいわゆる「嗜好品」になるからだ。紙を会社や学校などの現場で使うことは今よりもっと減り、ペーパーレス化が加速する。

そうすれば、紙の本を作っていた編集者の仕事は縮小し、紙の編集をする機会が減るだろう。そうなったら、紙の編集しかできない編集者は仕事もしくは仕事の仕方を変えなければならない。つまり、紙の編集をしている人は、遅かれ早かれスタイルチェンジを余儀なくされるのだ。

ゲーム業界では、各タイトルのプロデューサーは「顔」として扱われることがある。作品の制作に携わりながら、いろいろなメディアに出て作品を宣伝して回る。必要があれば取材に応じ、インタビューもされる。関係者を巻き込んでキャンペーンの準備をすることもあるし、その他さまざまな仕込みをする。表も裏もせわしなく動き回って作品を売るための努力をしているのだ。

マンガ編集は抱えている作家の数が多いので、一つのタイトルにつきっきりになれないのが辛いところだが、もはや良いものを作るだけでなく、それを売るにはどういうマーケティングが必要なのかを考えなければならないだろう。

モノづくりとマーケティングは車の両輪だ。どちらもうまくいかないと走りださず、成功しない。

最近つよくそれを感じたので、今回この場で書いてみました。

自分もそのことを忘れずに、モノ作りに向き合っていきます。

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