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「異常」と言ったら「ブラック部活」をなくせるのか

「ブラック部活」という言葉の広がりとともに、部活動を改革しようという動きが盛んとなっています。

現在、教育現場では、スポーツ庁の公表した「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」や、文化庁の公表した「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」に基づいた部活動改革が求められています。

ひとことで言えば、「練習のしすぎは、生徒にとっても先生にとっても良くないから、これまでのやり方を見直して、少し控えていこう」という改革です。

しかし、ガイドラインに基づいた改革が順調に進んでいるかと言われれば、なかなか難しいというのが現状です。

その反面、高校野球における「投げすぎ」問題を発端とした球数制限の議論をはじめ、社会全体の風潮としては、少しずつこれまでの部活動の考え方を見直そうとしていく流れは強まっているようにも思います。

そんな中、あるツイートが目に留まりました。

「異常」と書かれる、とある吹奏楽部

千葉日報さんが、千葉県柏市立柏高等学校吹奏楽部(通称「イチカシ」)の活動を取り上げた記事です。ツイートにもありますが、記事の中にあった以下のような記述が目にとまったことで、多くの批判を集めたようです。

練習は放課後3時間、休日は7時間半。
全国でも指折りの名門だが、千葉県内の強豪校と比較すると活動時間は多くないという。少ない練習で力をつける秘訣(ひけつ)は時間配分にあった。

たしかに、文化部活動に関するガイドラインには次のように書かれています。

・学期中は、週当たり2日以上の休養日を設ける。(平日は少なくとも1日、土曜日及び日曜日(以下「週末」という。)は少なくとも1日以上を休養日とする。週末に大会参加等で活動した場合は、休養日を他の日に振り替える。)
・1日の活動時間は、長くとも平日では2時間程度、学校の休業日(学期中の週末を含む)は3時間程度とし、できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う。

たしかに、平日は1時間ほどオーバーしていますし、休日にいたっては2倍以上。さらに、記事中からは休養日があることは読み取れません。ガイドライン違反と言われればその通りとしか言いようがありません

そういうこともあってか、このツイートのリプライ欄には「異常」という言葉が並んでいます。ツイ主の方もリプライで「異常」という言葉を用いています。

しかし、わたしは疑問に思ったのです。ガイドラインに違反しているからと言って、「異常」という言葉をぶつけるのは改革のために良いことなのでしょうか。

もっと言えば、高校生に対して「異常」という言葉をぶつける権利は、果たして外野の大人たちにあるのでしょうか。

「異常」という言葉の強すぎるネガティブ性

「異常」とは、簡単に言えば「普通じゃない」ということです。コトバンクを参照してみると、「普通と違っていること。正常でないこと。また、そのさま。」と定義されています。用例を見れば「この夏は異常に暑かった」「異常な執着心」「害虫の異常発生」など、非常にネガティブな印象の強い言葉です。

ここで、絶対に忘れてはならないことは、私たちが言葉をぶつける先にいるのは生身の人間であるということです。今回の例で言えば、そこにいるのは「美しい音楽」を追求するために、日々の練習に励んでいる高校生たちであったり、顧問の先生方、あるいは応援している保護者の方なども含まれるかもしれません。

その人たちに向かって「あなたたちは異常です」と言って、なにか改革は進むのでしょうか。もっと言えば、見知らぬ大人たちからネット上で勝手に自分たちのことを「異常」と書かれるわけですから、高校生たちは傷つく可能性もあると思いますが、そうした覚悟もした上での発言なのでしょうか。

大船渡高校に電話をした人たちのようにはならないでほしい

このツイートを見た時に、ふと思い出したことがあります。

岩手県大会の決勝。大船渡高校の有力なピッチャーが「投げすぎ」を避けるために登板しなかったことで、高校に対してクレームの電話が殺到したという件です。

わたしは、監督の決断に対してとやかく主張し、ましてや抗議する権利はないわけで、どうしようもない大人たちもいるものだなぁと思っています。

ネット上では、賛否両論が巻き起こりました(監督の英断を称える声が多かった印象)が、いずれにせよ電話はやりすぎという声が多かった印象を持っています。

わたしは、今回のツイートを見ながら、同じ道を歩まないといいのだが……とかなり心配になりました。

特定の高校に対して「これは異常だ」という意識が強まっていった後、万が一「あなたの学校はガイドラインを守っていませんね」と電凸するような事態になれば、逆に部活動改革は悪者になっていくことでしょう。

しかし、多くの歴史が証明している通り、正義は時に暴走します。自分たちの信念を絶対的な「正義」と信じ、ガイドラインを守らない学校を「異常」とする姿勢は、過熱すると危険な方向に進んでいくのではないかと恐れています。

この予感が当たらないことを強く願います。

「異常」視ではなく「共感」と「共有」を

ガイドラインに適していないから「異常」と見なすような短絡的な思考で改革が進むとは思えません。強権的な改革をしようとしたところで、ガイドラインに法的拘束力がない以上、無視されるに決まっていると思います。だからこそ、現場の声や取り組み方を安易に否定せず、「共感」そして「共有」していくこそが改革のカギではないでしょうか。

現場の先生方も、ガイドラインの意味をまったく理解していないことはないと思います。たとえば、先の記事についても、イチカシではガイドラインにある「できるだけ短時間に、合理的でかつ効率的・効果的な活動を行う。」ことを守ろうとしているからこそ、他の強豪校よりも少ない時間で活動をできているという見方もできます。

よく読んでいくと、記事にはこんな記述がありました。

 全国でも指折りの名門だが、千葉県内の強豪校と比較すると活動時間は多くないという。少ない練習で力をつける秘訣(ひけつ)は時間配分にあった。
 基礎練習は項目ごとに時間が決められている。音程を合わせるチューニングは1人20秒、音階は1分30秒。一つの項目を秒単位で行うことで、効率的に練習を進めることができる。
 時間で動くのは基礎練習だけではない。大会までの日数も時間計算だ。合奏中も「分」や「秒」などの単位が飛び交っていた。
 セクションリーダーで、ホルンの3年、小野紗佳さん(17)は「集合時間や予定など、先のことを考えて動いている」と話す。部訓には「1分1秒大切に」との文言もあり、全員で時間を意識し行動している。

こうした記述は、なかなか練習時間を短くすることに苦労している全国の吹奏楽部の指導者の先生方にヒントを与えるものかもしれません。つまり、あの記事は部活動改革にとって有益な情報をもたらす「プラスになる」記事だったかもしれないのです。

もし、イチカシが改革を志していた部活だったとしたら、その人たちに「異常」という言葉を突きつけたことが、どれだけ部活動改革にとってマイナスの影響を持つか、改革派の方々はよく考える必要があるでしょう。

繰り返しになりますが、そこにいるのは生身の人間です。改革を志している人たちに向かって「異常」と突きつけるのは正義でもなんでもないと私は思います。

ガイドラインの数値目標はたしかに重要です。しかし、目先の数値目標にばかりとらわれて、改革のヒントになる可能性を持った高校を攻撃的な言葉を使って否定してしまっては、何も変わらずに終わってしまうと思います。

だからこそ、地道なことかもしれませんが、現場の高校の声や取り組み方を一つ一つ「共感」的に拾い上げ、ヒントになりそうな取り組み方を積極的に「共有」していく姿勢こそが、部活動改革の近道ではないかと思います。

また、その中で、大会・コンクールの制度や、吹奏楽部であれば本番(行事)の数などを見直すことも含めながら、段階的に活動時間を縮小していかなければ、いきなり時間だけ守れと言われても無理な話だと思うのです。

ちなみに、吹奏楽の情報雑誌「バンドジャーナル」を見ると、すでに短時間での効率的な活動のヒントを共有しようという動きは始まっています。まだまだ、改革は進んでいるとは言い難い状況ですが、焦ることで「異常」のような汚い物言いをするのではなく、「共感」と「共有」の精神にあふれた改革が進んでいくことに期待します

おわりに。尊敬する長沼豊先生のツイートを。

*本稿の中で「ブラック部活」という言葉を用いましたが、「ブラック」という言葉もまた、「異常」と同じように強いネガティブ性を帯びた言葉であるため、安易に使うことは控えるべきであると考えています。そのため、使用は最小限とし、カギカッコ付きの使用としました。

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