ひとりのクリスマスイブに聞いた深夜ラジオ

26歳のクリスマス・イブ。私はひとり目の前に吊り下げられている真っ白なカーテンを見つめながらプラスチックケースに入った切れ端みたいなケーキを食べていた。11階の嵌め殺し窓から見える夜景から、街全体がホップ・ステップ・ジャンプしているのが伝わってくる。入院しているうえに無職の私は、このうえなくひとりだった。病院食のぱさついたケーキを白湯で喉の奥に流し込みながら、改めて私に降り掛かった絶望的な出来事について思い返していた。

絶望の始まりは、少し肌寒くなり秋の兆しが見え始めた頃に遡る。わけあって、私は当時勤めていた会社を辞めて、付き合っていた恋人と別れた。詳細は割愛するが、この2つの大きな別れの原因はすべて私にあった。そして間を置かずして、緊急手術が必要な病気であることが発覚し今に至るというわけだ。年末に控えていた、旅行や親友の結婚式、久々の帰省など一年間このために頑張ってきたと言っても過言ではない楽しみな予定がすべて泡のように消えた。いま、不幸ランキングなるものが発表されたなら、私はけっこう上位にランクインするのではなかろうか。

クリスマス・イブもいつも通り消灯時間の22時は情け容赦なく光を奪っていった。眠れそうもない私はradikoのタイムフリーで「ハライチのターン」を聴くことにした。今回の放送はハライチが出演した2021年のM-1グランプリの振り返りだ。今年はハライチにとってはラストイヤーだった。ハライチは準決勝で敗退するも、敗者復活戦を勝ち上がり決勝に挑むが9位という結果に終わった。卒業文集に「将来の夢M-1優勝」と書いてから今まで15年間M-1を意識した漫才をやってきたハライチ。 漫才を作るとき、M-1で勝てるネタはなにか、という視点がつねにあった。しかし、15年やって自分たちはM-1で勝てる漫才師ではないのだと分かったのだという。だったらもう、これからは自分たちがやりたい漫才をやっていくしかない。ラストイヤーのM-1では新ネタをやって打ち上げ花火のように華々しく散ったのだった。決勝戦のハライチのネタは今までのネタとは全く違っていて私は意表を突かれたと同時に、なんとも楽しそうではしゃいでいるのが伝わってきて、大笑いしてしまった。「今までM-1をずっとやってきたけど、これから漫才が始まる」ラジオの最後に、スピッツの「グリーン」が流れた。「久しぶりの自由だ」

15年前に私が卒業文集に何を書いたかは忘れてしまったが、私は誰に見せても恥ずかしくない「幸せな私」になりたかった。それは例えばこんな私だ。東京とかニューヨークとか、とにかく都市でバリバリ働くキャリアウーマン。順調に年収を増やし、月一のご褒美で質の良い数万円のシャツを買ってメンテナンスしながら大事に着る。休日は結婚も視野に入れている恋人と小旅行等に出かける。書き出せばキリがないけれど、世の中に流布している「正解の幸せ」を手にした私になるためにはどうすればいいかという判断軸ですべての選択をしてきた。「正解の幸せ」を手に入れるためには、キャリアアップするために仕事に励まなくてはいけない、良きタイミングで結婚しなくてはいけない、〇〇でなくてはいけない…。私は何をしたいのか?に耳を傾けたことは一度もなかった。果たして私がほんとうに欲しかったものは、それら「正解の幸せ」なのだろうか。たくさんのものを手放して初めて自分の内面を見つめた。

私はそういえば、書くことが好きではなかったか。こんなふうに溢れる言葉を掬い取ってしんしんと並べることで、思考の輪郭をなぞってきたのではなかったか。書く人になってみようか。それは長い間ずっと胸に仕舞ってきたアイデアだった。

気付けば空が白くなっていて、夜が明けようとしていた。 病室の白いカーテンが発光している。

これから「漫才がはじまる」 私もやっと「私の人生がはじまる」

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