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「マザーツリー」と愛宕山

『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』

スザンヌ・シマード 三木直子訳 ダイヤモンド社

Finding the Mother Tree ~ Uncovering the Wisdom and intelligence of the Forest 2021

評者 清川鉉徳

 「常識」か「直観」か。

 本書にはいろいろな読み方があると思いますが、読後に評者の頭に浮かんだのは、この問いかけでした。

 本書で示される「植樹(森の再生)における常識」とは、例えば、以下のとおりです。

 ・成長の早い単一種を植える(特に広葉樹)

 ・植樹の際には、お互いに邪魔にならないよう、区画を整理して、たっぷり間隔を空ける

 ・火災や風害にあい、倒木等で荒れた土地は、一旦皆伐(もしくは除草剤散布)して綺麗な空き地にしてから新たに植樹をする

 これらは、筆者であるスザンヌ・スマード博士が、最初の就職先である木材会社で新人の頃に教え込まれたものです。もちろん、この考え方は当の会社だけではなく、博士の母国(カナダ)の同業他社やアカデミズム、さらには監督官庁においても広く共有されていたものでした。

 しかしスザンヌは、先ず自らの経験から、この常識に疑いを持ち始めます。

 会社の苗床で大切に育てた苗が移植したとたん元気を無くしたこと。

 高山や低地などいたるところでかたまって生えている木々を見たこと。

 個人の材木業者であった自分の祖先が常に伐採を控えめにすることで、森が自然に再生していったこと。

 彼女は、この経験を糧として、人が森や自然と持つべき真の関係性を取り戻すには何が必要か、その答えを求め始めます。会社を辞め、学界に身を投じたスザンヌを支えたのは、「ほかの植物と混植した森(つまり多様性のある森)のほうが木は育つのでは」という「直観」でした。

 しかし、ただ単に「直観」だけで「常識」を覆すことは出来ません。いま流行りの「エビデンス」が無ければ、誰も説得することはかなわないのです。そのため博士は、膨大で面倒な対照実験と統計的な処理を繰り返し、査読に耐える論文を次々と発表していきます。結果、スザンヌの「直感」が「常識」を打ち破ることになるのですが、彼女の発見はそれにとどまりませんでした。

 森の木々は、日照や栄養を争って敵対しているではなく、ときには養分を与えあうような相互依存関係にあり、地下に広がるネットワーク(根およびそれに寄生する菌類で形成)でつながり合っているというのです。特に年齢を経た木々は、若木が生き残るための情報伝達までも行っている可能性があり、まさに母親のような存在(マザーツリー)となっているようです。

 さて、私たち、愛宕山てっぺんの森を守る会では、現在、シラカバの植樹を中心に愛宕山の森の再生・保全活動を開始しています。

 本書でも触れられているように、シラカバは栄養たっぷりの腐植土を作ると同時に、そもそも成長(光合成速度)が早いことから、多くの糖を根に送り、土壌に貯めることが出来ます。この糖の元は二酸化炭素ですので、炭素が地中に貯蔵される(自然発生的なCCS=二酸化炭素貯留)と言うことになります。

 「人が誠意と敬意を持って手を加えた自然は、手つかずの自然より美しい」が当会のモットーですが、間伐などを控えめにして森の本来の復元力を維持しながらも、立ち枯れたり、倒れてしまったシラカバの代わりに若い苗木を植えることで将来のマザーツリーを育成し、多様性のある美しい森を後世に残していきたいと日々頑張っています。



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