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M&Aにかかわる会計

今回はM&Aの場面で出てくる会計の論点やトピックを書いていこうと思う。M&Aでは企業価値評価や契約書交渉に必要な会計上の論点はいくつかあるので簡単に解説していく。


のれん

のれんはM&Aにおいて買収前も買収後も論点になるトピックである。のれんとは、買収対象の事業ないし企業の取得価格と、当該対象事業ないし企業の純資産簿価の差額である

すなわち、正ののれんとは企業買収において買収対象会社の純資産を上回る価格で取得した際に生じる差額を指し、一般的に買収対象会社の超過収益力により獲得される資産と考えられることが多い。分かりやすく言うと、買収される会社のブランド力である
なお、純資産の方が取得価格より大きい場合は負ののれん(Badwill)という。

のれんは日本の会計基準では定期償却(毎期一定額をPLで費用化すること)が求められる一方で、米国会計基準(USGAAP)や国際会計基準(IFRS)では、収益性が低下した際に減損処理を行い、特別損失計上を行う

のれんは事業会社にとっては、いずれの会計基準を採用していてもPLの費用項目になるので事前にどの程度の金額がのれんとして計上されるかの検討は必須である。
特に買収後に償却費負担が増えることにより1株当たり当期純利益(EPS)にどの程度インパクトがあるかは、上場会社にとっては要確認事項であろう

投資ファンドにとっても、買収後に発生するのれんは、買収対象会社のBSに計上されること、および償却費は毎期PLの販売費及び一般管理費の項目に計上され営業利益の押し下げ要因になる。

なお、2019年に東京証券取引所がLBOにより買収した企業のIPOにあたって、買収に伴い発生した借入金・のれんの負担を懸念し、買収後に財務状況が悪化していないか総合的に勘案する、という旨の指針を出している点は要注目である。

のれんの償却年数は会計基準上は20年を上限として定めることができるが、最近の上場企業の有価証券報告書を見ていると5年であったり7年であったり、会社により会計方針は異なっていることがわかる

無形資産

無形資産については主に商標権、特許権、意匠権などが想定されよう

M&Aにより生じた識別可能無形資産と呼ばれるもの(要は、のれん以外の無形資産でBSに計上される項目である)は、実務上は会計系アドバイザリーファーム(PwCなど)が、Purchase Price Allocation (PPA)といった、取得対価の無形資産への配分に関するバリュエーションサービスを提供しており、一定の計算過程のもと配分がなされることが多い

ただし、実際に投資銀行が財務モデルを作成する際は、取得差額のX%はのれんへ配分、残りの(100-X )%は識別可能無形資産として、一定の会計方針に従い定期償却を行う、といった処理が行われることが多い

運転資本(Working Capital)

運転資本は、ここでは営業運転資本として売上債権+棚卸資産 - 仕入債務と考えて頂ければ大丈夫である。財務DDのレポートのエグゼクティブサマリーでも必ず記載される重要項目であり、バリュエーションに大きく影響する。

運転資本は企業の業種によって回転日数の水準や季節性は異なるものの、DCF法によるバリュエーションで使用する、アンレバードフリーキャッシュフロー(Unlevered Free Cash Flow - UFCF)大きく影響する項目なので、正常化した運転資本の回転日数の水準を知ることは重要である。多くのケースではデューデリジェンスレポートを読んで頭に入れていくことになるが、DD前でも過去の水準を見ておくことは役に立つ

株式譲渡契約書(SPA)の交渉でも、買収金額の調整で(特に*Completion adjustment方式)運転資本が価格調整項目に含まれていることが多く重要な項目である。
*Completion adjustment方式は、契約締結前のBSを起点にクロージング時のBSとの間で生じたネットデットや運転資本の増減を価格調整の項目として買収時の株式価値に反映させる方法

価格調整の実務で運転資本を扱う際にはTarget Working Capitalの水準をどのように考えるか、そもそも運転資本に含める会計上の勘定科目をどう設定するかが論点になり財務DDレポートを見つつ議論をすることが一般的である。

ネットデット(純有利子負債)

Net debt (ネットデット)は有利子負債 - 余剰現預金(Excess cash - 現金及び現金同等物から必要最低現預金を控除した値)である

ネットデットはバリュエーションでは事業価値(Enterprise Value: EV)から株式価値を計算する時に考慮される(株式価値=事業価値 - ネットデット)。

M&Aの実務では入札の書類(Letter of Intent: LOIもしくは、Non-binding Offer: NBOと呼ばれる)でEVから株式価値までの計算過程でネットデットを含めた項目(ブリッジと言う)が示される

財務DDでは余剰現預金の水準を買手が知るために、必要最低現預金の分析は必ず実施する項目である

なお、実務では有利子負債(借入金・社債など)以外にも、デットライクアイテム(debt like item)を考慮する・・例えばリース債務・退職給付引当金や資産除去債務である。

デットライクアイテムのうち、税効果会計が適用されるものは税効果控除後の数値をネットデットに含める。これは退職給付引当金にかかる一時差異が実現した際に税務上損金に算入されるため、税効果分を考慮する必要がある(ここはやや会計的にテクニカル)

総括すると、ネットデット = 有利子負債 + デットライクアイテム(税効果後)ー余剰現預金

キャッシュフロー計算書

キャッシュフロー計算書(Cashflow Statement: CS) は財務3表モデルを作成する際にキーとなる。またLBOモデルを作成する際にも非常に重要な財務諸表の一つである

DCF法によるバリュエーションで計算されるアンレバードFCFとは異なり、これは会計上の財務諸表である。簡単にいえば、発生主義により作成されたPLの純利益を調整し、キャッシュの増減と残高を示す表と思ってもらえれば良い

LBOモデルを作成する際は、買収時にローン(借入)が必要になるので、ローンの返済計画およびキャッシュの流れをモデルに反映させるためにも、正確なキャッシュフロー計算書のシミュレーションは重要である。

特に、リボルバーローンの計算にあたっては、Cashflow available for revolver (借入返済に必要なキャッシュフロー)を計算するために、営業CFと投資CFの合計値をトップラインにして、Debt(有利子負債)の返済順にテーブルを作成しリボルバーローンに充当すべき金額を計算する。なお、リボルバーローンは実務上は必要最低現預金の範囲内で銀行と借入枠を組むことが多い点に注意

財務モデルに会計処理の誤りや符号のミスがあると財務モデルはBSが貸借一致しなかったり、キャッシュの残高がおかしなことになったりするので、最初は苦労することもあるが、だんだん慣れてくる。この点では普段から仕訳レベルで取引をイメージできていればミスも減ってくると言えよう

連結会計

連結会計は公認会計士試験や簿記でも重要な論点になることが多いが、M&Aの実務でも、特に財務モデルを作成する際は理解が必須の項目になる。

企業を買収する際に作成する、Merger Modelやその応用版ともいえるLBOモデルでは、買収後のPro-forma BSの作成をエクセルのモデルで行う。その際には投資と資本の相殺消去と言ったが、連結財務諸表に関する基礎的な理解が必須である。

また、投資対象が複数のエンティティにわたる場合には合算FSをモデル上で作成する必要があったり、財務3表モデルを組む際にBSに持分法適用会社の関連会社株式が計上されている場合は、持分法の会計処理を加味しなければいけない(例:持分法適用関連会社の純利益に持分を乗じたものが、持分法投資損益としてPLに計上され、その分株式簿価を増額させる等)