見出し画像

スペシャリストとジェネラリスト

私が仕事をしている障害児支援の業界では、いろんな専門職がいる。何も資格を持っていない人の方が珍しい。
医療系で言えば、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、義肢装具士、歯科医師、歯科衛生士、栄養士、臨床工学技士、臨床心理士など。
福祉系でいえば、社会福祉士、保健師、介護福祉士、ヘルパー、相談支援専門員、ソーシャルワーカーなど。
療育・教育系でいえば、保育士、教諭、児童指導員、児童発達支援管理責任者など。
他にも、児童相談所や役所関係の方々や福祉用品を販売する企業の方々など、本当にたくさん。(きっともっといろんな人たちがいるんだろうけれど、私が関わりがあるのはこんな感じ)

こうやって並べて書くと漢字ばかりでなかなかすごい。

全ての子どもとその家族にこれだけの人たちが関わるわけではないけれど、複数の人たちが関わることが多い。そこで課題になるのが「連携」だ。

「連携」って何?

ひとりの子どもとその家族を支援するのだから、いろんな支援者が連携することが大切。このことを否定する人はいないだろう。
でも、この連携ってやつはなかなか曲者だ。

乱暴な言い方をすると、医療系支援者の力が強い。でも、実際の生活を支えているのは別の人たちだったりする。これは医療系支援者だけが悪いんじゃなく、それ以外の人たちの「病院の人たち」に対する畏怖みたいなもののせいでもある。

専門職同士ゆえの、お互いの職域を荒らしてはいけないという配慮もやっかい。みんなで遠慮し合い、牽制し合う。

リーダーシップをとる人がはっきりしないこともよくある。病院の人たちは病院から出ると、もう自分たちの仕事じゃないと言い、福祉系の人たちは優しいけれど、「私なんか」といって一歩下がる人が多いような。本来は相談支援専門員なんだろうけど、忙しすぎて必要最低限な関わりしかできないことが多いし。

で、結局、真ん中にいる子どもと家族経由で、他の人たちの様子を知ることが多い。

うーん、なんか違うよね。

スペシャリストとジェネラリスト

専門職の人はその仕事だけをしていればいいんだろうか?そういう専門職もあるんだろうけど、少なくとも人の生活を支える上ではそれだけじゃ足りないだろうと思う。

昔、私は本当に子どもの生活に意味があるリハビリができる理学療法士になりたいと思っていた。でも、それはどんなにスーパーセラピストになっても、一人じゃ達成できないことなんじゃないか。一人でできることなんて、たかが知れてる。

繰り返しになるが、いくら知識が豊富で技術があったとしても、一人じゃ何もできない。主たる専門分野を持ちながら、他の分野のこと(この業界のという意味で)もある程度知った上でそれぞれの分野の人たちとコミュニケーションをとってまとめ上げてチームを作る、そういう人が必要なんだろう。つまり、スペシャリストだけどジェネラリストな人。

相談支援専門員とか、医療的ケアコーディネータとか、それを担うことを期待されてると思われる仕事をしてる人はいる。でもきっと、その人たちの力量云々ではなく、それ以外の専門職の人たちの意識が変わらないとその仕事はできないだろう。

そうつらつらと考えていると、やっぱり自分一人でできることなんてなくて、絶望的になる。それでも毎日子どもたちのために何をしたらいいのか、考えていくのがスペシャリストとしての務めなのだろうか。











この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?