見出し画像

決算書に書いてあることはもう過去の話だ

会社の決算を終え、改めて年間の決算の確認作業をしている時、ふと僕は自分の中のこんな思いに気づいてしまった。

それはもうあまり興味がない、ということ。

経営者がそんなこと言ったらあかんやろという話なのだが。

でもそれがなぜかというと理由は明白で、決算書というのは過去の状況を表すものだから。

だいぶこの1年いろんなものを変化させてきたから、次の決算の数字は大幅に変わっているはずだ。

つまり完成した決算書が表しているのは、今ではなく過去の数字なのだ。

だから、別にこの決算書を見ても簡単に未来は予測できないのである。
(細かく見れる人は当然"兆候"に気づけると思うが)

そう考えると、上場企業の業績なんかもよくニュースになっているが、ニュースになっている情報というのはもう周回遅れなんだよね。

内部の人は、そういう状況であることを半年前や、1年前などに知って、そこから当然改善のアクションを起こしているはずなんだ。

そう考えると、外部の人が”今”として認識する情報は、実際はもう”過去”の情報で、実際の”今”はもう変わっているんだよね。

現場は変化を重ねて、もう違う未来を創ってる。

今の状態は過去の積み重ね。つまり結果に過ぎない。

今からの積み重ねが未来を創る。

でも積み重ねている”今”というのは外からは見えない。

それが外に認識されるのはずっと後だ。

だから、何かを進めていくということは、常に先行投資をしていくということ。

そう考えると、日本でたくさんの人が未来のために、今、先行投資をしているのだろうなと。

そしてそれは外からは見えない。世の中からは認識されてない。

これってアツくないっすか?

整理された情報や数字として外に出てくるものは、もう遅い。

それをやった人は、今、未来を創ってる。

そしてその未来が外側の人に見えるようになった時には、当事者にとっては既にそれが過去になっているから、もう次の未来を創ってる。

ずっとこの連続だなと。

まるでラットレースだけど、すごくロマンを感じて、僕はこのラットレースが好きです。

やっぱり明るく生きるには、未来に希望を感じられることが必要だと思う。

今、辛いとか、楽だとか、そういう次元の話ではない。

生きてる限り、未来が来る。

ならばどれだけ自分の望む未来を描いて、そのためのアクションを積み重ねられるか。

会社経営はそんなゲームだなと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?