21年間の人生で聴いてきた邦楽(全2,280曲) 全曲レビュー
いま、私のSpotify「お気に入りの曲」には、2,280曲が登録されています。これについて、一番古いものから順に、全部言及します。自分は日本語の歌詞に強い興味があるので、紹介する曲は邦楽が中心です。
#1 井上陽水 - 夢の中へ
2,280曲の一番底(お気に入り登録したのが最古)にありました。陽水がパクられかけた時の曲という説がありますが、それが本当かどうかはさておくとしても、パクられそうな時の焦燥感のようなものが踊り出しそうな明るい音楽の言外にあると思います。そういう風に聴くと、「それより僕と踊りませんか」はある種の悲痛な絶叫であるように感じられます。
#2 小沢健二 - ぼくらが旅に出る理由
これが2,280曲中の2曲目でした。公式には、成田空港に行く恋人を見送るために、朝早く出て、九十九里浜に寄っているというストーリーだったような気がしますが、よくわかりません。実際の九十九里浜には、「99」という数字が大きなコンクリートブロックになって置いてあり、文化的で開放的なオザケンのロマンスと裏腹にソビエトのような雰囲気がある場所です。
Spotify公式が出している渋谷系よせあつめプレイリストで、「ぼくらが渋谷系を聴く理由」というタイトルのものがあります。この曲は名実共に渋谷系のアンセムですが、果たして渋谷系の本質とは実際には荒涼とした秋の九十九里浜のようなものではなかろうか。でも、いい曲です。
#3 スチャダラパー featuring 小沢健二 - 今夜はブギー・バック smooth rap
本物の名曲です。埼玉のニュータウンから昼間だけちょっと荒川を渡って東京の外側の高校に通っている中学生の心をがっちりとつかんで離さない魔力のようなものがこの曲にはありました。この曲を聴いている人にはベッドタウンの出身者が多くて、この曲は僕が気の合う友達を作るのに大きな力を発揮してくれました。
歌詞のメチャクチャさには初めて聴いた頃から気付いていて(うるわしのプッシー・キャット、とかメチャクチャじゃないですか、みなさん気付いていますか)、何でこの曲をカバーしてきた数限りないアーティストは、揃いも揃って澄ました顔で歌っているのか、まるで分かりません。大爆笑しながら歌うような諧謔精神がこの天才の曲にはふさわしいような気がします。しかしよく考えてみれば、「ぜんぜん僕たちはふざけていませんよ」という顔をしておきながら心の中では笑い死にながらこの曲を歌える人というのはたぶんこの4人だけであって(SHINCOは歌ってないですが)、そういう意味で4人が「確信犯的にやっている」ことのスノッブさが、中学から高校にかけての私たちの心を捉えました。
#4 小沢健二 featuring スチャダラパー - 今夜はブギー・バック nice vocal
高校時代にはsmooth rap、大学時代にはnice vocalを中心に聴いていました。浪人時代には「あの大きな心」バージョンをループ再生していました。
nice vocalの方がイントロの特徴的なメロディ(SDPのライブでみんなで合唱するメロディ)がはっきり聴こえる。楽しい。
#5 スチャダラパー - サマージャム '95
「'95」とかを曲名に冠するのは基本的には反則技で(なぜならそれをやってしまうと曲の良し悪しにかかわらず無条件にエモーションが発生してしまうから)、でもこの場合には '95 が有無を言わさない感じがある。1995年という年号が、後に何度も振り返られる数字であることに、1995年のSDPは十分に自覚的である。
この気分を聴くものに与える楽曲は少ない。
#6 スチャダラパー - ULTIMATE BREAKFAST AND BEATS
実は高校3年間を通じて最もリピートしたのはこの曲で、何千万回聴いたかもわからないループ再生を自分は聴き続けた。
小沢が「僕は思う この瞬間は続くと! いつまでも」と歌ったことと、同じ地下水がそれぞれ別の井戸から汲み上げられるように照応するこの歌詞は、どこにも行けない閉塞を抱えている。多幸感が永続しないことの予感を小沢がさわやかに歌い上げているとき、この曲は虚無が永続することの予言をつぶやくのである。それは僕の心を深く捉えた。
#7 NIRVANA - LITHIUM
ちょうどこの時期に僕はリーマスを処方されていたので、何となく聴いてみたが、あんまり頭を剃る気にはなれなかった。
#8 秦基博 - エイリアンズ Live At The Room
カバーも自分は割と聴くのだがこれは良いと思った。「まるで」「そうさ」の部分で裏声を使うかどうかが、一番と二番で異なっているのが良いと思った。
#9 m-flo - come again
2ステップの音楽が好きなので、流行が100年くらい持続しなかったことが悲しい。世紀末から新世紀という時代の音楽という感じがする。
#10 あるぱちかぶと - 大震災
あるぱちかぶとを僕は友人から紹介されて知った。ヒップホップやラップ、ポエトリーリーディングや詩などに造詣が深かったその友人が、一体どのような回路を通じて2019年にこの天才ラッパーを発見したのか定かではないが、初めて聴いた時の衝撃はなかなかのものだった。
あるぱちかぶとは1986年に生まれ、「1986 昭和平成の谷底に生まれ」という歌詞も存在するほか、生年月日と思われる数字が収録アルバム『◎≠(マールカイキ)』のジャケット写真に刻まれており、出生やデラシネというトピックは楽曲内の随所に見られる。大学ではポーランド語を専攻し、インタビューによればカウリスマキの映画などから影響を受けているという。
2010年にそれまでの活動の集大成となる『◎≠』を発表。YouTubeには、収録曲「トーキョー難民」のMVが公開。このMVは、これまでリリースしてきた楽曲のタイトルやモチーフが随所に登場するなど、活動のまとめに近い位置付けになっている完成度の極めて高いものである。
同年、会社員となり、2012年に兵庫県内で行われたライブを最後に表舞台からその姿を見えなくさせた。入社後に大きな賞を受賞するなどの会社員としての活躍は、その会社を目指す人に向けた社員インタビューとして、本名の名義で公開されている。仕事の生活を歌詞に昇華したすばらしい新譜を2017年に一曲出したのち、『◎≠』でもタッグを組んだEccyの事務所へ2020年代初頭に所属し、新しい楽曲が出るという告知がなされたが、2024年8月現在では新着情報はない。
現在アクセスできる楽曲は、「Reservoir Voxx」として出されている2000年代中盤のいくつかの楽曲と、個人で制作した楽曲を入社の年に集大成として出した『◎≠』、そして2017年の新譜のほかには、2008-09年頃に客演で数小節を担当したコラボレーションの曲が数曲SoundCloudなどに上がっているのみである。ライブ映像はさらに希少であり、2012年の映像がYouTubeに上がっているくらいで、さらに古く軽い自己紹介などを交えた2000年代のライブの動画がニコニコ動画に上がっていたかもしれないが、現在ニコニコ動画はサーバーが長期的に落ちているので確認することができない。
「大震災」という曲は、2008年ごろが初出であり、「あるぱちかぶと」名義で現在出されている楽曲としては最古のものとなる。阪神淡路大震災よりは後で、東日本大震災より前の楽曲であることには留意する必要がある。
「大震災」の歌詞の中で起こる震災は、
とあるように、ひとつの換喩として存在する。才気煥発のラッパーは、東日本大震災の発生時、大震災が換喩として存在し得ることを信じ続けられただろうか。鋭利な名曲。
(次回に続く)
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