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3種類の演出指示を使いわける

演劇における演出家の仕事には様々なものがあるが、その中の一つであり重要な部分として、稽古中の指示出しがある。自分が持っている世界観を役者にどう表現してもらえば良いかを役者に伝える仕事だ。

しかし、いくつかの演出の現場をみてきて、この演出指示というものには3種類くらいのタイプがあることに気づいた。


3種類のタイプ

演出指示における3種類のタイプは、抽象→具体を軸としており、仮に以下のような名前をつけてみた。

・感情を指示する
・行動を指示する
・仕方を指示する

以下、一つずつ説明していく。

感情を指示する

最も抽象度の高い演出方法だが、これまで見てきた演出家の方々はこの方法をベースにして進めている印象がある。

感情を指示するというのは、たとえば「この女性の人は昨日彼氏に振られて、でも今日は前から懐いていた後輩の男の子に告白されている。もちろん嬉しいんだけど、でも振られたばっかりで悲しい気持ちもあり、そして振られたばっかりなのに後輩の男の子になびいてはいけないという複雑な気持ちも持っている。そういう感情を表現してほしい」みたいな感じだ。

稽古をする場合は、そのとき集まっている人たちに合わせたり、稽古が足りていなそうなところを順番にやっていくため、特に最初のうちは芝居全体の流れが役者の頭や身体に染み込んでいない場合が多い。そこで、演出家は戯曲から登場人物の状況や感情を要約し、どういった感情を以って演技をすれば良いのかを役者に伝える。

演出家としては、この段階で伝われば何も言うことがない。演出家と役者の相性がぴったりだったり、長年一緒にやっていれば感情の指示だけで簡単に伝わることもあるだろう。

行動を指示する

感情を指示しても伝わらなかった場合、次は行動を指示することになるだろう。「主人公はここでは恋人に振られて悲しいのでそれを表現して……」というのではなく、端的に「泣いてみて!」と指示することである。

習熟度の高くない役者は、感情を指示されてもよくわからないことが多い。表現のレパートリーが少ないからだ。悲しいときにどうすれば良いのかということがよくわからない。だから、一応感情を表現しようとしてみたものの、指示される前と何ら変わらなかったりする場合は多々ある。

いや、変わってはいるのであろう。しかしそれは、役者の頭の中で感情の捉え方が変わっただけで、行動に出てこなければまるで意味がない。そして一度出てこなかった場合は迷宮に入る場合が多い。

それを防ぐために、行動を指示することが重要だと考えている。ある感情を抱いているときに、人はどういった行動をとるのか。演出家が適切に指示することによって、役者はそれを実行することができるし、それはそのまま役者の表現の引き出しとなる。

役者が自分で考えることも大事だが、演出家が持っている情報を与えることも重要だと考えている。

仕方を指示する

さて、ここまで「感情」「行動」と指示を具体化してきたが、それでも役者に伝わらないことがある。そいう場合は、最終手段として「仕方」を指示するしかない。

大雑把に言えば、行動で示したものをさらに具体化して示すのだ。そしてその最たるものが「演出家が一回自分でやってみせる」というものだ。

色んな演出家と話してきたが、結構な割合の演出家がこの方法を嫌う。それは恐らく、自分の演技を見せることで役者の個性を封じてしまうことを恐れているのだろう。

もちろん僕も、役者の個性を殺すべきでないと考えている。だからこそ、「仕方」を指示するのは最終手段なのだ。感情を指示しても駄目、行動を指示しても駄目という場合、そもそもその役者には、その場面を演じるための引き出しがないと考えられる。そんな中でいくらやってみせても、大抵は徒労に終わる。それならば、ある程度やった後は「仕方」を指示した方が良いのではなないだろうか。

まとめ

以上、演出指示における3種類のタイプを示してみた。

抽象度が高い方が役者の持ち味を引き出せるが、演出家の意図は伝わりづらくなる。人によって感情の表出方法は違うため、役者が持っていない感情の振れ幅をいくら求めたところで埒があかない。

また、具体度が高い方が稽古は円滑に進み、演出家の思い通りに進んでいくが、役者の持ち味が十分に生かし切れず、小綺麗にまとまった芝居になってしまう。

稽古の残り時間や役者の習熟度などによって適切に演出指示を使い分けることができると、限られた時間の中でより完成度の高い芝居を作れるのではないだろうか。

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