SAKE DIPLOMA 試験対策を「超える」対策 その3 【吟醸酒の歴史と現在】

こんにちは。

「あと」です。

今回は、吟醸酒に関して、掘り下げて行きたいと思います。

SAKE DIPLOMAの教本だと、P.19~21の範囲です。わずか3ページ程ですが、個人的に、かなり重要度の高い内容が盛り込まれていると思います。1次試験の筆記試験はもちろん、2次試験の論述やテイスティングにも繋がる内容も触れられていますので、ぜひ一緒に理解を深めていきましょう。


1.「吟醸」とは何か

いきなりですが、「吟醸」とは何かと問われたら、皆様はどのように答えるでしょうか。

教本では、鹿又親(かのまたちかし)という人物が1927年に述べた定義が引用されています。試験でも狙われるポイントですので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。

氏の定義によれば、吟醸とは「吟味して醸造する」こととされています。分かったような分からないような言い回しですが、平たく言えば、「丁寧に造る」ということです。

しかし、このままでは何をもって丁寧とするのかという疑問が依然として残ります。よくよく考えれば、丁寧に造っていない酒など無いはずで、何を基準に丁寧とするのか、そもそもなぜ鹿又親は「吟醸」について述べようとしたのか、鹿又親とは何者なのか、、、

これらの疑問に答えていく際の羅針盤となるのが、前回までの記事で述べた、日本酒の歴史です。

商品として一定の完成を見た日本酒が、科学の力を借り、安全醸造へ進化するべく歩み始めたのが明治時代。この歩みを、経済基盤確保のため、時の政府が強力に推し進めます。その中心となったのが大蔵省下の国立醸造試験所や日本醸造協会であり、それらの機関が主催する全国清酒品評会や全国新酒鑑評会といったコンクールは大変な権威でした。

これらコンクールが開催される前は、酒造りの中心と言えば灘や伏見の酒蔵でした。しかし、いざコンクールが開催されてみると、そこで評価を集めたのは灘や伏見から離れた広島県の酒だったのです。灘や伏見に負けない酒を造ろうという意欲が各地に広がっていた証左であり、その取り組みが特に上手くいっていたのが広島県だったというわけです。

余談ですが、ワインに詳しい方は、パリスの審判についてご存知かと思います。フランスワインをカリフォルニアワインが打ち負かした1976年の歴史的な試飲会のことですが、その数十年も前に日本酒界には既にゲームチェンジャーが現れていたことになるんですね。

閑話休題。

広島県の酒造りをそのレベルにまで押し上げたのが、三浦仙三郎氏です。彼は、自身が営む酒蔵が腐造に悩まされていたことを受け、灘の酒蔵に潜り込んで研究を始めます。そこで水質が酒造りに与える影響を学び、帰郷後は広島県の水質にあった酒造りを開始。その成功が県内にも広がり、結果として広島県の酒がコンクールで高い評価を得ることに繋がりました。

こうして業界に衝撃を持って受け止められた広島県の酒造りを学ぶため、今度は広島県の酒造りを調査するために政府側から派遣されたのが、他ならぬ鹿又親氏だったのです。大蔵省の技術者として派遣された鹿又氏は、質の高い米を使い、時間をかけて米を磨き、低温でじっくりと酒造りを行っていることが広島県産酒の質の高さのキモであることを発表。この調査結果が広まり、広島流の丁寧な酒造りが品評会で評価を集めるに至ったのです。併せて、それまで様々な意味で使われていた「吟醸」という言葉は、以降は、コンクール向けに造った丁寧な酒造りを差すことが多くなっていきました。

こうした流れで鹿又氏は「吟醸」を定義、、、といけば単純でいいのですが、そうではありません。

コンクール向けの酒造りが広まった結果、逆に味の均一化を招き、各蔵の独自性が失われていってしまったのです。また、こうした丁寧な酒造りは技術的ハードルが低いとは決して言えません。伝説的な醸造家である野白金一氏の尽力の下で劇的に吟醸化を成功させた熊本県のような例もあります(熊本県は伝統な酒造りから脱却し、後に全国的にも認められる一大名醸地へと発展を遂げます。現在でも吟醸酒造りに欠かせない9号酵母を生み出したのも熊本県の酒蔵です。野白金一氏と熊本県の話をしようとするとまたそれだけで記事が1本書けてしまうので、いずれまた・・・)。しかし、どの蔵でも簡単に吟醸造りが出来るわけでもありません。

広島躍進の担い手となった三浦仙三郎氏も、広島県にあった酒造りを研究した結果、よい酒造りに辿り着いたのです。このように各地には各地に合ったそれぞれの酒造りというものがあります。こうした地域性が各地で発展し続けることこそ、本来は日本酒全体の質の向上につながっていくのではないでしょうか。

鹿又親氏も、こうした懸念を抱くようになります。過度な吟醸酒造りが志向された結果、逆に酒質が低下する可能性を危惧したのです。

広島県での調査から20年後、鹿又氏はコンクール向けに「吟味して醸造」する過度な吟醸競走に疑問を呈した論文を発表します。それが『吟醸の経済化について』という名を冠する論文であり、そこで述べられたのが、冒頭でも紹介した「吟味して醸造する」という定義だったのです。

氏は、吟醸をめぐる現状を再定義した上で、日本酒の質の向上のためには過度な競走から脱却する必要性を説きます。その上で、吟醸酒も含め、質の高い酒を安定的に世に送り出すことの重要性、氏の言葉を借りるなら「経済化」の必要を説いたのでした。

それは、ただ単に吟醸を定義したものではなく、日本酒の将来を思う鹿又氏からの警告でもあったわけです。

吟醸造りが日本酒の質の向上に多大な貢献を果たしてきたことは言うまでもありません。一方で、過度な吟醸競走へのアンチテーゼとして、各地で行われる地域性の高い酒造りへの評価も今日では高まりつつあります。

「吟醸」とは、こうした歴史的背景の元、我々が受け継いできた「酒の在り方」の1つを表す言葉であるわけです。

※「吟醸」という言葉をめぐっては、池田明子『和製漢語 「吟醸」の歴史から』,日本醸造協会誌第98巻第12号P.850-858,2003年が詳しいです。


2.総ハゼ麹と突きハゼ麹をめぐる個人的誤解

さて、ここで少し、個人的な誤解について話をさせてください。

教本のP.20を見ると、総ハゼ麹と突きハゼ麹に関しての説明がなされています。この2つの違いについて、簡単に説明しておきます。酒造りにおいては麹菌が重要な役割を果たすのですが、その麹菌を繁殖させた米を麹米と言います。その麹米に、どの程度の麹菌が繁殖しているかによって呼び名が変わるのです。簡単に言えば、米の表面全体に菌が繁殖していれば総ハゼ麹。米の一部のみに繁殖していれば突きハゼ麹。このように名前が異なってきます。

教本にも書かれているように、総ハゼ麹は主に普通酒に、突きハゼ麹は主に吟醸酒に用いられることが多いとされています。私は、SAKE DIPLOMAの試験勉強をし始めた頃、ここで1つの疑問を抱いていました。

総ハゼ麹のほうが麹菌が全体に繁殖しているのに、なぜ吟醸酒には適していないのであろうか、、、と。

麹菌が大切な役割を果たすなら、菌の量が多い方が都合がいいのではないか、、、と。

この疑問を自分なりに解決する鍵となったのが、発酵のメカニズムでした。日本酒は、原料の米に含まれるデンプンを麹菌が糖分に分解し、その糖分を酵母がアルコールに分解することで完成していきます。この酵母には、不思議な特徴があります。酵母は、厳しい環境に置かれるとなぜが果実のような香気成分を出すのだそうです。この香りというのが、いわゆる吟醸香と呼ばれるリンゴやバナナの香りなのです。

つまり、酵母を厳しい環境に置くためには、エサとなる麹菌は少ない方がいいのではないか。

この関係に思い至った時、突きハゼ麹が吟醸酒に向くといわれる理由が分かった、というわけです。

私が抱いた疑問と同じ疑問を持った方がいるかは分かりかねますが、この疑問の解決は個人的に視界が開けた瞬間でもあったので、この場に書かせていただきました。

ちなみに、酵母が香気成分を出すメカニズムに関しては、教本P.100に数行ほどでチラッと触れられています。「やっぱり教本は隅から隅まで読まないとなあ」と思い知らされた一例でもあります。


3.香り酵母と吟醸の現在

教本P.20からP.21にかけては、香り酵母に関して触れられています。香り酵母の詳しい解説は項を改めるとして、ここでは「吟醸香を生成しやすい酵母の開発が進んでいる」ということは最低限把握しておきたいところです。

これも、上記で説明したように、鑑評会の影響が大きいでしょう。教本では香り酵母の代表として、長野県が開発したアルプス酵母が取り上げられています。長野県がこの酵母の開発に至ったのも、激しい吟醸競走を和らげて各蔵の負担を軽減すべく、県をあげて研究所を集約して集中的に研究開発を行った結果であります。

香り酵母の特徴は、リンゴの香りに例えられるカプロン酸エチルを多く生成することにあります。このリンゴの香りが、現在の鑑評会では高く評価されているのです。また、その扱いも比較的容易であるとされています。これらの要因から、香り酵母は今や全国各地に広まっています。

では、現在市場に出回る日本酒を香り酵母が制しているかというと、そうではありません。実に多様な選択肢があることが、現在の日本酒という商品の特徴でもあります。教本P.21で取り上げられているものだけでも、ここであらためて挙げてみましょう。

·醸造アルコールを添加した吟醸酒
·純米吟醸酒
·酢酸イソアミル(バナナの香り)中心の吟醸酒
·微炭酸でフレッシュさが際立った吟醸酒
·自社酵母の個性的な香りをアピールした吟醸酒
·契約栽培の原料米と従来の酵母を使用した味重視のなめらかで繊細な純米吟醸酒
·伝統的な酒母の生酛·山廃酛で造った酸度やアミノ酸度が高めの吟醸酒
·香り酵母と山廃酛を組み合わせたもの
·多酸酵母の吟醸酒
·熟成タイプ
·豊かな吟醸香がする生貯蔵純米酒
·フレッシュな吟醸香がする本醸造酒

ひとくくりに「吟醸酒」と言っても、これだけのバリエーションがあります。これもひとえに、鹿又親氏ら先人たちの警告が活かされているからではないでしょうか。

吟醸は、いまやコンクールのためではなく、我々消費者の選択肢を広げてくれるものとしても欠かせない、日本が誇る技術の賜物であると言えるでしょう。


4.隠された2次試験対策

冒頭で、教本P.19~21わずか3ページ程には重要度の高い内容が盛り込まれていると述べました。その中には、2次試験のテイスティングに向けても大きな武器になる内容が隠されています。

それは、P.21の最下部。最後の一文。

そこには「活性炭はカプロン酸エチルを吸着しやすい」とあります。

この記述の、どこが2次試験対策になるのか。これを、最後に考えていきましょう。

そもそも、テイスティング試験で大切なことは何か。それは、課題の酒に関する理解度をいかにマークに落とし込めるかにあります。

今回の例で言うならば、テイスティング試験で飲んだ酒について、「これは活性炭で濾過した酒だな」と思ったら、それに対応する香りをマークすることが大切になるわけです。

活性炭で濾過をした時に酒に起こる変化として思いつきやすいのは、外観の変化です。着色は無くなり、マークシートの言葉を借りるなら「無色に近いクリスタルシルバー」という表現がピッタリの外観になります。

加えて、香りにも特徴が現れます。濾過をかけることにより、様々な香気成分も同時に失われる。その結果、それまで隠されていた原料米由来の糖分からくる甘やかな香りが顔を出すのです。

これをマークに落とし込む際に使う選択肢が、「生クリーム」になります。生クリームにマークをすることで、「活性炭で濾過した酒ですよねコレ!!」という気付きを採点官にアピールするわけです。

そして、教本に話を戻すと、そこには、活性炭はカプロン酸エチルを吸着しやすいが、香り酵母を使うとカプロン酸エチルの香りが残りやすいといった内容の記述があります。

つまり、カプロン酸エチルの香りが強く、恐らく香り酵母使用だと感じた場合、外観が「無色に近いクリスタルシルバー」なら、「生クリーム」の香りを探せ!!という攻略法が成り立つのです。

カプロン酸エチルの香りを表す言葉として代表的な「黄色いリンゴ」「洋梨」「アカシア」に加えて、今回の「生クリーム」を足すと、4つ。選択数は8くらいを指示されることが多いですから、そう考えると既に半分。あとは原料米由来の香りやアルコール由来の香りの強弱に応じて残りを選択していくと、あっという間に必要数のマークができてしまう、というわけです。

2次試験は、直感に頼ってただ闇雲にマークすればいいというわけではありません。課題の酒と向き合い、その性質を掴み、それを採点官に伝える。こうした技術が問われているのです。

教本をしっかり読み込むと、時折こうしたヒントが隠されています。次回以降の記事でも可能な限り紹介していきますが、ぜひご自身でも探してみてください。意外な場所に意外なヒントが散りばめられているのも、教本の面白い点でもあります。


注)私は、まだまだ日本酒を勉強したての身であります。記載事項に関しては、自らのSAKE DIPLOMA認定試験合格の武器になったことは事実ですが、専門的見地からすると誤りであることも多々あるかと思います。その際は、ご指摘を頂けると非常に助かります。









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