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非認知能力:概念・測定と教育の可能性

今回の記事は,自分自身が編集した本の紹介です。『非認知能力: 概念・測定と教育の可能性』というタイトルで,出版することとなりました。

非認知能力とは何か,ということがまずは疑問ですよね。「非」認知能力というかたちで「ではない」という書き方がされるわけですが,知能や学力のような認知能力「ではない」,広い範囲の(心理学風に言えば)心理特性のことを総称する言葉です。

英語ではnon-cognitive skillsとかnon-cognitive abilitiesとかnon-cognitive traitsなどと呼ばれるものになります。複数形になっていることからも分かるように,中身は本当に多様で漠然としている,というのが正直なところではないでしょうか。実際,いろいろな文献を見ていくと,その中にさまざまな心理特性が含まれていそうな印象があります。

実は心理学者としては,非認知能力という概念のまとめ方については躊躇する部分もあるのですが……。いろいろな物を詰めすぎだろうとか,非認知といっても認知と非認知を完全に分けることなんかできないだろうとか……。そのあたりの葛藤についても,本の中を読んでいただければと思うところです。

15の特性

さてタイトルは「非認知能力」なのですが,その中で15の心理特性を紹介する内容となっています。取り上げている概念は,次のとおりです。聞いたことがある概念も,ない概念も含まれているのではないでしょうか。

◎誠実性
◎グリット
◎自己制御・自己コントロール
◎好奇心
◎批判的思考
◎楽観性
◎時間的展望
◎情動知能
◎感情調整
◎共感性
◎自尊感情
◎セルフ・コンパッション
◎マインドフルネス
◎レジリエンス
◎エゴ・レジリエンス

これらの概念については,次の3つの基準で選び出しています。

1. 心理学の領域で研究が(ある程度十分に)行われていること
2. なんらかの「よい結果」に結びつくことが示されていること
3. なんらかの「介入効果」が検討されており,教育場面への応用が示唆されること

とはいえ,それらに加えて「執筆をお願いできそうなこと」という大きな要素もありました。ご快諾いただき,ありがとうございました。

非認知能力

この3点が,心理学的な概念を「非認知能力」として取り上げる,あるいは非認知能力の中に含む場合の条件だと思うのです。

まず,養育の過程や教育のなかである心理特性を伸ばそうとするからには,その心理特性が何らかの形で「よい結果」に結びつくことが研究で示されている必要があります。学業成績が高くなったり,より高い学歴に至ることが示されていたり,収入が多くなったり,喫煙や飲酒の問題が起こりにくくなったり,病気から回復しやすくなったり,より長い寿命に結びついていたり……。このnoteでも,そういった研究はいくつも紹介してきたのですが,「この心理特性を伸ばすことで将来,よい結果がもたらされる」ということが,「よい心理特性」とされることの条件のひとつです。

なお,それが「よい」と言えるのかどうかという問題についても本の中で触れていますが,こちらの本でもそのことを扱っています。

そして,教育によって変化させることが可能であることが,もう一つの条件です。本の中にも書いたのですが,おそらく,知能は遺伝率が高く経験による変容の可能性が少ない一方で,心理特性はそれよりも遺伝率が低く環境によって変容する可能性が高い,という点も,「非」認知能力に注目が集まるひとつの理由だと考えられるからです。学校教育のなかでその心理特性を伸ばすことができる(できそう)ということが,非認知能力として「よい心理特性」とされることの条件のひとつだと考えられます。

非認知能力という考え方がどういうものであるかとか,教育的に介入できると言ってもそこに問題はないのかとか,よい結果と言ってもそれは本当に「よいこと」なのかといった問題については,本の中で触れていますので,ご覧いただければと思います。

概念の歴史

これは本の中に書いていない,自分のなかでの「裏テーマ」のようなものなのですが……心理学では,ある研究者によってある特定の概念が提唱されて,一連の研究が行われていきます。そして他の研究者たちにもその概念が受け入れられると,世界中の多くの研究でその概念が用いられ,論文が蓄積していきます。

そこには研究の歴史があって,概念の歴史があります。概念によってはさまざまに紆余曲折を経て消えていくこともありますし,重要な概念として生き残ることもあります。この本の中で取り上げた概念たちは,多くの研究のなかで淘汰されずに生き残ってきた,それぞれが独自の歴史をもつ生存者たちだとも考えられるというわけです。

そんなひとつひとつの「概念の歴史」を感じながら読んでもらえるといいな……と思ったりもするのですが,それはちょっとマニアックな読み方かもしれません。

他にも

なお,心理学の研究のなかではほかにも数え切れないほどの概念が存在していて,それぞれが独自の研究史をもっています。今回取り上げることができなかった概念も多く,「これを入れるべきなのに」というものもあることだろうと思います。それは本当に,私の力量不足であろうと思います。その点は申し訳ないなと感じています。

たとえば,創造性なども入れたいところではありましたが,実際なかなか難しいのですよね……。

感謝

さて,もともとは以前から知っている編集者の方からの企画だったのですが,「こういう内容であれば形になりそう」ということで,具体的に進んでいきました。

それぞれの章を執筆いただいている研究者の皆さんは,それぞれの概念を研究する第一人者といってもいい方々ばかりです。お送りいただいた原稿を読みながら,私自身も多くを学ばせていただきました。快く執筆していただいた皆様に心から感謝しています。

非認知能力というひとくくりでどう考えるかということも必要なことですが,これまでに多くの研究で培われてきたそれぞれの概念の内容,測定方法,介入の方法などについて理解を深める一助になればと願っています。

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