雑記 2020-05-02 小説という創作とnote

 小説を書くという創作行為に対して、自分の中で勝手にハードルが上がっていたというお話をします。

 最初に書きます。
 ハードルが上がっていた理由はたった一つの簡単なことでした。

「立派なものを書かないといけない」

 勝手にそう思い込んでいただけです。

 そもそも私が小説を書き始めたのは小学校高学年のことでした。
 家に置いてあったワープロに思いついた事をただ好きに打ち込んでいたのが始まりです。その後、中学校に上がってPCを買ってもらい、テキストファイルを量産していました。高校に入り携帯を持てるようになりました。小説を書ける機器を持ち運べるようになり、暇さえあればポチポチと小説を打っていました。大学以降はメインはPC、サブで携帯(社会人になってからはスマホ)を使い、相変わらずちまちまと書いていました。

 私が小説を書く理由はとても単純です。

「思いついたシーンをただ書きたい」

 ただこれだけです。
 変な設定を閃いたり、夢で見た景色だったり、なんとなく頭の中にずっと残っている景色だったりします。それらを文章に書き出したものが私の小説のもとと言えるものです。
 なんだったら、初稿はト書きと台詞しかない場合もざらです。逆に、風景と情景の描写しかないときもあります。
 そのようにして書かれたものは、大部分がネタ帳レベルのものです。その中から気に入ったものに手を加え、小説としての体裁を整えたものを公開してきました。
 なんにせよ、私の頭の中にあるものを文字に書き起こす、という行動自体が私が小説を書くという行為の根本なのです。

 さて、私がネットに小説を上げるようになったのは、友人からの助言がきっかけでした。
 曰く、「折角書いたのだから、自分以外の誰かが見れるようにした方が良い」「いざというときのバックアップになる」とのこと。
 その言葉を真に受け、ほいほいとブログを作り、気が向いたときに投稿していました。
 そしてこの行為が、いつの間にか自分の中の「小説を書く」という創作行為に対するハードルを上げるきっかけとなっていました。

「人に見せるからには、ある程度しっかりしたものを書きたい」

 そう考えた私は、小説の書き方を調べ始めました。
 基本的な文章の書き方、お作法については既に知っていました。ですので、ここで調べようと思ったのは、起承転結や序破急のその先でした。
 しかしそこで見つかるのは、いわゆる長編小説の書き方ばかりでした。プロット構成、主人公への感情移入のさせ方、成長と挫折、障害となるものの描き方、等。
 特にネットで見つかる情報にこの傾向が強かったです。なろう系に代表されるネット小説からプロを目指す人向けのアドバイスばかり。本として出版されているものにはこの傾向は少ないのですが、どうしても目についてしまうのはネットの情報ばかりでした。
 そしてこれが、私の中で小説という創作の意味を塗り替えてしまっていました。

「きちんと構成を考えて、見てくれた人にカタルシスを与えなければいけない」

 私は勝手にそう思い込んでしまっていたのです。

 もともとの私の小説は「ネタ帳に毛が生えたようなもの」だったのにも関わらず、上記のお題目を掲げて書こうとしてしまったのです。
 書けるわけがありません。
 思いついたネタ、シーン、フレーズにちゃんとした意味を持たせ、示唆を含ませ、作品としてのテーマを読者に伝えなければいけない。
 そんな技量は私にはありません。
 ネタ帳だけが増え、小説として形になったものは一つもありませんでした。
 そもそも公開していたのは短編ばかり。今までは起承転結くらいしか意識していなかった私が、大層な小説などをかけるはずなどありはしなかったのです。
 もちろん、長編小説を書く場合や賞に応募する場合などには有用なアドバイスなのでしょう。

 つまるところ、不要なアドバイスを聞いた結果、自分の書きたいものが何だったのかを見失ったのです。

 しばらく小説を書くという行為から離れていた結果、ネタ帳だけが充実していき、それでも書きたいという衝動に時折襲われる日々が続いていました。書いたものをブログに上げようにも、そもそも書くことができなければ意味がありません。

 書くことへのハードルを下げようと、投稿が簡単そうな小説投稿サイトを調べてみたりしました。
 しかし、出てくるのはシリーズ物や長編小説投稿に長けた(と説明されている)サイトばかり。更には、プロになれる、出版されるといった謳い文句が踊っています。

 そういうのではないのです。
 私が求めているのはそういうサイトではないのです。
 もっと気軽に短編小説が投稿できるサイトです。

 ですが、そこで私はふと気が付いたのです。

「私が求めているような小説投稿サイトがないということは、小説投稿サイトにとって私はターゲットではないのではないか」

 つまり、私のような者はがちがちの小説投稿サイトを利用しない方が良い、と。そのことに、ようやく気付いたのです。
 それは同時に、そのようなサイト向けの小説の書き方指南を真に受ける必要はない、という事でもありました。

 私が書きたい小説がどのようなものだったのかを思い出したのです。
 また小説が書けるようになりました。

 書けるようになったからには公開する場所を用意したい、と考えました。しばらく離れていたためブログを再開するのも少し憚られ、少しゆるい系の投稿サイトを探すことにしました。
 そこで見つけたのがnoteでした。

 noteの存在自体は以前から認識しており、はてなブログみたいなものかなとざっくり思っていました。
 調べてみると、クリエイターの為のゆるいSNS的なサイトであるとのこと。ブログとの比較記事がたくさんあったので読んでみると、サイトデザインが変更できない、広告が貼れない、などブロガーからは敬遠されている印象でした。
 ですが、私にとってはそれが好都合。
 小説投稿という観点から見ると、サイトデザインだとか広告だとかはむしろ不要な機能です。余計な設定無しで文章を投稿できるというのはメリットです。

 私の小説は、突き詰めれば、自分の為だけに書いているものです。
 思いついたものを書いているだけ。備忘録として公開しているだけ。
 そもそも集客を求めていません。
 ゆるい感じで小説が投稿できれば良いのです。
 noteは、そんな私には丁度良かったのです。

 立派なものは書けないけれど、自分の頭の中にある光景を小説として書きたい。
 そんな私のような者でも受け入れる門戸の広さをnoteには感じています。


 仕事ではなく趣味として小説を書いている以上、他人の為ではなくあくまで自分の為の創作活動であるという大前提を忘れずにいたいと思います。


 最後に。
 私は自分の為に小説を書いている、と言いました。ですが、もし自分の為に創作したものが、私の頭の中にしかなかったものが、誰かの琴線に触れることがあるのであれば、それはとても嬉しいことだと思います。
 そんな思いがあるから、ただ書くだけではなくあえて投稿しているのだと思います。

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