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早いか遅いか、遅いか早いか〜ライカ

その店は一見するとカメラ店だとは分からないような出で立ちで、店内は暗く店頭のショーウィンドウにたくさんのカメラは展示してあるのだけど、お世辞にも整理されているとは思えない、有り体に言えば「小汚い」印象の店だ。
ぼくがそこに入るきっかけは、どうしても欲しいカメラがあって、それはもう中古でしか手に入らないから自宅近辺の中古カメラ店を手当たり次第当たっていて、たまたま電話をしたら「あるよ」と言われたからだった。

2回くらい通り過ぎてしまってから、ようやく店を見つけて、それでも入るのにはしばらく逡巡してしまった。
それくらい入りにくいオーラがあった。

店主も店の雰囲気に負けず劣らずの個性派で、値付けもかなりいい加減なものだったが、並んでいるものはそれなりに拘りのようなものが感じられた。
デジタル全盛の時代になりつつある頃だったが、デジタルカメラはほとんどなく、フィルムのちょっと古いものばかり。
ぼくが電話したものだけども、と伝えると店主が作業台から顔を上げて「お、これね」と端に置いてあったそれを指した。
極上だった。
箱入りなんて初めて見た。
そこから付き合いが始まる。

「あんた、これ全部手放してまうの?」
うん
「なんか入り用?勿体ないなァ。ひと財産だがぁ」
そんなことないんだけど、ちょっと気分転換したくてさ
「ああ、買い替えるんか」
そう

ぼくは定期的に写真から気持ちが離れてしまうことがあって、たまたまそのタイミングで新しいデジタルカメラの記事を読んで、いっそ全てのカメラ機材をデジタルに変えてみようと思ったのである。
今あるフィルムカメラとレンズ一式を手放したら、多分デジタルカメラ本体とレンズは買えるくらいにはなる算段だった。

「〜万円で」
え?そんないく?
「あんたには色々買ってもらったでね。少し色をつけたわ」
いや、助かるけど…

買おうと思ってるのは最新のデジカメだったので、その店のラインナップからは外れるものだ。
だから買い取ってもらった金を、再びその店に還元することができない。
それをぼくは気にしていた。
しかし店主は、そんな心を見透かしたように

「ええよ、大丈夫。ウチもデジカメ置くようにするかな」
そう言って笑った。

岡崎市へ引っ越したばかりの頃

ちょっとさ、お願いがあるんだけど。

ぼくはそれまで店に行くたびに気になっていたことを切り出した。

「なに?」
これ見せてもらえない?
「んん?どれ?」
この一番奥にあるやつ
「ああ、あんたライカなんか好きだった?」

他にもライカはいくつかあった。
バルナックのIIIfなんかもあったしM4もあった。
でもぼくはブラックペイントのM3がずっと気になっていた。

ライカにはまだ早い。
ぼくはそう思っていた。
いいカメラだというのは知っていたが、どうも金持ちオヤジの道楽みたいな印象が拭えなかったのだ。
ライカの記事を読むと、必ずM3が出てきた。
どれも褒め称える記事ばかり。
そうなると一体どんなにすごいのか興味が湧いてくる。

似たような経験をぼくは前にもしていた。
それはベースギターだ。
高校1年の頃からベースを始め、それから割と切れ目なくバンドでベースを弾いた。
30手前の頃、それまで使っていたベースを買い替えようと思った。
使っていたのはジャズベースだったが、演奏する曲に合うのはプレジションベースであって、そのことにはずいぶん前から気づいていた。
そうなるとチラつくのは「フェンダー」だ。
それもUSAのがいい。
当然価格も高いのだけど中古ならなんとかなりそうだった。
フェンダーはまだ早い。
なんとなくそう思い続けていた。

試奏させてもらうと、めちゃくちゃ弾きやすいのが分かった。
音も作りやすい。
16の粒が揃う。
早くなんかない。
むしろ遅かったくらいだ。
ぼくはM3の巻き上げレバーを操作しながら、そんなことを思い出していた。

これ、いくらすんの?

こうしてぼくはライカを買った。
(続く...んだろうなァ)

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