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宵五ツ時

2012年の近江屋跡
寓居であった酢屋跡

坂本龍馬はそれまで定宿としていた寺田屋が幕府側に目をつけられているというので、11月3日に蛸薬師にある醤油商近江屋新助宅に移った。
11月13日、御陵衛士伊東甲子太郎いとうかしたろう(きねたろうの説あり)が訪ねてきて、暗殺の危険があるから三条の土佐藩邸に移ったらどうかと勧めたが、坂本は近江屋に留まることにする。
11月15日、坂本31歳の誕生日である。夕刻に中岡慎太郎が近江屋を尋ねる。
近所の書肆しょし菊屋(中岡の定宿)の鹿野峰吉が、中岡から託った手紙を錦小路の薩摩屋に届け、その返事を預かって中岡に渡すために近江屋に来ていた。

「なぁ、宮川らをこれからどうしたらいいもがやろか」
「そうちやなぁ…」

母屋二階。
中岡新太郎と坂本龍馬は三条制札事件で捕縛された土佐藩士宮川助五郎らの身請け後の処遇について話合っていた。
普段は暗殺対策から土蔵に身を寄せていた坂本だが、この時風邪を拗らせており、主の計らいから母屋に移っていた。
そこに誕生の祝いとして淡海槐堂から贈られた「寒椿と白梅」の掛け軸を飾っていたという。

土佐藩士岡本健三郎も同席していたが、菊屋峰吉を坂本が「軍鶏鍋を食べたいがやき軍鶏をこうてきてくれ」と遣いにやらせ、同時に岡本も席を辞した。
二階の別部屋には以前は雲井龍と称した相撲上がりの下僕山田藤吉が楊枝作りの内職をしていたという。これは海援隊書記長岡謙吉の僕であるが、警衛の意味をも兼ねて数日前から坂本につけてあった。

五ッ時(午後8時)近く、近江屋の木戸を叩く者がある。
藤吉は軍鶏を買いに行った峰吉が戻ったのだと思い木戸を開けた。

「夜分恐れ入る。拙者、十津川郷士の者。才谷先生がご在宅なら御意願いたい」
と名刺を差し出す。
「はぁ、ちょっと待っとくれやす」

戸口に立ったのは一人だったが、その返答を聞くや『居る』と判断し物陰から数名が抜刀し、二階へ上がる藤吉の後を追う。

「十津川郷士と仰る方がお出でですけど」
藤吉は名刺を坂本らに差し出す。
坂本は近視で、しかも夜であったので、そのまま中岡に渡す。
「おんし、知っちゅうか?」
「知らん」
「まぁ十津川郷士というのなら話は聞こうやか」

(明治3年、近江屋事件の嫌疑をかけられ伝馬町牢舎で取り調べを受けた、当時京都見廻組与力頭であった今井信郎は刑部省の口上書において、五ツ半ごろ「松代藩士」を名乗って応接を求め、四名が部屋に上がっていったと証言している)

玄関土間には既に抜刀した者が3名、入り口見張りに1乃至2名、近江屋新助ら家の者への見張りに1名、裏口に1名。
刺客は戻ってきた藤吉を袈裟掛けに斬りつけ、声を上げようとする藤吉を抑え込む。
揉んどり打つ物音に龍馬と同席していた中岡が「ほたえな!」と声をかける。
中岡は藤吉と峰吉がふざけているのだ、と思った。

3名は声のした部屋を確認すると襖を開ける。
部屋は行灯が灯ってはいたものの、刺客はどちらが坂本かが分からない。

「才谷先生、お久しゅうございます」

刺客がかしづき膝を折って頭を下げた。
坂本は近視の目を細めて刺客を見る。

「はて、どちらさんじゃったかいのう」

その返答を聞くや否や、坂本を確認した刺客は坂本の前頭部に一撃を与える。

「こなくそ!」

中岡は驚き刀に手を伸ばそうとした背後から後頭部に一撃。
坂本は床の間の佩刀はいとう陸奥守吉行むつのかみよしゆきに手を伸ばしたところ、二の太刀を右肩から左背骨まで浴びる。
吉行を手に振り向いたと同時に三の太刀が頭上を襲う。坂本は吉行を盾に、この太刀を受け止めるものの刺客の太刀剛健にして、受け止めた鞘ごと削り前額を襲う。

「横山(中岡の変名)、太刀はないか、太刀は」

中岡も刺客相手に九寸の短寸しかない。信国のぶくに在銘白柄朱鞘しろつかしゅさやで、つばはついているものの、脇差というより匕首あいくちの短さである。これで敵の太刀と渡りあったが、ついに倒れた。

「もうよい、もうよい」

刺客は最後に中岡の腰に捨て太刀を当て逃走する。

坂本は気絶からほどなく覚める。
「残念、残念」
「慎太、慎太、手は効くか」

「効く」

中岡の手は皮一枚で繋がっているような有様だったが、そう応えた。
坂本は廊下まで這いずり、階下に向って

「新助、医者を呼べ」

と叫ぶも、もはや声にならなかったという。

部屋に這い戻ると刀に映った自分を見た。

「脳をやられた。もういかん」

(この言葉には諸説あり、近年幕末の京都で「徒目付」として政治情勢の内偵活動などをしていた土佐藩の下級役人・樋口真吉が、竜馬暗殺の様子を日記にしていたことが分かった。それに依ると「横山兄如何」とある。「横山、大丈夫か」と山岡を気遣い絶命したとされている)

慶応3年(1867年)11月15日、京都四条河原町醤油商近江屋での出来事。
この日は坂本の誕生日であり命日となってしまった。

京都霊山護國神社霊園にある坂本龍馬と中岡慎太郎の墓
墓碑近くにある銅像

写真はFUJIFILM X-Pro1, XF 18mm F2RとLEICA M9, Summaron 1:2.8cm f=5.6に依る。


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