しろばんば
コウモリを見ないな、と気付いたのは最近だ。
子供の頃、夕方になると手のひらほどの大きさのコウモリが空を乱舞している光景は日常だった気がする。
我が家の近くだと、ムクドリやカラスばかりを見かけ、コウモリは全く見かけない。
勢力分布だけの問題かも知れないが、カラスもムクドリも異常な数なので、生態系に変化があったのだろうか、とも思う。
そんな事を思っていた矢先、もう少し郊外で車を走らせていたら、信号待ちで田んぼの畦の上をコウモリが飛び交っていた。
餌は大体小さな虫だと思ったが、街なかではそういう物が見つけられなくなっているのかも知れない。
ふと井上靖の「しろばんば」を思い出す。
しろばんばとは雪虫の事だが、晩秋の頃、これが飛び始めると雪が近いとされている。
恐らく井上靖自身の自叙伝であると思われるが、小学校の4年半くらいの間の事が書かれていた。
教科書にも載っていたので皆さん、ご存知の方も多いと思うが、幼年期の世界から少年期のもう少し広がる世界への過渡期で、近しい人との訣別であったり、未知なる物への畏怖であったり、そういう物を綯交ぜにした一種の寂寞とした思いを描いている。
畦道沿いに立つ仄暗い街路灯を見たせいだろうか。
それに纏わりつくように飛ぶコウモリを見て、己が少年期を連想したせいだろうか。
文中、主人公の耕作がちんどん屋を見て「侘しい、侘しい」と心の中で呟く場面が、ありありと浮かんできたのだ。