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子育て幽霊

六道りくどうの辻

ある夜の事。

店仕舞いを終えた飴屋の雨戸を叩く音がする。
主人は何事かと
「どちらさんで?」
と応える。
雨戸の向こうでか細い声がする。
「飴を一つ売って下さいませんか」
こんな夜更けに一体 … と思いながら、主人は雨戸を開けた。
店の前には青白い顔をして髪をボサボサに振り乱した女が独り。
一瞬ぎょっとしたが、それでも女は一文銭を出すので
「一つでよろしいので?」
と聞くと女は何も言わない。
何とも薄気味の悪い女だと思いながら、主人が飴を一つ手渡すと女は夜の闇に消えていった。

みなとやさん

翌日の夜。
またも女は同じ様な刻に飴を求めに来た。
今度も一文で一つ。
「この近くのお住まいで?」
主人は尋ねてみたが、やはり女は何も応えない。

主人は内儀に言う。
「ありゃもしかすると何所かの女郎崩れやないか」
「おまえさん、滅多な事を言うもんやないで」
「そやかて毎晩毎晩一文ずつで飴一つずつなんて、子どものお遣いと違うんやで」

女は次の日も、その次の日も現れた。
そして七日目の夜。

「すいません。もうお金がないんです。これで飴を売ってくれませんか」
そう言って羽織を差し出す。
見ればそこそこ上等な羽織。
「こんな上等なもん、ええんでっか?」
「はい、もうこれしかないんです」
女の声は哀れみを誘い、主人は飴を手渡した。

子育飴はしょうがが効いてる

その翌日の事。
昨晩女から渡された羽織を主人は広げて店先に干した。
何やら湿っていて匂いもする。
まぁ半日も干しておけば … と思っていた。
昼過ぎに身なりの良い商人らしき男が入ってきた。
ひどく慌てた様子である。

「主人、この羽織をどうしはった?」
その慌てぶりに驚いた主人は顛末を男に話すが、聞くうちに男の顔色が見る見る変わっていく。

「この羽織は、先日亡くなった儂の娘の棺桶に入れてやった物。これはただならぬ事だ」
男は店を飛び出すと、娘の墓地へ一目散に駆け出す。

住職が止めるのも聞かずに墓を掘り起こすと、棺桶から赤ん坊の泣き声が聞こえる。
棺桶を開けると、娘の亡骸が赤ん坊を抱いている。

男は赤ん坊を救い出すと娘の遺骸を見る。
死後に赤ん坊を産んだというのか。
それにしても …。
はっと男は気づく。
娘に三途の川の渡し賃として懐に入れた六文銭が無い。
そうか、そうだったか …。

京都市東山区松原通大和大路東入る二丁目轆轤町に、この飴屋は現存する。
この赤ん坊は六道珍皇寺の僧侶となり 1666 年に入寂したという。
門前の「六道の辻」はこの世のあの世の境だと言われ、この六道珍皇寺には冥界に通じるとされる井戸がある。

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