見出し画像

怖い話

承前

それから何度も走る、停めてヘルメットを取る、ヘルメットを被る、走るを繰り返す。
時計は4時15分まで戻った。
ヒグラシの声は相変わらずヘルメットを被った時にだけ聞こえている。
はじめはヘルメットを取った時にだけ「おい」と聞こえていた声は、何を言っているかは分からないけれど、何かブツブツとつぶやき始め、それはヒグラシの声と同じくヘルメットを被っている間はずっと聞こえるようになってきた。

ぼくは途中で気付き始めた。
連れてきたのだ、と。
ああ、あんなところ寄らなきゃよかった。
全力で後悔しながら、それでもこのまま家に帰るのは拙いと考え始める。

そんな迷いが、ついうっかりを誘発したのか、ぼくは自宅への道を間違った。
直進しなくてはならないのに、左折専用車線にいたのだ。
仕方なく左折をして、少し来た道を戻りかけた。
もう一度左折して、元の道に戻った時に信号に引っかかる。
ぼくは何となく時計を見た。

4時30分。
進んでいるではないか。

なるほど、と思う。
戻れということなんだな、と。

ぼくはあの廃屋を目指して走り始める。
本来なら二度と行きたくない場所だが、こんな状態では帰ることができない。
相変わらずヒグラシが鳴いているし、男の声は、はっきりと念仏をつぶやいているのが分かるようになってきていた。
もうヘルメットがなくても聞こえるんじゃないかと思った。

手足が冷たい。
背筋から冷たい汗が背中を伝う。
暑いはずなのに歯がガチガチ鳴るほど寒いのだ。

這々の体で、さっきの廃屋に辿り着いた。
ぼくはオートバイを停めてヘルメットを脱いだ。
時計を見ると5時半を少し回っていた。
さっきの時間に戻ったのだ。

ヒグラシの声が一際大きく聞こえたかと思うと、男の念仏と一緒に遠ざかり始める。
ぼくは安心するのと同時に、どうしてここに連れ戻したのかと不安になり始めていた。

もう一度、廃屋を眺める。
もう悪寒はない。

カナカナカナカナカナカナカナカナ......

ヒグラシの声が聞こえなくなっていく。
ぼくはオートバイに戻りヘルメットを被った。
もう男の声は聞こえない。
エンジンをスタートさせバックミラーを見た、その時だった......。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?