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230925_疎遠

2023/09/25

もう数年会ってない、連絡も滅多にしないという人たちから突然夜中に電話がかかってくることがある。

先日もダッカのボロボロの宿の二段ベッドでくつろいでいた時に電話がかかってきた。そういう時はたいてい相手が死にたくなってしまった時とか、何らかのトラブルに巻き込まれて落ち着きを失っている時だ。僕にできることは、話を聞く、いくつかのシンプルなアドバイスをする、状況がひどい時には会いに行く、ぐらいである。

頼られること自体は悪い気持ちはしないし、単純にその瞬間に心配の気持ちが優って、その人たちにとって自分がどういう存在かはどうでもよくなる。

ただふと電話を切ってしばらく経つうちに、その人が健やかな時、幸せな時、あるいは何の不自由も感じていない時は、基本的に僕は必要がないのだなと思う。あまりにそういう役回りが多い。自分でも無意識に好んで引き受けているのかもしれない。これは僕単体で考えた時に、あまり健全ではないのかもしれない。

もう遠くに行ってしまった人、疎遠になった人、きっと会うことはないだろう人でも大事な人はいるし、あるいはかつて大事だった人もそこまですげなくできない。たとえ今後会うことも、連絡を取り合うことも、近況を伝え聞くことさえなくとも、健やかに過ごしていてほしいと思っている。これは綺麗事ではなくかなり明確な気持ちとして存在している。そして、それはそれなりに傲慢な部類の感情だとも思う。

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