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230519_事務員B

2023/05/19

大学に入ってもう10年目になる。
大学を変えずに博士まで進むと自然とそうなる。学科の事務員さんや図書室の司書さんとは顔見知りになって、顔と名前を覚えられたりする。

いまは博士論文の審査が始まるタイミングで、もし審査に落ちたら、就職とか学籍とか学費とかどうしようかと悩んでいる。そのことを指導教員に相談したら、「事務室のBさんに聞いた方がいいよ」と言われる。

Bさんは、たぶん一番長くいる人で、くせものとして知られている。僕も学部生の頃に学生側の窓口係をしていて関わる機会も多かったけど、少しめんどくさいところがあって苦手だった。何よりルールに厳しくて融通が効かない感じ。率直に言えば、あのおじさんに相談しに行くの嫌だなと思った。

事務室に行くと、Bさんに奥の応接スペースに案内された。メモ用紙に時系列の表を書きつけて、考えられるパターンや、明文化されてないルールなどを教えてくれる。大学というところも世間と同じで、学生が知ることができなかったり、そもそも書かれていないルールがたくさんあるところだ。

彼は僕を傷つけるようなフレーズを避けてたり、職務上言えないことを避けながらも、僕のいまの状況に即しながら、アドバイスをくれる。

もちろんいまの審査でスムーズに学位を取ることがベストで、そのほかのベターな選択肢を話し合う。最後にはBさんから、とりあえずいまの審査で合格できますように、みたいなことを言われて、僕は事務室を後にした。

あれ、この人こんなに優しかったっけ、と思う。もちろん職務上のことであることはわかっているのだけど。あと彼の中で、ルールへの融通の効かなさみたいなものと、ルールの中でなんとか包摂してくれようとする優しさみたいなものは繋がっているのかもしれない。

自分は人を見る目はある方だと思ってたし、あのおじさんが違う人間になったわけではないのに、印象が変わる。自分の置かれた状況や人に対する態度があの頃と変わったということもあるのだろう。お世話になったり、優しくされたりすると、その人の見え方が変わるというのは、なんだか都合のいい人間だなと思う。

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