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作品と日常の狭間にある薄い細胞膜について

年始からずっと同じ作品に取り組んでいます。
物語の起承転結を繰り返しなぞりながら、自分の日常の変化や心の有り様も眺めます。(それをできるだけ客観的にしたいと思う。)
物語と自分の日常の間は薄い膜のようなもので仕切られていて、でも何か特殊な感情や思いだけがそこを自由に行き来します。
それは不思議と、作品に温度を与えたり、逆に私の日常にヒントをくれたりする。
でもこの薄い膜が、弱くなったりくたびれたりすると、二つの世界が不必要に混じり合ってしまうような感じがします。(あくまで私の感覚ですが。)
そしてこの薄い膜というのは、私自身の細胞膜的な生々しいもののイメージ。ほら、絵的には組織液がうっすら滲むような。
だからええと、何を言いたいかというと、体を健康に保たねばという、ありきたりな結論に行き着くのであります。
ありきたりとはいえ、新しい発見をしたような気分の深夜一時。
寝ます、おやすみなさい。

∞花湖∞

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