七つ道具 その2
Etaux
こんな道具、日本では見たことがなかったし、フランスに来てからも製本するまでは見たことがなかった。
エトー
日本語では「バッキングプレス」というらしい。
一言で言えば、「本を挟んで固定し、作業するための道具」。
シザイユ(裁断機)と同様、これがなければ製本職人の仕事は成り立たない。
大抵のエトーは木製で、本の背をぎゅっと締め上げ、丸みを帯びた背にmors(モール)と呼ばれるハードカバーの厚み分の「耳」を金槌で叩き出す部分と、プレスのハンドル部分は鉄でできている。
私が出会ってきたのはこのタイプだったし、今、我が家でひっそりと佇んで家具の一部になっているのも、このタイプだ。
でも、新しいGのアトリエで、エトー全体がメタルでできているものに初めて出会った。
それは、木でできたエトーと一味違った存在感がある。
黒光りしていて、見ただけで重そうで、冷たくて、人を簡単には寄せ付けない高貴な雰囲気。
頭がキレる、仕事のできる奴のタイプだ。
実際、エトーの目的は「金槌で叩き出して」本に耳を作るだから、全部金属でできていた方が耐久性に優れている。
木製のエトーは、長年使っているうちにプレス部分の金具にズレが生じ、耳の厚みが表表紙と裏表紙で多少の差が出てきてしまう。でも、職人はそのエトーの癖を知っているので、耳が左右対称になるよう、本をひっくり返して叩き直すなどして調整していくのだ。
この時もすてきな音がする。
丸裸になって、かがり綴じされた本は、背にもう一度糊をひかれ、背筋をしゃんと伸ばした状態で乾かされる。その状態から、金槌で軽くトントン背を叩かれながら丸みを帯び、エトーに挟まれ、さらに金槌でトントンと叩かれながら耳を出していく。
トントントントン
うまく金槌が当たっているときは、紙と木と金槌とが、少しくぐもったような、優しい、でも「確実に耳ができていく」音がする。
製本を本格的に習ったCのアトリエで、この音の違いに気がついた。
まだ見習いの生徒たちがこの作業をすると、金槌はやたらめっぽうエトーの金具の部分にぶつかって、甲高い悲鳴をあげる。
「上手くいってないな・・・」
自分の作業のため手元しか見ていなくても、音の違いで仲間の作業が失敗していることに気がつく。
でも次の失敗は私の番。
耳の厚みも心配だけど、どうやったら師匠のあの音に近づけるのか、自分の出す音の「確かさ」を私は探りながら、金槌を叩いた。
いい音がしなくては、いい本はできない。
Gの総メタル仕様のエトーは、思ったより冷たい奴じゃなかった。
金槌で叩くと、今までのエトーでは聞いたことのない響き方をする。
一番最初に思い出したのは、祖母の仏壇のおりん。
その後、何度も叩くうちにインドネシアの音楽のような響きにも聞こえてきた。
悪くない。
面白い!
また新しい仲間ができた!
アトリエを出るともう初夏の日差し。
広場ではペタンクをやっている。