見出し画像

【裁判例メモ】商標権:立体商標の侵害(東京地判令和5年3月9日(令和3年(ワ)第22287号))(エルメスハンドバッグ立体商標)

第1 立体商標の類否判断

 商標の類否判断は、対比される両商標が同一または類似の商品に使用された場合に、商品の出所について誤認混同を生じるおそれがあるかどうかによって判断し、その判断にあたっては、商標の外観、観念、称呼等を取引の実情を考慮して総合的に考察することになる。
 もっとも、立体商標の類否判断については、立体商標が立体的形状を対象とする商標であることから、商品又は役務の外観の類似が類否判断に与える影響は大きい。

 立体商標の類否判断について、東京地判平成26年5月21日(平25(ワ)31446号)(裁判所ウェブサイト)【エルメスハンドバッグ立体商標事件】は、以下のとおり判示した。

 商標と標章の類否は,対比される標章が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品・役務に使用された標章がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。そして,商標と標章の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品・役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品・役務の出所の誤認混同をきたすおそれの認め難いものについては,これを類似の標章と解することはできないというべきである(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。

 原告商標は立体商標であるところ,上記類否の判断基準は立体商標においても同様にあてはまるものと解すべきであるが,被告標章は一部に平面標章を含むため,主にその立体的形状に自他商品役務識別機能を有するという立体商標の特殊性に鑑み,その外観の類否判断の方法につき検討する

 立体商標は,立体的形状又は立体的形状と平面標章との結合により構成されるものであり,見る方向によって視覚に映る姿が異なるという特殊性を有し,実際に使用される場合において,一時にその全体の形状を視認することができないものであるから,これを考案するに際しては,看者がこれを観察する場合に主として視認するであろう一又は二以上の特定の方向(所定方向)を想定し,所定方向からこれを見たときに看者の視覚に映る姿の特徴によって商品又は役務の出所を識別することができるものとすることが通常であると考えられる。そうであれば,立体商標においては,その全体の形状のみならず,所定方向から見たときの看者の視覚に映る外観(印象)が自他商品又は自他役務の識別標識としての機能を果たすことになるから,当該所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似する場合には,原則として,当該立体商標と当該平面商標との間に外観類似の関係があるというべきであり,また,そのような所定方向が二方向以上ある場合には,いずれの所定方向から見たときの看者の視覚に映る姿にも,それぞれ独立に商品又は役務の出所識別機能が付与されていることになるから,いずれか一方向の所定方向から見たときに視覚に映る姿が特定の平面商標と同一又は近似していればこのような外観類似の関係があるというべきであるが,およそ所定方向には当たらない方向から立体商標を見た場合に看者の視覚に映る姿は,このような外観類似に係る類否判断の要素とはならないものと解するのが相当である。
 そして,いずれの方向が所定方向であるかは,当該立体商標の構成態様に基づき,個別的,客観的に判断されるべき事柄であるというべきである。

第2 本件の概要

1 事案の概要

「バーキン」の形状を商標とする商標権、「ケリー」の形状を商標とする商標権を有する原告「エルメス アンテルナショナル」が、被告の販売した商品の形状が、原告の商標に類似すること、周知かつ著名な商品表示であるバーキン及びケリーの各形状に類似するとして、商標権侵害の不法行為(民法709条)及び不正競争防止法4条(同法2条1項1号及び2号)に基づき、損害賠償を求めた事案である。

2 原告商標権

原告商標権1
登録番号 商標登録第5438059号
登録日 平成23年9月9日
商品区分 第18類
指定商品 ハンドバッグ

原告商標権2
登録番号 商標登録第5438058号
登録日 平成23年9月9日
商品区分 第18類
指定商品 ハンドバッグ

第3 商標権侵害に関する原告の主張

※一部割愛

1 原告商標と被告商品の形状の類否について

(1)被告商品1の形状はバーキン商標の特徴を、被告商品2の形状はケリー商標の特徴を、それぞれ全て備えている。
 したがって、バーキン商標と被告商品1の形状、ケリー商標と被告商品2の形状は、それぞれ同一といえるほど類似している。
(2)被告指摘に係るバーキン商標と被告商品1の形状との相違部分やケリー商標と被告商品2の形状との相違部分は、いずれも些末な相違であることなどから、これらの類似性を否定する根拠となるものではない。
 また、原告商品を含む高級ブランドバッグについて成熟した中古市場が存在すること被告商品が廉価とまではいえない価格であること原告商品と被告商品とが販路を共通にしていること等から、価格帯の相違といった取引の実情を考慮しても、バーキン商標と被告商品1の形状及びケリー商標と被告商品2の形状との類似性を否定し得ない。

2 商標的使用の有無について

 被告は、原告商標について商標的使用を行っている。
 すなわち、原告商標は、その立体的形状が自他商品識別力を有するものとして商標登録されたものである。被告商品の形状は原告商標と同一といえるほど酷似している以上、原告商標は、被告商品の形状において自他識別機能を有する態様で使用されている。

3 損害発生の有無及び損害額について

 原告は、被告の商標権侵害によって、次のとおり、合計785万0140円の損害を被った。
(1) 逸失利益 515万0140円
 被告は、被告商品1及び2の販売により合計515万0140円の利益を得たことから、同額が原告の受けた損害の額として推定され(商標法38条2項)、これを覆す事情はない。
(2) 信用毀損による無形損害 150万円
 原告は、その高級ブランドとしての価値、名声を維持すべく、その製造販売に当たり商品の品質保護に努めているほか、原告の販売方針について教育を受けた販売スタッフの配置や多年にわたる多大な宣伝広告費用の支出によりそのブランドイメージの維持に努めている。しかるに、原告商品の形状に酷似した質の低い被告商品が廉価で販売されたことで、原告の高級ブランドとしてのイメージ及び原告商品に対する顧客の信用は著しく毀損された。被告による被告商品の販売行為が日本全国の需要者に認識されると共に、その購入者も多数に及ぶことも踏まえると、被告の販売行為による無形損害は150万円を下らない。
(3) 弁護士費用 120万円
 原告は、本件紛争解決のため、代理人弁護士に対して訴訟委任を行い、報酬として120万円の支払を約した。

第4 商標権侵害に関する被告の主張

1 原告商標と被告商品の形状の類否について

 バーキン商標と被告商品1の形状及びケリー商標と被告商品2の形状は、以下のとおり、外観に違いがあると共に、取引の実情に照らし出所混同が生じる可能性もないため、いずれも類似していない。
(1) 外観
 原告商標ないし原告商品と被告商品の形状には、外観上次のような違いがある。
ア サイズ(バーキンについて)
 バーキンは横幅が25センチメートル以上であるのに対し、被告商品1は横幅が20センチメートルである。
イ 角部の形状
 原告商標は一つ一つの角部が強調されて角張った形状をしており、高級感を生じさせているのに対し、被告商品は全体的に丸みを帯びた形状をしており、高級感よりもかわいらしさが重視されている。
ウ 生地
 原告商品の素材は本革であるのに対し、被告商品の素材は合成皮革である。
エ 側面の形状
 原告商標の側面の形状は縦長の二等辺三角形状であるのに対し、被告商品の側面は、底辺と側斜辺が丸みを帯びたフラスコ形状となっている。
オ 蓋部の切込み(バーキンについて)
 バーキン商標は、蓋部に略凸型状となるように両サイドに切込み及び縦方向の鍵穴状の切込みが2か所設けられているところ、凸型部分と本体正面上部中央部分の幅は同じ長さとなっている。これに対し、被告商品1は、蓋部に両サイドの切込み及び縦方向の鍵穴状の切込みはあるものの、本体正面上部中央部分の幅の長さが両サイドの凸型部分の幅の長さの約2倍となっている。
カ ハンドルの形状(バーキンについて)
 バーキンのハンドルは、持ち手となる部分が長く、ハンドバッグ本体とハンドルで枠取られる部分は、短軸が長軸の2分の1以下である縦長の楕円形を横に半分にしたような形をしている。これに対し、被告商品1のハンドルは、持ち手となる部分が短く、ハンドバッグ本体とハンドルで枠取られる部分は、逆さまの茶碗型のような形をしている。
キ チャームの有無
 原告商品には金属チャームが付属していないのに対し、被告商品には被告商品であることを示す刻印のある金属チャームが付属している。
ク 固定具とベルトの長さの比率(ケリーについて)
 ケリー商標は、固定具の長さが正面から見たベルトの長さの5分の1程度であるのに対し、被告商品2は、固定具の長さが正面から見たベルトの長さの3分の1から4分の1程度である。
(2) 取引の実情
 原告商品と被告商品に関する取引の実情は次のとおりであり、出所の誤認混同が生じる可能性はない。
ア 価格
 バーキンはほとんどが1個100万円を超える高級バッグであり、ケリーもほとんどが1個50万円を超える高級バッグであって、原告商品の販売価格が極めて高額であることも周知となっている。これに対し、被告商品の販売価格はいずれも1個1万5180円である。このため、原告商品は、購入者にとって、憧れや特別な感情から購入に至るものであり、被告商品のような価格で市場に出るものではないことも周知であるのに対し、被告商品は、若い女性が日常使用目的で購入する商品である。
イ 刻印の有無
 原告商品には「HERMES」の文字がバッグに刻印されているのに対し、被告商品にそのような刻印はない。
ウ ファスナーポケットの有無(バーキンについて)
 バーキンには内側にファスナーポケットが付いているのに対し、被告商品1には付いていない。
エ 販売方法
 被告は、被告商品を「バーキン風」、「ケリー風」などと称して販売したことはなく、被告独自の商品として販売していた。

2 商標的使用の有無について

 被告は、被告商品の販売に当たり、原告商標について商標的使用をしていない。
 すなわち、被告は、被告商品の形状が「かわいらしい感じ」、「女性好みである感じ」であることを理由に被告商品を販売商品のラインナップに加え、購買意欲を喚起させようとしていたのであり、購入者側も、そのような形状であるからこそ被告商品を購入しており、被告商品の形状が原告商標と類似していることを理由に被告商品を購入しているものではない。

3 損害発生の有無及び損害額について

(1) 逸失利益について
 次の事情に照らすと、原告に損害は発生しておらず、仮に損害が発生したとしても、被告が被告商品の販売によって得た利益の少なくとも95%については、原告の損害との間に因果関係がない。
ア 価格
 バーキンが1個100万円、ケリーが1個50万円を超える高級バッグであるのに対し、被告商品はいずれも1個1万5180円で販売されていたものである。購入者は商品の購入に関して予算を想定していることに鑑みると、このような価格差ゆえに原告商品と被告商品との誤認混同のおそれはないから、原告の損害は発生せず、仮に誤認混同のおそれがないとはいえないとしても、損害額推定の覆滅事由となる。
 また、原告商品は、中古品であっても1個50万円以上するものばかりであるため、中古品の流通を考慮しても上記と事情は異ならない。仮に被告商品を購入したことで中古の原告商品を購入しなくなる者がいたとしても、原告は原告商品の中古品を販売していないため、原告には損害が生じ得ない。
イ 競合品の存在
 原告商品を模した商品は数多く販売されており、こうした競合品の中には被告商品と極めて近い価格帯のものが多数存在している。そのため、購入者は、被告商品が手に入らない場合、近い価格帯の競合品を購入するのであって、価格帯が大きく異なる原告商品を購入することはなく、仮にあるとしても損害額推定の覆滅事由となる。
ウ 被告の営業努力
 被告は、様々なファッションショーへの継続的な出展、独自ブランドの商品販売、全国の主要都市での店舗展開、SNSでの宣伝活動といった営業努力を続けている。
エ 機能性の違い(バーキンについて)
 被告商品1は、サイズが最小サイズのバーキンと比較しても20%も小さいサイズであり、内容量も同程度の違いがある。また、被告商品1は、内部にファスナーポケットが付いていないという点で、バーキンと機能面で大きな差異がある。
(2) 信用毀損による無形損害について
 原告商品と被告商品は購買層が重なっておらず、被告商品を見て原告のブランドイメージが低下するといったことは起こり得ない。また、原告商品を模したハンドバッグがインターネット上及び全国各地で廉価で販売されていることは周知の事実であり、それによって原告商品の信用が毀損されることはない。

第5 裁判所の判断

1 原告商標と被告商品の形状の類否について

(1) 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。もっとも、商標の外観、観念又は称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず、これら3点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできない(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁、最高裁平成9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。
(2) バーキン商標と被告商品1の形状の類否について
ア 証拠(甲71、乙2)によれば、被告商品1の形状は、バーキン商標の特徴を全て備えていると認められる。このことに鑑みると、バーキン商標と被告商品1の形状は、その外観が類似しているものといえる。
 これに対し、被告は、角部及び側面の各形状、蓋部の長さ及びハンドルの形状等の相違点を指摘して、両者は外観上類似していないと主張する。しかし、バーキン商標の特徴はいずれもハンドバッグの外観を特徴付ける基礎的な構成に関わるものであり、需要者がハンドバッグの外観から受ける印象に大きな影響を及ぼし得る。他方、被告が指摘する上記各相違点は、バーキン商標の特徴の構成要素と比較すると、ハンドバッグの細部に関するものであるにとどまり、しかも、バーキン商標と慎重に比較して初めて相違点と認識し得る程度の相違に過ぎない。また、バーキン商標はサイズや生地を特定したものではないこと、被告商品1のチャーム(取り外し可能なもの)は付属品に過ぎないことに鑑みると、これらに関する相違点はバーキン商標と被告商品1の形状の類否の判断に当たり考慮すべき事情とはいえない。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
イ バーキン商標及び被告商品1の形状は、いずれも特定の観念及び称呼を生じさせるものとは認められない。
ウ バーキン商標と被告商品1の形状とは外観上類似している上、バーキンと被告商品1のどちらも少なくとも百貨店にある店舗で販売されている点で、その販路が共通している。このため、取引の実情を考慮しても、被告商品1の出所について誤認混同を生じるおそれがあることがうかがわれる。
 これに対し、被告は、価格や刻印の有無等の違いを指摘して、取引の実情を考慮すれば、被告商品1の出所について誤認混同を生じるおそれはないと主張する。しかし、中古市場で取引される原告商品1の中には新品より相当低廉な価格で販売されているものもあること(甲69)、通常の取引において購入者が刻印の有無やファスナーポケットの有無を必ず確認した上で購入しているとまで認めるに足りる証拠はないこと等に照らすと、被告が指摘する上記各相違点を考慮しても、なお被告商品1の出所について誤認混同を生じるおそれがあることは否定されない。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
エ 以上のとおり、バーキン商標と被告商品1の形状は、その外観において類似し、観念及び称呼は類否判断の要素となり得ず、取引の実情を考慮しても出所の誤認混同を生じるおそれがないとはいえないことから、類似するものといえる。
(3) ケリー商標と被告商品2の形状の類否について
ア 証拠(甲71、乙3)によれば、被告商品2の形状は、ケリー商標の特徴を全て備えていると認められる。このことに鑑みると、ケリー商標と被告商品2は、その外観が類似しているものといえる。
 これに対し、被告は、角部の形状、生地、側面の形状等バーキン商標の場合と同様の相違点を指摘すると共に、固定具とベルトの長さの比率の相違をも指摘して、ケリー商標と被告商品2の形状は外観上類似していないと主張する。しかし、バーキン商標の場合と同様の被告指摘に係る相違点については、その場合と同様の理由が妥当する。固定具とベルトの長さの比率の相違も、ケリー商標と慎重に比較して初めて認識し得る程度のわずかな違いにすぎない。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
イ ケリー商標及び被告商品2の形状は、いずれも特定の観念又は称呼を生じさせるものとは認められない。
ウ ケリー商標と被告商品2の形状とは外観上類似している上、ケリーと被告商品2のどちらも少なくとも百貨店にある店舗で販売されている点で、その販路が共通している。このため、取引の実情を考慮しても、被告商品2の出所について誤認混同を生じるおそれがあることがうかがわれる。
 これに対し、被告は、バーキン商標の場合と同様に、価格等の違いを指摘して、取引の実情を考慮すれば被告商品2の出所について誤認混同を生じるおそれはないと主張する。しかし、バーキン商標の場合と同様の理由から、被告指摘に係る各相違点を考慮しても、なお被告商品2の出所について誤認混同を生じるおそれがあることは否定されない。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
エ 以上のとおり、ケリー商標と被告商品2の形状は、その外観において類似し、観念又は称呼は類否判断の要素となり得ず、取引の実情を考慮しても出所の誤認混同を生じるおそれがあることから、類似するものといえる。
(4) 小括
 以上より、原告商標と被告商品の形状はいずれも類似すると認められる。

2 商標的使用の有無について

 原告商標は、いずれも指定商品をハンドバッグとするハンドバッグの形状に係る商標であるから、これと同一又は類似する形状を採用したハンドバッグの販売は、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができる態様による商標の使用すなわち商標的使用に当たる。被告は、原告商標のそれぞれと類似する形状のハンドバッグである被告商品を販売していたのであるから、これをもって原告商標を商標的に使用していたものと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。

3 損害発生の有無及び損害額について

(1) 原告の逸失利益額
ア 前提事実(6)のとおり、被告は、被告商品の販売によって合計515万0140円の利益を得たことから、同金額が被告の商標権侵害によって原告が受けた損害の額と推定される(商標法38条2項)
イ もっとも、原告商品は、その販売価格がバーキンにおいては100万円を、ケリーにおいては50万円を超えるものが大半という高級ハンドバッグである(前提事実(2))。他方、被告商品の販売価格はいずれも1万5180円であり(前提事実(6))、その価格差が大きいことは多言を要しない。また、証拠(甲23、乙1)及び弁論の全趣旨によれば、バーキンには複数のサイズのものがあるものの、最も小さいサイズのものの横幅は25cmであるのに対し、被告商品1の横幅は20cmであることが認められる(なお、ケリーも、横幅が25㎝のものを最小として複数のサイズのものが販売されており、他方、被告商品2の横幅は20cmである。甲1、52)。
 商標権は、特許権等の他の工業所有権とは異なり、それ自体に創作的価値があるものではなく、商品又は役務の出所である事業者の営業上の信用等と結びつくことによってはじめて一定の価値が生じるという性質を有する。このため、商標権が侵害された場合に、侵害者の得た利益が当該商標権に係る登録商標の顧客吸引力のみによって得られたものとは必ずしもいえない場合が多い。本件のようなハンドバッグの場合、需要者の購買動機の形成に当たっては、当該商品の属するブランドはもとより、その販売価格も考慮され、また、全体のデザイン及びサイズといった要素も、デザイン性ないしファッション性の側面のみならず機能面からも考慮されると考えられる。これらの点を踏まえると、原告商標ないし原告商品の周知著名性からそのブランド及び全体のデザインが需要者の購買動機形成に及ぼす影響は相当に大きいとみられるものの、販売価格並びにデザイン及びサイズにおける相違が及ぼす影響もなお無視し得ず、上記推定を覆滅すべき事情として考慮するのが相当である。また、被告商品と同じ価格帯で「バーキン風」、「ケリー風」などと称するハンドバッグが市場において取引されている事実が認められるところ(乙17~20、28、29)、これらの全てが原告商標権の侵害品であるとは必ずしも考えられず、侵害品でないものが含まれる可能性も少なからずうかがわれる。このうち原告商標権の侵害に当たるものがどの程度存在するかは必ずしも判然としないところ、他に原告商標権の侵害品が存在することを推定覆滅事由として考慮することは相当でないものの、上記事情は推定覆滅事由として一応考慮するのが相当である。さらに、バーキンの内側には、被告商品1にはないファスナーポケットが設けられていることが認められるところ(弁論の全趣旨)、その有無は、デザイン性という点では需要者の購買動機の形成に必ずしも寄与しないとしても、収納性という機能面の一要素としては考慮し得るものといえる。
 他方、被告は、ファッションショーへの出展、独自ブランドの商品販売、全国の主要都市への出店、SNSでの宣伝活動等の営業努力をしていることが認められる(乙21~27)。もっとも、これらの営業努力は、通常の営業努力の範囲を超える特別なものとまではいえないことから、この点を推定覆滅事由として考慮するのは相当でない
ウ 以上の事情を総合的に考慮すると、被告商品の利益の額に対する原告商標の貢献割合については、いずれも8割と認めるのが相当である。これに反する原告の主張は採用できない。
 したがって、本件における上記損害額の推定は2割の限度で覆滅されるから、被告の原告商標権侵害による原告の損害額は、被告商品1及び2の各販売利益の額(276万2740円及び238万7400円)のそれぞれ8割に相当する221万0192円及び190万9920円の合計412万0112円と認められる。
エ これに対し、被告は、原告商品と被告商品との価格差、被告商品と同じ価格帯の原告商品を模した商品の存在、被告商品の販売利益に対する被告の営業努力の貢献、原告商品と被告商品とのサイズやファスナーポケットの有無といった機能性の違い等を指摘し、被告商品の販売によって原告に損害が発生することはなく、仮に損害が発生したとしても少なくとも95%の推定覆滅が認められる旨主張する。
 しかし、原告商品と被告商品は、いずれも主に女性を需要者とするハンドバッグであり、販売方法には共通点があり、かつ、需要者にとってその形状(全体のデザイン)は購買動機を形成する主な要素の1つであるところ、原告商品と被告商品は形状が類似しているといった事情を踏まえると、被告が主張する上記各事情を踏まえても、原告商品と被告商品の顧客層には一定の重なり合いが認められるのであって、被告商品の販売によって原告に損害が発生すると認められる。また、これらの事情が商標法38条2項による推定を覆滅する程度については、上記のとおりである。
 したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。
(2) 信用毀損による無形損害の額
 原告は、高級ハンドバッグである原告商品の大半を、バーキンについては100万円以上、ケリーについては50万円以上という価格で販売している(前提事実(2))。他方、被告は、原告商品と形状において類似するものの、原告商品には使用されない安価な合成皮革等を用いて製作された被告商品を、1個1万5180円で、百貨店の店舗や自社の運営するECサイト等を通じて、令和元年12月20日から令和3年2月13日までの1年余りの間に、合計398個(被告商品1が214個、被告商品2が184個)販売した(前提事実(6))。このような被告の行為は、高級ハンドバッグとしての原告商品及びこれを製造販売する原告のブランド価値すなわち信用を毀損するものであり、これによる原告の無形損害の額は100万円を下らない。無形損害の額に関する原告の主張は採用できない。
 また、被告は、原告商品と被告商品との購買層の違いや、原告商品を模したハンドバッグが全国各地で廉価で販売されているのは周知の事実であることなどを指摘して、原告の信用毀損はない旨を主張する。しかし、仮にこれらの事情があるとしても、原告商標及び原告商品の周知著名性を考慮すると、その違いゆえに原告の信用が毀損されないという関係にはない。この点に関する被告の主張は採用できない。
(3) 弁護士費用
 上記(1)及び(2)に鑑みると、被告の商標権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、52万円と認めるのが相当である。これに反する原告及び被告の主張はいずれも採用できない。
(4) 小括
 以上より、被告の商標権侵害行為によって原告が受けた損害は、合計564万0112円と認められる。
 したがって、原告は、原告商標権侵害の不法行為(民法709条)に基づき、被告に対し、564万0112円の損害賠償請求権を有する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?