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ニガジルの木

タンプとヘイワニが、ある旅人から聞いた話。

「ある町に自生していた低木の話だ。
少し長くなるけど、聞いてくれるかな?」
タンプとヘイワニが頷いたのを確認してから
旅人はその長い話を始めた。

「その低木は、夏になると小さな赤い実をつけるんだ。
ジューシーでとても滋養のある実なんだが、
苦味が強いためニガジルの木と呼ばれていた。

この町の人はニガジルの実を大切にしていて、料理にもよく使う。〈夏の苦いスープ〉は、この町の名物料理だ。そして、男たちは仕事を終えると、ニガジルの実を潰しいれて作った強い酒をグイッとあおるのが習わしだった。

ところで、ニガジルの実はもともと甘い味だった。
この町で長年育つうちに、いつしか苦い味に変化していたのだ。どうやら、土地の気質と関係していたようだ」

旅人は話し方がとても上手くて
タンプとヘイワニの頭の中には、
夏の苦いスープを作るおかみさんたちや
ニガジルの酒をあおる男たちがイキイキと現れた。


「その町は幾つもの国に隣接し、文化や物資が交差する重要な交通拠点だった。そのため、何世紀にも渡って幾度も戦いが起き、その町を治める国が幾度も変わった。

戦いに巻き込まれるたび、町の人は道具として借り出された。時には、昨日まで友人だった者同士が戦わなければならないこともあった。

町の人は生きていくのに必死だったため、戦いが終われば何事もなかったように嫌な記憶はきれいに忘れて、日常に戻るのが当たり前になっていた。

けれど、人の心は忘れ(たように見せかけ)ても、大地は全てを記憶していた。そして、その大地から栄養を吸い上げて育つ植物にもその記憶は伝わった。

ニガジルの木は、特に人の苦しみを吸収しやすい性質を持っていて、吸い取った苦しみが実の味に変化をもたらしたようだ。そしてその苦味は、この町になくてはならない味になっていったんだ」

「あの~、そんな苦しみを吸い取った実を食べても大丈夫だったのですか?」
タンプが気になって尋ねた。

「ああ、適度に食べることで毒出しになったのだよ。人間は心に毒を溜め込む生きもの、だからね」

「その町には、今もニガジルの実がなるのですね?」

「いいや・・・」
旅人は、少し悲しそうに首を振った。

「戦いの時代が終わり、近代化の波がこの町にもやって来た。近代都市化政策の下、大地という大地は建造物やアスファルトに覆われ、見栄えのしないニガジル等の雑木は根こそぎ伐採されてしまったよ」

(えっ・・・)
タンプとヘイワニは一瞬言葉に詰まった。

「その町のたちは、もうニガジルのスープを飲まなくても大丈夫なのですか?」

「いいや。心の病気にかかる人が増えているよ。でも、ニガジルの実との関連に気づいている人は殆どいない。いたとしても、力のない年寄りくらいさ。誰も真剣に話を聞こうとしないのさ。近代的な医療で解決しようとしている…」

「これが、最後にとったニガジルの実だ。日にさらして乾燥させたものだがね」
旅人は、そう言いながらポケットから乾燥した実を取り出し、二人に食べるよう促した。

タンプとヘイワニは、恐る恐る実を囓ってみた。
確かに苦いが、その苦さの奥に優しい甘さがあった。
実の中には平たい大きめの種があって、タンプは種を吐き出したが、ヘイワニはガリガリと種ごと食べた。

その苦くてほのかに甘い実を齧りながら、タンプはニガジルの木が背負ってきた運命を理解して、涙をポロリと流した。

「ああ、やっぱり思った通りだった。キミたちに話を聞いてもらって良かったよ。そうだ、種もあげよう。日当たりの良い場所に蒔くと、来年の夏くらいには実がなるはずだ。もう苦い味にはならず、甘い実になるだろうがね…」

旅人は、タンプの頭の上にニガジルの種が入った袋を置いて、よっこらしょと立ち上がった。
「話を聞いてくれてありがとう。さあ、もう行かなくては・・・」

「これからどこへ行くのですか?」
ヘイワニが聞いた。

「さて、どこかな?この足が向かう方へさ」
歩き出した足を一度止めて、旅人は言葉を付け足した。
「わしは・・・世界中を回って、消えて無くなりそうな物語を集めているのさ」

「大切な物語をありがとう。またいつか来てください。次の物語を待っていますから」
2人は、旅人の背中に声をかけた。
旅人は、嬉しそうに手を振りながら森の外へとゆっくり消えていった。

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