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振り返れば奴がいるかもしれないから

最悪の事態を考え続けた半生だと思う。

世の中には、想像もつかないような凶悪な事件や不慮の事故が溢れていて、ニュースでそんな出来事を目にするたびに、「次は私の番」と不安になる。

これまでそんな事件に巻き込まれたことはないけど、用心するにこしたことはない。誰もがみんな「まさか自分が」と思っているけど、実際に事件は起こってしまうし、年間2人ほどがクマに襲われて命を落としている。

今日の帰り道、クマに襲われないという保証はどこにあるのか。みんなも最大限に注意しながら生きてほしい。

子どものころから江戸川乱歩や赤川次郎などを愛読し、火曜サスペンスを欠かさず見ていた私にとって、事件は身近なものだった。

「今座っている椅子に人が入っているかもしれない」という緊張感をつねに持っているし、よく晴れた穏やかな日にこそ事件が起きると信じているので、その日を無事に終えると布団の中で安堵する。

けったいなことばかり検索しているスマートフォンの閲覧履歴は、かならず毎日消去する。私になにかあったとき、スマホを見ながら私の思い出に浸ろうとする家族に気まずい思いをさせたくない。

とにかく、私は日々、最悪の事態を考えながら生きている。


先日、帰宅してお風呂に入っていると、部屋の方から物音がした。

配偶者が帰ってきたのだと思ったけど、最悪を考えるマンなので、すぐに「殺人鬼の侵入」を疑った。

シャンプー→トリートメント塗布→湯船につかる(今ココ)という状態だったので、トリートメントを流す→体洗う→洗顔の工程が残るなかでの殺人鬼の侵入は完全に詰んだ。

とりあえず浴室内を施錠して、シャワー圧を最小にしながら残りの工程をやりきる。

浴室から出て体を拭き、部屋着に着替えたところでゆっくりと脱衣所を出る。玄関に配偶者の靴はなく、鍵は施錠されていない。

先ほどの物音は、やはり殺人鬼で間違いなさそう。

いつもは帰宅後すぐにチェーンロックまでかけているのに、今日は両手に荷物を抱えていて忘れてしまったことを思い出して悔やむ。こうした不慮の不注意を、やはり殺人鬼は見逃さないのだ。ジエンド。

絶望しながら注意深く室内を点検するも、殺人鬼は見当たらない。相手もプロなので、物音を聞きつけて隠れているのだろう。

台所から包丁を取り出して手に持ちながら、クローゼットやカーテンの中を開けていく。

友人を伴って帰宅し、寝る前に友人が「コンンビに行こう」としきりに言ってくるので仕方なく外に出ると、友人が「ベッドの下に包丁を持った男がいた」と告げてくる。

私はこの都市伝説を永遠に忘れていないので、ベッドの下もくまなく見た。「お前、包丁持ってやる気満々かしらんけど、こっちも持ってるからな」という思いだった。

そうこうしていると、玄関のドアが開く音がして、配偶者が帰ってきた。

殺人鬼に悟られないよう、小声で手短に事情を説明する。

包丁を手に室内を歩き回る妻を目の当たりにした配偶者は、困惑とも微笑とも取れるエスパパのような表情で、「ただいま」と静かに言った。

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#日記 #私のパートナー