見出し画像

新型コロナウイルス拡大禍の米国消費 大幅減少 ~政府支援プログラムで所得増。 しかし、本源的所得の大幅減で貯蓄へ~

〇 外出規制緩和後、加速する新規コロナウイルス
    感染者数

 新型コロナウイルス感染の拡大が止まらない。26日の米国における新規感染者数は4万5000人を超え、1日当たりの新規感染者数はむしろ増加してきている。

 米国では、4月下旬頃から外出規制緩和へと動き出し、夏休みの入り口となる5月25日の「メモリアル・デー(戦没将兵追悼記念日)」にはカリフォルニア州の一部で、また首都ワシントンでも28日から緩和された。

 他方、6月10日にミネソタ州ミネアポリスで起こった白人警察官による黒人暴行殺人がデモを引き起こし、全米に広がってきていることやニューヨーク市では夜間外出禁止令が発動されるなど、コロナウイルス感染第2波の恐れが高まっている。さらに、米国最大の式典である「独立記念日」を7月4日に控え、新型コロナウイルス感染拡大に大きな警戒感が高まっている。

 このような新型コロナウイルス感染禍で、25日、5月の米国個人消費支出の統計が公表された。パンデミックが拡大する中で対外的な人・モノ・サービスの動きが制限される状況で、内需の主軸である個人消費の動向は非常に重要である。

 パンデミックが世界的に拡大し続けている中、米国の個人消費の状況を分析しておくことは、規制緩和に動き出した欧州や日本の状況を理解する上でも重要である。

 それでは、米国個人消費の動きを所得と結び付けながら眺めていくことにしよう。

〇 雇用者所得急落の下、経常移転の受け取りが個人
     所得を大幅引き上げ

 図1、表1は米国の個人所得の内訳を示したものである。表1の数値は前年比(表の左側)と前年比増加寄与度(表の右側)で個人所得に対する増加寄与度である。

個人所得26June20

図1. 米国 : 個人所得の推移( 前年比、増加寄与度、% )

表1. 米国 : 個人所得の推移( 前年比、増加寄与度、% )

米国個人所得26June20

 個人所得は、3月に前年比1.4%に鈍化、そして4月には同11.9%増へと大きく上昇、5月は同7.0%と4月に比べ伸びは弱まったが、それでもコロナウイルス感染拡大以前よりも依然十分高い伸びを示している。

 個人所得の内訳を眺めると、最大の所得項目である雇用者所得は、3月に前年比でマイナス0.5%に下落、その後4月には同7.8%減へと急落、5月も同5.4%減となっている。労働統計に表れているように外出規制などによる人の移動が急激に抑制された結果である。

 主力である雇用者所得が大きく下落する中で、個人所得全体としては、4月11.9%増、5月7.0%増を示している。

 この個人所得の急増を生み出したのは「経常移転(受取)」である。その中身は後に示すとして、「経常移転(受取)」は3月前年比はそれまでの5%台から7%台へと増加しているが、4月には103%増、5月には68%増へと急拡大している。

 これを個人所得に対する増加寄与度で眺めると、4月個人所得の11.9%増に対して、「経常移転(受取)」は17.5%増であり、「雇用者所得」の下落寄与度4.8%減を相殺して余りある結果である。5月もこの姿は維持されている。

〇 「失業保険給付」と「給与保護プログラム」が          大きく寄与

 表2は「経常移転(受取)」の内訳を示したものである。表の左側は前年比、右側は個人所得に対する増加寄与度である。「経常移転(受取)」は政府からのものと民間からのものがあるが、今回個人所得の増加に大きく寄与したのは政府からのものである。

表2.  経常移転(受取)の推移(前年比、%)

経常移転(受取)26June20

 政府からの「経常移転」は3月から動きがみられるが、4月には前年比で105%増、5月は69%増と急拡大している。

 とくに大きく拡大したのは「失業保険給付(Unemployment Insurance)」と「その他(Others)」である。「その他」には、3月下旬にトランプ政権が新型コロナウイルス感染拡大に対する対策として打ち出した「給与保護プログラム(Paycheck Protection Program)」が含まれる。

 「給与保護プログラム」は総額2兆ドル(約215兆円)で、中小企業を軸に企業や事業所が支払う従業員の給与を優先的に助成し、雇用維持を目的としている。従来の「経済安定化装置」である「失業保険給付」は失業後の給付であるのに対し、このプログラムは失業を抑制する目的で創設されたものであり、政府が積極的に中小企業の雇用確保に乗り出したという施策である。

 失業した人に支払われる「失業保険給付」は失業者の増加とともに急増し、3月前年比160%増と2月の3%増から急増、さらに4月1661%増、5月4834%増と記録的な伸びを示している。個人所得の伸びに対する寄与度でみると、4月は2.3%増、5月には6.8%増と5月の個人所得7.0%増をほぼ賄う寄与である。

 他方、「その他」は「給与保護プログラム」が本格的に稼働し始めた4月前年比522%増と急増したが、5月には同134%増と伸びは弱まっている。個人所得の伸びに対する寄与度でみると、4月は14.3%増と個人所得の伸び以上の寄与を示したが、5月には3.6%増と個人所得の伸びに寄与する力は3分の1以下に低下している。

 5月時点での統計では「給与保護プログラム」の減速が観察され、先行きの個人所得に不透明感が漂う。

 一方、このプログラムの活用を促すため、6月初旬に上院で「プログラム」の修正案が下院に続き可決されている。修正は、返済期間が2年から5年に延長、ローンの内返済免除となる期間の延長など事業者の意見を組み入れたものとされる。この「プログラム」の修正がどのような効果を示すかが先行きの個人所得に大きく影響しよう。

 それにしても、4月3日に申請が始まった「給与保護プログラム」であるが、統計で眺めると4月にその支払いが急増している。施策策定、実行の迅速性は日本と比べると驚くべきものである。

 日本政府は政策立案、実行の遅れに対して様々な理由を挙げるが、縦割り行政による必要情報が共有されない状況の下、とくに行政サイドのデジタル化の遅れも加わり、行政組織体制の不備が政策実行の進展を阻んでいるのであろう。改めて驚くばかりである。

 日本の政策展開の遅さはもちろん、新型コロナウイルス禍が国内全域に及んだことから、この状態が露呈したが、これまでの自然災害などの対応、復旧の遅れにおいても同じ状況であったということである。話は反れるが、マイナンバーの普及策もそれを基盤とする行政の基本インフラが整備されていない状況では進展しないであろう。

〇 大きく落ち込む非農業事業者所得

 「給与保護プログラム」に関連して、表1にある事業者所得の推移を眺めると、「非農業事業者所得」は3月に前年比でマイナスに転じ、4月13%減、5月11%減と個人所得の構成項目として一番大きく悪化してきている。個人所得に対する寄与度は4月、5月ともマイナス1%と個人所得の回復に足かせとなっている。

 「非農業事業者所得」は個人所得全体の9%弱を占めるが、新型コロナウイルス感染拡大による外出規制などを大きく受ける業種である。5月の落ち込みは4月より少し弱まった姿であるが、規制緩和が少し反映しているのかもしれない。ただし、最初に述べたように米国での新規感染者数が規制緩和後拡大に転じてきており、更に人種差別デモも加わり、先行きの回復に暗雲が漂っている。

〇 2月以降、外出自粛、規制、緩和の流れを受ける
 農業事業者所得 国内産食料品価格は上昇基調

 「農業事業者所得」を眺めると、2月に前年比96%増に急上昇、3月78%増、4月38%増、5月4%増となっている。この推移を眺めると、新型コロナウイルス感染拡大による人々の外出自粛が2月から始まっていた様子が分かる。

 3月以降の推移は外出規制で外食などを控え、そして規制緩和へと流れる動きを映し出していると考えられる。他方、フロリダ州では、農作物の収穫期に外出規制が重なり、大きな収益減となっているとの報道もある。

 農業事業者の個人所得に占める割合は0.2%前後であるが、米中貿易摩擦の主要議題となっているように大統領選にも影響を及ぼすものである。

 また、国内産食料価格の推移を眺めると、2月に前年比0.8%増、3月1.1%増、4月4.1%増、5月4.8%増と上昇基調を示している。出荷量と需要の差が反映された結果である。

〇 利子配当所得 金利低下と景気鈍化で4月以降
  前年比マイナス

 個人所得のうち雇用者所得に次いで大きな財産所得である「利子配当所得」を眺めると、2月以降前年比で上昇幅を縮小してきたが、4月には前年比マイナスに転じ、5月もその下落幅を拡大してきている。とくに、金利低下による利子所得の下落が拡大してきている。

 「利子所得」の個人所得に占める割合は昨年の9%台から至近時点では8%台へ低下、「配当所得」は7%程度から6%台へとそれぞれ低下している。

〇 個人所得の高い伸びでも税金は減少、伸び高まる
     可処分所得

 さて、個人所得の推移を眺めてきたが、個人にとっては税金などを差し引かれた所得、「可処分所得」と呼ばれる所得が重要である。人々はこの「可処分所得」を消費に使うか貯蓄するかを決定するわけで、可処分所得=消費+貯蓄ということです。

 表3は「個人可処分所得」の推移である。「個人所得」はこれまで眺めた推移を示す中で、所得税などの税金は、2月まで前年比で3%台で推移してきたが、3月以降前年比でマイナスに転じている。

表3. 可処分所得の推移(前年比、%)

可処分所得26June20

 4月以降個人所得が大きく上昇する中で、税金が前年比でマイナスとなるのは、個人所得の上昇が政府からの「経常移転(受取)」の急増が寄与する一方、税金の対象となる「雇用者所得」や「利子配当所得」などの本源的な所得が前年比で落ち込んでいるためである。

 税金の減少は「可処分所得」の増加に寄与する。「可処分所得」は3月には雇用者所得などの下落から前年比で1.6%とそれまでの4%台の伸びから鈍化したが、その後は「失業保険給付」など政府からの受け取りが急増し、4月14.6%増と高い伸びを示し、5月は8.8%増と伸びは弱まったが、2月までの伸びの倍以上の高い伸びを維持している。

〇 物価の伸び鈍化で、実質可処分所得の伸び確保

 「可処分所得」の推移を眺めて頂き、ようやく所得と消費の関係を分析する準備ができた。しかし、物価の影響を除いた実質消費の動向分析には、可処分所得にも物価の影響を除いた「実質可処分所得」の推移を眺めなくてはいけません。表4は「実質可処分所得」の推移を示したものです。

表4.  実質可処分所得の推移(前年比、増加寄与度、%)

実質可処分所得26June20

 物価(個人消費デフレータ)の推移を眺めると、FRBがデフレ脱却を目指す目標値として前年比で2%の物価上昇を目指していた中で、2月まで前年比1.8%の上昇を続けてきたが、4月以降伸びが鈍化し始めた。4月以降は前年比で0.6%の上昇であるが、2月までの上昇率の3分の1の伸びにまで鈍化している。国内産食料品の価格が上昇する半面、ガソリンやサービスの価格などが低下しているためである。

 モノやサービスの価格、すなわち物価が低下すれば可処分所得の実質的な購買力は上昇します。これを示すように、4月、5月の実質可処分所得は(名目)可処分所得の伸びを引き下げる力が弱まり、実質可処分所得は4月14%台、5月8%台を維持しています。

 4月と比べ伸びが鈍化した5月の個人所得は、2月までの伸びの2倍程度を維持しているが、これを可処分所得の段階で眺めると、5月の可処分所得は2月までの伸びの3倍以上の高い伸びを示しています。

〇 新型コロナ感染拡大に雇用者所得など本源的な
    所得減から、消費抑制、貯蓄増

 「実質可処分所得」と「実質消費」の関係を眺める前に、再度、両者の関係を確認しておきましょう。
     実質可処分所得=実質消費支出+実質貯蓄
この恒等式の両辺を実質可処分所得で割ると、
     1= 消費性向 + 貯蓄性向
となります。

 消費(貯蓄)性向とは、可処分所得のうち、消費(貯蓄)に振り分ける割合です。消費に振り分ける割合(消費性向)が大きくなれば、逆に貯蓄に振り分ける割合(貯蓄性向)は下がります。消費性向と貯蓄性向は表裏一体です。

 経済学的には、限界消費性向、限界貯蓄性向を用います。限界消費(限界貯蓄)性向とは、簡単にいえば、可処分所得が増加した分のうち、追加的に消費(貯蓄)される割合のことです。

 表5と図2は、「実質消費」を「実質可処分所得」と「消費性向の変化(貯蓄性向の変化)」の2要素で分析したものです。

表5.  実質可処分所得と実質消費支出(前年比、増加寄与度、%)

実質可処分所得と消費26June20

 「実質可処分所得」が3月前年比で鈍化した後、4月前年比14.0%と急上昇、5月も8.2%の上昇を示す中で、「実質個人消費」は3月前年比4.3%減と2月までの3%台の推移から一転下落に転じている。4月は更に同16.3%と過去最大の落ち込みを示し、5月でも9.9%減となっている。

 この実質可処分所得と実質消費の乖離は、消費性向の変化として現れています。

実質可処分所得と実質消費(グラフ)26June20

図2. 実質可処分所得と実質消費(前年比、増加寄与度、%)

 消費性向の変化を眺めると、1月、2月と小幅ながらプラスで推移しています。すなわち、実質可処分所得の伸びを少し上回る実質消費をしていたということを意味します。逆からみると、安定した伸びを示す実質可処分所得の下で、貯蓄に回す分を少し減らして、消費水準を少し高める行動をしていたということです。

 そのような状態が3月に入ると、消費性向の変化は前年比で4.5%低下、4月、5月は30.2%、18.0%とそれぞれ大きく低下しています。消費性向の低下は消費に回す分を減らし、貯蓄へ回す分を増やすということで、貯蓄率の急上昇を生み出したということです。

 3月は実質可処分所得の伸びが2月までの推移より鈍化している。通常は消費生活水準の維持のため2月までの消費額を継続する傾向にあり、実質可処分所得の鈍化を補うため貯蓄に回す分を下げて、消費に回す分を増やす行動をとるのが普通です。

 しかし、3月の消費性向は下落し、その落ち込み幅は実質消費の落ち込みをほぼ説明しています。この背景には、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などから外食や車通勤などを減少させる一方、所得の方も減少してきたことで防衛的に消費を抑えた姿が浮かび上がります。

 4月以降は前述したように雇用者所得や利子配当所得が大幅な減少を示す中で、自宅待機生活に必要なモノ以外の消費を極力抑える行動が一挙に顕在化してきたことを示唆しています。

 実質可処分所得が急増すると、急速な生活水準の変化は難しいため消費性向は低下するのが普通です。今回もそのような状況が出ていると思われますが、実質可処分所得の急増は、「失業保険給付」や政府の「給与保護プログラム」によるもので、それ自体が先行き不安を醸し出す所得である。雇用者所得など本源的な所得の落ち込みと新型コロナウイルス感染拡大の影響から、2月までの消費生活水準に戻ることに対する不安が急激で大きな消費性向の下落として表れていると観察されます。

〇 実質消費の落ち込みはサービス消費、在宅生活から
    飲食料はプラスを維持、5月には耐久消費財も
    プラスに

 図3は財・サービス別の実質消費の内訳である。産業別就業者の推移でも明らかなように、大きく落ち込んでいるのは外食などサービス(赤棒)である。

米国実質消費26June20

図3. 財・サービス別実質個人消費の推移(前年比、増加寄与度、%)

 対して、前年比プラスを維持しているのは非耐久財としての飲食料(ピンク棒)である。外食やバーなどはサービスに含まれる。

 5月に小幅ながら前年比プラスに転じたのは耐久消費財(青棒)であり、在宅生活の長期化により必要な耐久消費財製品が動いたことが分かる。

〇 感染拡大阻止より景気刺激の選択、大きな賭け

 5月までの消費行動を所得と結びつけて眺めてきたが、先行きについては、冒頭で示したように外出規制緩和が進展する過程で、新規感染者数が増加を示し始めてきていることに警戒が必要である。

 報道では、今や新規感染者数の増加テンポがイタリアと同じような推移を示し出したと警戒感が全米に広がり始めている状態である。これを受け、金融市場や株式市場も先行きの不透明観が高まってきている。

 ただし、株式市場でハイテク関連のナスダックが6月の株式市場の大幅下落を打ち消すように高値を更新する動きは、以前お示しした米国の設備投資で景気に関係のない独立的な知的投資が堅調に推移していることを反映していると理解している。

 これらの状況を考慮すると、雇用者所得や利子配当所得などの本源的な所得の回復に勢いは期待できない。更に、政府の「給与保護プラグラム」は5月には若干の弱さが見えてきている。そのプログラムが6月に修正されたとはいえ、年末までにどの程度効果を生み出すか不透明である。

 このような状況下で大統領選挙に臨むトランプ大統領は新型コロナ感染拡大阻止よりも景気に軸足を置いており、対策として大型のインフラ投資が話題になっている。しかし、この大型景気刺激策自体も、多くの人たちが危惧するように更なる感染拡大を引き起こしてしまう可能性も高い。

 新型コロナウイルスのパンデミックが全世界で加速し、その先頭になろうとしている米国の状態で、新型ウイルス感染拡大阻止よりも、大統領選に向けた景気刺激策一辺倒の政策は大きな賭けとしか映らない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?