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その傘をもらった日から、雨が待ち遠しくなった

去年の1年間で、私は自分が持っていた4本の傘を全て失った。

4本の内訳は、長傘2本、折り畳み傘2本。
2本の長傘はどちらも電車に忘れた。
もう2本の折り畳み傘はどちらも閉じる時に骨をぐにゃりと折ってしまって壊れた。(決して壊したのではない、壊れたのである。これ重要)

4本も持っていたのに、その全てをたった1年間で失ってしまったのである。

その後は、表参道駅の構内にあるファミマで買ったバカみたいにでかいビニール傘を使って雨の日はなんとか凌いでいた。

ちなみに余談だが、そのビニール傘にも悲しい思い出がある。
その日は表参道に用事があり、地下鉄の出口を出ようとすると外はとんでもない土砂降り。傘を持っていなかった私は、予定まで時間がなかったので急いで地下に戻って安いビニール傘を探し回るも、おしゃれな雑貨やばっかでみんな2000円以上はする。

さすがにそんなには払えないなと思い、粘ってウロウロしていると、先ほど出たばかりの改札の中についにファミマを発見。駅員さんに少し嫌な顔をされながらも、なんとか入場料無しで通してもらい、やっとのことで700円の高めのビニール傘を手に入れた。

が、傘を持って意気揚々と地下の出口の階段を上がると、なんと雨が降っていないのである。私が必死になって傘を探し回っていたわずか15分ほどの間に、雨はやんだ。その瞬間ビニール傘はただただ邪魔な棒と化した。

まあこんな経緯があるもんだから、その傘に愛着というか、情みたいなものは湧いていたけど、別に気に入ってはいなかった。
不必要にでかいし、邪魔だし、可愛くないし。

そもそも癖っ毛の私には湿気は最大の敵。
雨が降っているというだけで、もう傘とか関係なくその日のテンションが半減くらいしていた。
雨が私の気力を吸い取っていた。

しかし、ある日の一本の傘との出会いで、私の雨に対する印象がガラリと変わってしまったのである。

特に誕生日とか、ボーナスが入ったとか、そういう日ではなかったと思う。
本当に何もない、普通の日に、母が私に傘を買ってきた。
おそらく私が、雨が降るたびに「傘が欲しい」と言い続けるくせに、めんどくさがって一向に買いに行かないのに嫌気がさしたのだろう。
ただ、母が買ってきた傘が、それはもう、本当に可愛い傘だったのである。

その傘は青空柄だった。
鮮やかなライトブルーに、絵具で描いた風合いの白い雲がぽかりぽかりと浮いている、そんな傘だった。極め付けが傘の持ち手の色。ライトブルーによく合う、濃くて艶のあるブラウン。
傘を一目見た瞬間に、私はこういう傘がずっと欲しかったんだと思った。傘に惚れた。本当の話だ。

その傘を手にした日から、雨が降って欲しくてしょうがなくなった。
初めてその傘を刺した時、傘の中は本当に素敵だった。みんな憂鬱そうに雨の中を歩いているのに、私の頭上にだけ青空が広がっているのである。嬉しくて傘の中で一人でニコニコと笑った。曇り空で朝でも薄暗いはずなのに、その傘をさせば目の前が明るかった。
雨の日が、楽しい。そんなふうに感じるのは生まれて初めてだった。

自分の気に入った傘を持つというだけで、こんなに日常が豊かになるとは思わなかった。
東京では、一年のうち3分の2が晴れで、大体100日くらい雨が降るのだそう。それまで365日分の100日は、私にとって憂鬱な日だったのに、傘との出会いがその100日を愉快な日へとあっという間に変えてしまったのである。
たった3000円もしない傘一本がである。

雨の日を楽しくするには、お気に入りの傘を持つことは絶対に欠かせない。
これからみんな大嫌いな梅雨がやってくる。
けれども私はあの青空柄の傘と共に、梅雨の訪れを大いに歓迎するつもりだ。

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