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ミートソースと味噌汁   ~「持続可能な私」であるために~


「味噌汁の味が薄い。」と娘に言われて
思い出した話がある。
もうちょっと私にパワーがあった頃。
私の「自慢」で「矜持」で「戒め」の話だ。

学校の先生はブラックだと言われて久しい。
そのなかでも非常に手がかかる生徒しかいない
伝説のクラスの担任を
3年間持ち上がりで経験した。

手のかかる子ほどかわいい
とはよく言ったもので、
頑張ったらこの子達の赤ちゃんの時の記憶が
思い出せるのではと錯覚するほどだった。

普通は教員って教える立場だと思うが、
その時の私は、悩んだり喜んだりしながら
一緒に生活している。
そんな感覚だったように思う。

子ども達に鍛えられながら
徐々に強くなっていくメンタルを持ってしても
もう限界かも知れないと思った時期があった。
心が折れる音を聞きながら、働いた。
自信がどんどんなくなり、
なんだか耳も聞こえなかったし、
口中に口内炎もあって
なにより学校に行く気力がわかなくなった。

初めて一週間ほど連続で休んだとき、
我がクラスの問題児(全員問題児だったけど)
でありながら、陰でクラスを支え、
私の右腕(の時もある)の
さっちゃんから涙声で電話がかかってきた。
「先生、早く学校来て。」

なんでも私が休んでいる間に、
私が休む原因となった犯人を
探し出すケンカをしているというのだ。

コジが問題ばかり
 起こしているからじゃないか。」
トラだって、先生に迷惑かけてるだろ。」
さっちゃんは、間に入って
「そんなことは先生望んでない!!」とか何とか
言ってくれていたらしい。
いつもは全く言うことを聞かないのに。
私のピンチは分かる子なのだ。

体はしんどかったが、馬力が出た。
こうしてはいられない。
次の日から仕事に出た。

学校は戦場だ。
のんびりお散歩コースから、
いきなりF1レース並みのスピード感。
やるべきことをどんどんこなしていかないと、
日常にふるい落とされる。

久しぶりに出てきた担任を前にして、
生徒達はちょっと様子を見ている。
私は
「あんた達が、
 いつも迷惑かけるから熱が出たわ。」
といってホームルームを始めた。
「先生、メンタル病んだんじゃない?」と
恐る恐る聞く生徒達。

「メンタル?私が?病むと思う?」
みんな笑いながら
「思わーん!笑笑」
「だろー。ほら、早く席に着けー」
そんな感じで、
うまくごまかせたかな?と思っていた。

その日の放課後。掃除の時間。
いつものようにゴミのないところを
いつまでも履きながら、
生徒達とべちゃべちゃと話していた。
いつものどうでもいいけど、大切な時間だ。

「抜け」と「しっかり」が絶妙のバランスの
学級委員ひろっちが少し黙ったあとこう言った。

「先生。先生のいないときのクラスは
ミートソースのかかっていない
スパゲッティーみたいだったし、
味噌の溶いてない味噌汁みたいでした。」

ドキッとしてひろっちを見返す。
珍しく神妙な顔だった。

なんと返事をするべきか考えながら、
「それは食えんな。」
と言うのが精一杯だった。

ひろっちはこっちをじっと見つめて

「だから、休まないでください。」

なんか胸がいっぱいになった。
この子達は不安だったのだ。

卵からかえったひよこたちが
初めに見たものを親だと思ってついて行く。
「刷り込み」。
そんな親が突然いなくなった
そんな気がしていたのだ。

「刷り込み」は愛着を形成していく上で
必要だとされる。
愛着が今までうまく形成されなかった
子ども達もたくさんいた。

高校生になってはじめて見た私を
スクールマザーとして頼っていたのだ。
褒めて欲しくて。
心配して欲しくて。
認めて欲しくて。
時には叱って欲しくて。
列になって、待っていた。

ひろっちには
「わかった。」
と言うのが精一杯だった。

そんなに頼られても、とも思う。
有り難い気持ちもする。

私がかけるソースによって
この子達は美味しいスパゲッティーになれるし、
私が味噌を溶けば
多くの具は美味しく食べられるのだ。

なんと大切な仕事をしているのだろう。
なんと責任のある仕事なのだろう。
分かっていたつもりで、忘れていた。
いや本当は分かっていなかったのかも知れない。

それからしばらく時間が経った
今思うこと。

それは
休まず味噌が溶き続ける私であるために
私は「持続可能な私」にならなければならない。

心身の健康はもちろん、
美味しい味噌づくり(日々の学び)と
上手なリフレッシュ。
そのバランス。

それを模索する日々だ。

薄い味噌汁を飲みながら
大切な記憶を思い出した晩ご飯だった。

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