マウントを取られたことに気が付かずマウントを取り返してしまった話
私の現職は、いわば、「ホールの職員」である。
ホールと言えば、舞台、ダンス、演劇、そして音楽。
これまで音楽家としても活動してきた自分とそれなりに関わってきた人達が、出入りする場所でもある。
もちろん、私のそこでの役割は「ホールの職員」であって、演奏する姿をそこで見せるわけではない。当たり前だが、音楽家としてふるまってはいないのだ。
*
先日、とある合唱系の団体さんが打ち合わせにやって来た。
代表と言ってやってきたのは、冴えない見た目のやかましい、おばちゃん3人組。
実はこのおばはん、日程調整のときから、まぁーなかなかに、お電話で長々と、それはそれは長々とお話いただいた、もはや営業妨害である。
そのおばちゃん相手に、私は打ち合わせを進めるわけだが。
まっっっっっっったく進まない。
話が、進まない。
どうしてこうも進まないのか。
目の前では、堂々巡りも甚だしいトークが繰り広げられ、『その話今の打ち合わせに関係ないのでは』というところまでどんどん広がる。頼むから広がるのはお前のそのパサついた髪だけにしてくれ。
そんな願いも届くことなく、聞いてもいない上に何の関係もない、自身の合唱指導話の披露が始まる。
と、おもしろおかしく、
いや、正直申し上げると、全く面白くはないが、「私おもろいやろ!すごいやろ!」と押し付けるがのごとくまぁーーー話す話す、止まらない。
おそらくこのババアは、「私、サバサバしてるからさ〜!!」とかゲラゲラ笑いながら、お目当ての男子に暴力でボディタッチをしてきた口だろう。見てられん、これはただの想像である。
そんな自称サバサバババァ、いや、サバサババァの聞くに絶えないトークに対して私は、
とニコニコ返すしかできない。
無力、この上ない。
それが”職員”というものである。
ただ、それと同時に、これ程までにテンションが上がってしまうのは、仕方がないことだとも理解していた。
普段から”舞台”に立っていたとしても、やはり舞台は特別な場所であり、初めて行く劇場ってのは、いつ何時もワクワクするもんである。
自分がクソババアの立場だったなら?
ここまで話が進まないことはないとは思うが、楽しくはなってしまうと思う。指導についての披露はしないが。
それでも、合唱指導先の子どもたちや団員の方々に、できる限りの経験をさせてあげたいという気持ちはよく分かる。
ちょっとした共感もほんの1割心に持ちつつ、残りの打ち合わせに挑む。
そして終盤、代表モンスターはこう言うのだ。
共感を1割、その1割を大事にした私はこう返した。
ふと妖怪三人衆を見ると、呆気に取られ、固まっていた。
さっきまでの威勢はどこへ行ったのか、気まずそうな表情をして、一気に静まり返ってしまった。
何か失言をしてしまったのだろうか。
いや、違った。
そこで私はようやく、さっきまでマウントを取りつづけられていたことに気がついた。
30やそこらの、ホールの勝手をなんにも分かっていない(であろう)、音楽なんてなんにも知らない(であろう)、私に対して、
自分たちはどれだけの指導を行い、
どれだけ導いてきたか、
それがどんなものか、
どれほど特別なものか、
どれほど自分たちが特別な存在か、
それを教えてくださり、マウントを取り続けられていたのだと気が付いたのだった。
そうなると、私は知らない間にマウントを取り返してしまったことになる。なんなら、第九の指導なんて、それなりに良い仕事でもある。
打ち合わせは1時間という予定の時間をはるかに超え、2時間が経とうとしていた。
私は、その日1番の爽やかな笑顔で
と挨拶し、完全に威勢のなくなった3人を背に、去っていくのであった。
*
この件を帰って夫に話すと、
と喜んでいた。
こいつもなかなかブラックやな~とも思いつつ、一部始終を話し終え、思った以上に自分もスッキリしたので、これにて一件落着、めでたしめでたしである。
おわり。
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