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梅雨時じゃなかったかもしれない雨の日の思い出 もりたからす


10代の頃だ。
相合傘して歩いていたら、あの人が言った。

「あなたといると、いつも雨」

場所は池袋のはずれ。正確にはもう板橋区に入っていたかもしれない。そんなところを歩くのは、とことん道に迷った立教大学の新入生しかいねえよ、というような路地。

「あなたといると、いつも雨」

素敵な言葉だと思った。ずっと忘れないんだろうな、とその時思い、本当に今でもはっきりと覚えている。

あの人はこう続けた。

「それに傘さすの下手すぎ。めっちゃ濡れる。もういいからこっち貸して」

そうして私は傘を引ったくられた。あの人は確かに、私より傘をさすのが上手かったのだと信じる。それでも、私の傘からはみ出た部分は、少しずつ濡れていった。

自分が濡れる覚悟がないと、相合傘では相手が濡れる。

上記の思い出を、私は長いこと脳内の6月フォルダに大切に保管してきた。それはアンニュイな午後のことで、蒸れた空気も、軽やかな服装も、木々の緑も、あらゆる要素が梅雨の風情にぴったりだから。

しかしそれだと話がおかしい。

いつも雨なのは停滞する梅雨前線のせいではないか。

お互い隣接する区に暮らす上、大体豊島区で会ってるんだから年間の降水日数もそう変わらないはずだ。

それと、統計的にある程度の確信を持ってこちらを「雨人間」だと指摘するためには、私以外の一定数の他人とデートしてその際に降雨がないことを確認する必要がないか?????もしかしてやってる?????

今更だけど正直、こっちもその時期「この人といる時、大抵雨だなー」と思ってたし。

あと、いつも雨だと思ってるなら自分の傘持ってこい。

ところで私は実際に傘をさすのが下手であり、一人の時も結構濡れる。




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