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袖振り合っても多少の縁の話

 数年前の初夏の日差しがまぶしい季節だった。当時某晴れの国こと某大都会で一人暮らしをしていたわたしは、いつものように新書を物色しがてらコーヒーを嗜もうと、近所の蔦屋ブックスに向かった。ここは比較的新しい施設だが、全然流行っていない。道中、エスカレーターを上がろうとするところで催事スペースから声をかけられた。素通りしようと思うものの、「あの、少しだけ見てほしいものがあるんです!お願いします!」と懸命に声をかけるお兄さん、ああこういうのを無碍にできないタイプのわたし、この前も聞いたこともない電力会社の飛込営業を不憫に思い、電力切り替えをしてしまった反省はどうしたんだい?席についてしまった。聞くだけ、ちゃんと断る、聞くだけ。某球団親会社のコンセントにさすだけのワイヤレスWi-Fiの出張販売である。
 気を付けようとは思っていた。しかし、今使っているポケットWi-Fiは、3日で30Gを超えると超低速になるので、趣味のプロ野球や映画ドラマのサブスクも超低画質にしないとろくに映像が見れないのを、ややストレスで不便にも感じていた。これを機に乗り換えようかな。この人生、サブスク以外、楽しみなんてないし。お兄さんも営業トークはさすがロープレ通りばっちりのようだ。さすが、上手いね!ああ、今日もTシャツ半ズボンリュックで間抜け面のわたしは、さぞカモだろう。いかに快適な通信環境かの実演のために、机に置いてあるパソコンでハリーポッターが流れている。ハーマイオニーが自信たっぷり地面に置かれた箒に向かって「あがれ、あがれ!」と唱えている。いいぞ優等生、マグル生まれなんて関係ないんだわ。
「ほらね、せっかくサブスクに加入しているならどう考えても高画質で見た方がいいでしょう?」そしてわたしは申込書に記入をし始めるのであった。
身分証の免許証を確認するお兄さんは「あ、僕と同い年なんですねー」となどと言ってる。証明写真に定評のあるわたし、盛れないのが当たり前の免許センターで今回もばっちり撮影に成功したから、是非ご覧ください、自慢のこのブルーの免許証。暑い中出張販売で契約が取れてよかったですね。
「しかも、お客さん。僕と誕生日ちょうど1か月違いです、僕8月23日!」はいはい、そうですかそうですか。
「いや~しかしここ、暑いですね!僕今日出張で福岡から来てるんですよ!行ったことあります?」おや!福岡!
 わたしは少し嬉しくなった。福岡を離れ季節が何回か変わっている。縁もゆかりもない離れた場所に来ていることに寂しさはあった。やっぱり愛着のある土地は九州であり、福岡だ。福岡の繋がりを少しでも感じたくて、今そのまさに契約しようとしているWi-Fiの親会社球団を応援しているようなものだから。
「ああ!わたし福岡ですよ!最近まで、〇〇町に住んでいましたから」嬉しさのままそう答えると、
「え?○○町って、あの地下鉄の前のローソンで僕、18歳から店長してて、ずっとそこで働いてたんですよ!」とお兄さん。お父さん犬のはっぴもだが、確かにストライプブルーがよく似合いそうな気がした。しかも近所すぎる。偶然ですね、そのローソンの隣のやよい軒によく行ってましたよと少し盛り上がったところで、お兄さん、
「まあ、僕、本当は福岡出身って言っても、△△市が地元なんですけどね」と申込書を受け取りながら答えた。△△市。
「わたしもそこの××って地域に大学1年の時だけ住んでましたよ」すると、字のごとく椅子から急に転げ落ちるお兄さん。
「大丈夫ですか?」と、わたしは心の底から尋ねた。
「××のどこですか?」
「薬局の目の前の寮ですよ」
「…!僕、その裏の駐車場のマンションが実家なんですよ」
あまりの偶然にそこからとても話が弾んだ。わたしが偶に寮仲間と行った100均は今は自転車屋になっていること、わたしがその向かいのケーキ屋でバイトをしていたこと、お兄さんはあの寮にはわたしの大学の人だけが住んでいることを知らなかったこと、天ぷら屋のイカの塩辛の食べ放題はありがたいということ、その近くの焼鳥屋は具が大きすぎるということ、お兄さんのお母さんがわたしのバイト先のケーキのファンということ、そのエリアを走っているバス会社が運賃を毎年値上げしていることをわたしが心から憎いと思っているということ、などなど。
「きっと、共通の知り合いなんているかもしれませんね。同い年ってことは、■■中学出身の人も大学の同期に何人かいた気がするから…」
「■■中って、僕もそこの卒業生ですよ~!」
などと大盛り上がり。きっと、このお兄さんとも、どこかですれ違っているかもしれない。お兄さんもいちいちオーバーな反応があるものだから、わたしはこの偶然に、やっぱりかなり嬉しくなった。
その後話の流れは手続きの重要事項説明に移ったのだが、説明の最中震えが止まらなかったらしく、「いや、、、びっくりして字が書けません…!」と言い訳をしながら、説明書に載っていない内容のメモを手書きで渡してくれた。そしてわたしは、狭い世界ってあるんだなというこのエピソードと、据え置きWi-Fiと、手書きのメモと、少しの嬉しさを手に入れた。
自宅に帰って、改めてそのメモを見返してみた。彼は決して興奮しているから普段のポテンシャルが発揮できなかったわけではない。お分かりだろうか、ただただ、彼は元から字が汚いだけであった。

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そう、そしてこれがその後私の人生を大きく変えることになる、彼との出会いの始まりでした。


というわけでもなく、本当に一期一会。またきっとどこかでこの人とはすれ違うだけの一瞬が訪れるのだろう。さようなら。


~後日談~
ポケットWi-Fiよりは快適なネットワーク環境を手に入れたもつかの間。すぐに晴れて地元に戻ることになった。ちゃんと固定回線もある。
この契約では、端末本体代は3年間毎月1000円ちょっとに分割されており、契約期間内は同じ金額が割り引かれて、実質通信料金のみになる仕組みだ。そして、解約時に本体代の残債が一括請求になる。そして、一度解約した端末は使えなくなり、再契約したい時は新しい端末の購入をしなければならない。契約したばかりのコレは、すぐにゴミと化した。しかも金属が外せなかったりで不燃ごみに出すのも割と面倒なのだ。無知すぎるわたしは、解約時にそのままなんだかんだ5万円近く払った気がする。

訂正する。何も手に入れちゃいねえ!!!!!!

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