【しろまる先輩は距離感がおかしい。】9話「旅情保護区」
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◆ ◆ ◆
金曜の昼休みに、雪音は先輩からの誘いを受けた。彼女にいきなり話しかけられるのにも、少し慣れてきた気がする。
「あ、私コンビニで買ってきちゃったんで」
「ごめん。今じゃなくて、明日」
おっと。
どうやら誘いは週末の話だったらしい。言葉数が少ない先輩の発言から真意を汲み取るのは、なかなかに難易度が高い。
「あ、土曜の話でしたか……」
先週先輩と熱海へ出かけた際、確かに「また機会があれば一緒に出かけよう」という旨の口約束を交わした。
———交わしたのだが。
まさか翌週にすぐ誘ってくるとは思ってもいなかったのだ。先々週の終電寝過ごし事件もカウントすれば、3週連続で先輩と週末を過ごす計算になる。
(うーん。どうしようかなぁ。先輩との距離が縮まるのは嬉しいけど、ちょっとホイホイOKしすぎかなぁ……)
断わろうかと悩む反面で、脳内では上司の唯の口癖である「建前を大切にしろ」の声も自動再生されている。やはり先輩の言うことは聞いておくべきなのだろうか。
「だめ……?予定あった……?」
雪音が考え込んでいると、まるで幼い子供のような愛嬌を振りまきながら、上目遣いの先輩が迫ってきた。
……なんでだろう。この人はこーゆう時だけ妙にあざとい。
「……クッ……わ、分かりましたよ。行きましょう、ラーメン」
「ありがとう!」
押しに弱い雪音は、結局首を縦に振ってしまう。
まぁ、所詮はラーメンの誘いだ。前回の熱海ランチビュッフェのように、遠くまで行く訳ではないはずだ。
「ちなみに、どこのラーメン屋さんですか?」
雪音が問う。
先輩が答える。
「へ?……聞き間違いですかね、もう一度いいですか?」
「 京 都 。」
前言撤回。先輩の狂った距離感を侮ってはいけなかったようだ。
◆ ◆ ◆
同日深夜。
雪音と先輩は新宿にある巨大バスターミナル、バスタ新宿にいた。
(な、なぁぁああんでぇぇえええっ!?!?)
雪音の心の叫びが、眠らない街に反響する。
それもそのはずで、2人はこれから、夜行バスに乗って京都へ向かうのだ。こうなった経緯は以下のとおりである。
先輩は京都にラーメンを食べに行く計画を唐突に思いついたが、お目当ての交通手段である夜行バスがなかなか手配できなかった。
↓
色々調べた結果、格安夜行バス会社の便に隣り合わせの空席を2席発見。
↓
何を思ったのか2席予約し、雪音を誘った。
とのこと。
「なんで私がこんな目に……」
京都までラーメンを食べに行くどころか、出発が今日だなんて。急遽泊まりになったことを深谷の父親に一報入れると
「おお……会社の先輩と……泊まりで……ま、あんま羽目を外さないようにな。ある程度落ち着いたら……ちゃんと紹介しなさい(ガチャン」
何か重大な勘違いをしている様子だった。
違うんですお父さん。
私は今から夜行バスでラーメンを食べに行くらしいんです。
一緒に行くのは宇宙人みたいに思考が読めない先輩だけど、人間の生物学上は女です。
雪音はこれから自分がどうなってしまうのか、よく分からなくなってきた。
「ところで」
雪音があれやこれやと思い悩んでいると、突然宇宙人が口を開いた。
「どうかしましたか?」
「これから夜行バスで連行される身にもなってくださいよ」
「まぁほら、あれみて」
そう言って先輩が指差したのは、これから新宿を出発するバスの時刻と行き先がズラリと表示された発車案内だった。
「案内がどうかしたんですか?」
「いやほら、
(旅情……保護区……)
旅行趣味をもたない雪音には縁のない概念だが、先輩が伝えたい内容は何となく察することができる。
「川井さん、あの」
「今度はなんですか?」
「あらためて、一緒に来てくれてありがとうね」
面と向かって礼を言われると、少し照れくさい。こうして素直な感情を伝えてくるところが、先輩の誘いを断りにくい理由でもある。
「いやもう別にいいですよ……しろまる先輩が楽しそうでよかったです。一応、京都までの交通費を奢ってもらっているわけですし」
「お金のことは気にしなくていいよ。そもそも、4列シートの夜行バスで隣に知らない人が座ってくるの落ち着かないんだもん。川井さんが相席してくれて助かったよ。あっ」
雪音は、余計なことまで喋りすぎた。という様子の先輩を半目で睨みつけ、問いただす。
「熱海の時もそうでしたけど、しろまる先輩は一人旅だと都合が悪い時だけ私を召喚してるんじゃないですよね?」(ジロリ)
「そそそ、そんなことないよ。そ、それよりさ、席、並びだから、すきなほう選んでいいよ。窓側か、通路側か」
怪しい。目が泳いでいる。しかもあからさまに話を逸らされている。純粋な先輩の想いに心温まった一時の感情を返して欲しいものだ。
ただ、
座席の選択権は旅の快適性に大きく関わる問題なので、ここは有り難く選ばせていただくことにする。
「じゃぁ窓側で」
「おっけぃ」
先輩は、予想通り。と言わんばかりの表情で、どこか不敵な笑み浮かべている。
雪音は飛行機でも新幹線でも、空いていれば窓側の席を選択するのが世の常だと認識していたのだが……何かおかしいだろうか。
川井雪音、22歳。人生初の夜行バス旅の行方はいかに。
(つづく)
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