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こちら月光生命セックス保険コールセンターです。第二十四話

第二十四話 人のセックスを嗤うなⅡ

 テーブルを挟んだソファーに座り、源は対面している男ににこやかな表情を向ける。その相手である強面こわもての男――柿原かきはらはめんどくさそうに頭を掻いた。
 以前源が交渉した、風俗店の店長だ。

「……で? 相談ってなんですかい? アンタんとことは話はついてるはずですが?」
「まぁまぁ。そんなに邪険にすることもねぇだろ」

 源は手をひらひらと振り、柿原をなだめる。

「今日はアンタに聞きたいことがあってきたんだ」
「聞きたいこと?」

 柿原はジャケットのポケットから煙草を取り出し、火を点ける。

「うちの顧客でちょっと問題がありそうな顧客がいてな」
「それがウチとどういう関係が?」

 柿原はまた自身の店のことかとしかめっ面で煙を吐き出す。

「いやいや。今日はアンタに助言を貰おうと思ってな」
「……助言?」
「あぁ。情報ってのはいつだって新鮮なものが一番だ。夜の街に詳しいアンタなら、何か知ってるかと思ってな」
「なんですかい、もったいぶって。一体どういう話なんです?」
「保険金詐欺の可能性がある。最近、界隈でそんな景気のいい話は聞かねぇか?」

 源の問いかけに、柿原は目線を合わせることなく、黙って煙草を吸い上げる。

「……源さん。たとえそういった話を耳にしていたとして、それをアンタに教える道理はないでしょう? この世界が意外に狭いってのはアンタも知ってるでしょうに。おれがチンコロしたって話が漏れれば、おれの信頼は地に落ちるうえ、どんな報復が待っているか」

 そう言って柿原は鼻で笑い、短くなった煙草を灰皿でもみ消した。

「お前さんにメリットがないわけじゃあない。今後、お宅のとこで起きる保険のトラブルは全部うちが面倒をみる。……非正規の店にとっちゃなかなかいい条件だと思うが?」
「それは願ってもないことだねぇ。だとしてもだ、源さん――」
「ハングリーってのは聞いたことがあるか?」

 柿原の言葉を遮って源が問う。その強引な言葉に呆れたように目を見開いた柿原は、気持ちを落ち着かせるために再び煙草に火を点ける。
 しばらく思案するように天井を見つめていた柿原が、観念したかのように息を吐いた。

「……確かに。アイツらならやりかねないな」
「……何か知ってんのか?」

「ハングリーってのはここ最近台頭してきた半グレ集団だ。犯罪の『犯』に愚連隊の『愚』に表裏の『裏』に威力の『威』で『犯愚裏威ハングリー』。メインのシノギはぼったくりバーだが、血の気の多い集団で、裏では強盗・強姦・売春斡旋・薬物売買となんでもござれだ。組連中も煙たがってはいるんだが、なんせこのご時世、暴力団の肩身は狭いからよ」

 そう言って柿原は肩をすくめた。

「半グレか。……やっかいだな」
「源さん。悪いことは言わねぇ。アイツらに手ぇ出すのはやめときな。いざとなっちゃ殺しも躊躇しないようなイカれた連中だ。アンタいまはただのサラリーマンだろ? 会社のためにそこまでする義理はねぇさ」

 柿原が諭すような口調で源に言う。

「バカ言うなよ。おれはいまや会社の犬だぜ? 会社のためなら命だって捨てられらぁ」

 そう言って源は両手を丸め、ワンワンと犬の物真似をする。

「アンタ、それ本気で言ってんのか?」

 源の言葉に柿原は驚き、思わず煙草を落としそうになる。

「ははは。冗談だよ。冗談。……でもな、だからと言って指くわえて見てるつもりはねぇぜ」

 そう言って源はにやりと笑う。

「ほんとに、底が知れねぇ男だな、アンタは」
 柿原もそう言って笑みをこぼす。

「だったら一つだけ教えてやるよ。渋谷にある【エルドラド】ってクラブのVIPルームが奴らのたまり場だ。幹部の連中は毎日そこに集まってはブリってるって話だ」

「ブリってる? ……ヤクか」

「ま、あくまで噂だけどな。なんせあそこはセキュリティもバッチリ。紹介がないやつが受付を通るとすぐにVIPルームにいる幹部に連絡が入るようになってる。だから今までサツにも尻尾掴ませずにやりたい放題やってるってわけだ」

「なるほどな。まぁ、紹介についてはツテを頼ればなんとかなりそうだ」

「そうか? でもな、単身で乗り込んでなんとかなるような場所じゃねぇぞ?」

「へっ。ありがとよ。そんじゃま、こちらはこちらで準備するとしますかね」

 源がよっこいせと腰を上げる。

「あぁそうだ。なんか困ったことがあったらいつでもうちのコールセンターに連絡してくれよな」

 源の言葉に柿原は鼻息だけで返事をし、そっぽを向きながらひらひらと手を振った。

 ******

「半グレ……ですか」

 源に呼ばれた三上と美智子は、誰も使っていないミーティングルームで報告を受けた。美智子は半グレという言葉に思わず両腕に立った鳥肌をさする。

「それに、早苗が関わってるっていうことですか?」
「まだわかんねぇがな。何か弱みを握られている可能性もある」
「そんな……」

 美智子は震える手で口元を覆った。

「しかし、どうすればいいんでしょう」
 三上が険しい顔をして源に問う。

「相手が半グレじゃあ一筋縄ではいかねぇな。そこでだ。……みっちゃん、一つ頼まれてくれるか?」

 続く源の言葉に、美智子は黙って頷いた。


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