不死鳥食中発火事件
どこかの薄暗い路地裏、スナックや赤ちょうちんをつるした居酒屋が連なる小道に、一軒の居酒屋があった。
油汚れで何が書いてあるのか識別不能の暖簾、蔦が壁面を覆い、換気扇から白い煙をもうもうと吐き出し、辺りに焼き鳥が焼ける匂いを漂わせていた。
暖簾の奥、店の中は狭く席はカウンターの5席のみ。
その席には三人、店の常連である男達が、店主の料理に舌鼓を打ちながら、話をしていた。
「ケンちゃんよぉ、いい加減カミさんに詫び入れたらどうだ?」
「フン!人の誕生日を忘れて近所付き合いでカフェ飯食って夜飯を質素にする奴に何を詫びろと!?」
「だからってここで管まき続けられるほどお前さんのサイフも分厚くないだろ」
三人の真ん中、ケンちゃんと呼ばれる男を両隣の二人が宥めていた。
「お三方よぉ。今日は早く店じまいしますんで、次の注文を最後にさせてくださいや」
三人の前にスッと頭にバンダナを締めた店主が焼き鳥の乗った皿を置きながらそう言った。
「あれ?今日なんかあるのかい?」
「数日前、故郷のおふくろが家の畑で野菜がたくさん取れたからって俺に送ってきたんですわ。で、そいつを今日中に片付けておきたいんですわ」
「そうかい。おふくろさんは確か八十だっけ?」
「へぇ。今年で八十一になりやす」
「元気だねー。今度休みを取って実家に帰ったらどうだい?」
「来週三日ほど帰ろうかと思っておりやすんで、その時は勝手ながら臨時休業させていただきやす」
「そうかい。今度は別の店に行かなきゃいかんな」
「お前さん来週まで喧嘩し続けてるつもりかい」
「で、次の注文なんですが、おふくろから面白いモンが送られてきたんでさぁ」
店主はそう言うと、冷蔵庫の扉を開け、中から銀色のバットを取り出した。
銀色のバットの上、その上には肉が乗せられていた。
見た目は鶏肉のそれだった。
「マスター、こいつは地鶏か何かかい?」
「違いまさぁ。こいつはなんと不死鳥の肉でさぁ」
「…?マスター、俺の聞き間違いじゃなければ不死鳥って聞こえた気がするんだけど」
「聞き間違いじゃありませんぜ。不死鳥、フェニックス。そいつの肉でさぁ」
「オイオイマスター。早く店閉めたいからってそんな嘘つかなくていいだろ」
「嘘じゃありませんぜ。おふくろの送ってきた野菜の中にこいつもいたんでさぁ。おふくろ曰く、畑でこいつが燃えてたところに火事だと思って水をぶっかけたら、中途半端に生まれ変わって鶏ぐらいのサイズになったらしいんですわ」
「だからといってわざわざ焼き鳥屋を営んでる息子の所に送り付けるかい?」
「あっしの商いの助けになると思ったんでさぁ。それで、これから不死鳥をささっと調理しようと思うんでさぁ」
「おい待て!まさか焼き鳥にするつもりじゃないだろうな!」
「生食もカンピロバクターとか怖いからねぇ」
「どちらも違いやす。こいつを茹でて梅のたれをかけてさっぱり頂いてもらおうかと考えておりやす。へぇ」
そう言うと、店主は調理を始めた。
始めて出しますから安くしときますんでという言葉と共に。
数分後、三人の前に小鉢が置かれた。
不死鳥肉の上に、梅のたれをかけた簡単な料理。
直接火を当てないように店主が最大限考慮した料理だった。
「それでは…」
客の三人はおずおずと、小鉢の肉を掴み、口に入れた。
「っ!うまい!」
「鳥肉特有の旨味がスゴイ!」
「それでいてまるで地鶏のような歯ごたえだ!」
三人の感想を聞き、店主は満足げに頷いていた。
瞬間!三人の目や鼻、穴という穴から火が噴き出した!
「グバッ!」
「ギィっ!?」
「ゲバァ!」
そして全身が炎上!店は火に包まれる!
「ば、馬鹿な!不死鳥は死んでいたはず!」
しかし、店主は即座にその考えが間違っていたことに気づく!
「そうか!不死鳥は生まれ変わるときに水をぶっかけられて仮死状態になっていただけ!そして不死鳥はまだ死んでいなかった!」
そして店主の目の前、ケンちゃんと呼ばれた男の呑んでいた酒の瓶、そこにはアルコール度数数十%を誇る酒!
「腹ん中で火花起こして、酒に火ぃつけたのギャブォア!!!」
火が広がり、店主も火の海に呑まれた!
火の中、そこから赤い羽根を持つ鳥が羽を広げた。
不死鳥、不死の鳥、火の中で生まれ変わる鳥。
狭い店の中で窮屈そうに羽を広げ、そして店の天井をぶち抜いた!
「きゅーるるるるる!」
不死鳥は、一鳴きし、夜空を上り消えていった。
翌日、不死鳥が空へと昇っていく様を見た人間が、新聞記者へこう語った。
「不死鳥食うべからず」
《完》