ファウンド・フッテージ フォー NSTV
「で?保管室の奥から何時撮影したのかわからない映像がいくつか出てきたと?」ヒジタは、目の前に置かれた三本のビデオテープを見て、ゲンナリした表情を浮かべた。「そうなんだよ。面白そうな内容なら今度の開局周年番組で流しちゃおっかなって!」
エサダは、ニコニコした顔で手を組みながら、己の前に立つヒジタを眺める。ヒジタは胸中で毒づくが、役職的にはエサダがプロデューサー、ヒジタがディレクターだ。逆らうことは許されず、逆らえばヒジタの部下の誰かがヒジタに取って代わるだろう。かつてのヒジタがそうだったように。
「わかりました。とりあえず映像を確認して、使えるかどうか判断します」「お願いね!僕はこれから、綺麗どころを連れて他のコーポの人たちとスシを食べなきゃいけないんだ」エサダはそう言うと、さっさと帰り支度を済ませ、デスクから立ち去った。
他のコーポに擦り寄って、支配ディストリクトでの放映権を勝ち取るためと、エサダは言っている。だが実態は、ただ美味いオーガニックのスシを食って、相手のコーポに選ばれなかった献上品とファックしたいだけだ。エサダの部下は皆そのことを知っている。報道部の情報網は伊達ではないのだ。
「ハァ…さっさと終わらせるか」ヒジタは、置かれたままのビデオテープをひったくるように掴むと、再生機器がある部屋に向かう。
◆◆◆
「保管室にあるなら、わざわざデスクまでテープを持ってくる必要ないだろうが…」ヒジタは文句を言いながら、再生機器とテレビを繋ぐ作業を行う。保管室は薄暗く、棚には埃を被ったビデオテープが大量に、年代ごとに分かれて保管されていた。
一瞬、電気をつけていない暗闇から視線を感じたように思い、ヒジタの心臓の鼓動が早まった。あまりここには長居したくないというのが正直な感想だ。なにせ、昔ここで事件が発生したからだ。
テレビ局というのは、さまざまなタイプの人間が集まるため、大なり小なり事件が起きる。ニュースで、暗黒メガコーポの発表した情報と違うテロップが流れ、ケジメでセプクするスタッフ。撮影のために借りたものを奪い、失踪する局員。撮影中に機材に押しつぶされ重傷を負い、辞める事態もあった。
そして、この保管室では自殺した人間がいるのだ。月が砕ける数年前、ここで一人の撮影スタッフが自殺をした。理由はわからず、カロウシ寸前まで追い詰められたことにより、発狂して死を選んだ。NSTVで働く人間の間の通説だ。
部屋の角に置かれている机と椅子をテレビの前まで動かし、ヒジタは腰を据える。机の上には、ダクトテープで雁字搦めにされた箱が置かれている。きっとエサダは、この箱を開けてビデオテープを発見したのだろう。
ヒジタは、三本のビデオテープを見る。三本の内、日付が書かれているのが二本。一本は何も書いていない。比較的日付が近い方のビデオテープを取り、再生機器に押し込んだ。再生ボタンを押し、映像が流れるのを待つ。黒い画面の中に、誰かの笑みが浮かんだような気がした。
◆◆◆
『私が今居りますのは、ネオサイタマにある国立国会図書館です!』画面に、マイクを持った若い女性が映る。画面右下には日付があり、テープに書かれていた日付と合致した。この年は色々あったとヒジタは回顧する。ネオサイタマ知事選に出ていたラオモト・カンへの放送ジャックによる悪行の曝露。直後のラオモトの謎の死。更に直後に起きた連続同時爆破テロ。
『こちらの図書館の蔵書はなんと!ネオサイタマで発刊された本は全てあるんですよ!』欺瞞だ。ものによっては暗黒メガコーポの隠蔽がバレる可能性を秘めた本もある。そういったものは秘密裏に焚書されるのが決まりだ。テレビ局に勤めていれば、そんな裏の話も耳に入る。
映像の中の女性アナウンサーは、図書館の司書に連れられ、さまざまな書架を見ていた。中には電子戦争以前に発刊されたものもあり、夕方の情報番組を数分持たせられるだろう内容ではあった。しかし、開局周年記念番組で流せるような内容ではない。ヒジタは、再生を止めようとする。
『アレ?こちらの本は何でしょうか?とても古い本みたいですが』女性アナウンサーが、書架の内の一冊を指差した。背表紙を見るだけでもとても古く、江戸時代のものだと言われたら、容易く信じてしまいそうなほどの、時の力とでも言うべきものを帯びているのが、録画でもわかる。
『おかしいですね?ここにあるのは電子戦争開戦前の年代のはず…』司書は白手袋を装着すると、丁寧にその本を棚から取り出した。そして、本を広げ中の内容を読み始めた。『貴重な一冊なのでしょうか?』女性アナウンサーも覗き込み、撮影しているカメラも覗き込む。
本に書かれている文字は、とても達筆で、何らかの書の流派を極めた人物が書いたのだろう。つまり、現代に生きる大体のネオサイタマ人には理解が出来ないのである。『司書=サン。なにかわかアイエエエエエエ!?』女性アナウンサーは、司書の顔を覗き込んだ瞬間、叫び声を上げた!
カメラが、司書の顔を映すと、目や鼻から脳漿めいた液体が漏れ出し、笑っているのだ!コワイ!そして、女性アナウンサーにカメラを戻すと、彼女も同じような脳漿液漏れ笑顔になっていた!コワイ!図書館の電気が明滅を始めた!
『アイエエ!アイエエ!アイエエ!』カメラマンは、叫び声を上げながら出口へと向かって走り出す!カメラは一度だけ、女性アナウンサーたちが笑っている方角の暗闇を映し、そして停止した。『動画を静止し、輝度や明度などを上げ、明るくした画像』と画面に映り、画像が流れる。
そして、ビデオテープの再生は終わった。
◆◆◆
「…ホラー特番の映像か?」ヒジタは、顎に手を当てて考え込む。突然異常が起きたと思ったら、暗闇にニンジャらしき影が映っていた?あまりにもバカバカしい。オバケなどならまだしも、フィクションでしかないニンジャを出して怖がらせるなんて、余りにもバカげている。
「この映像を作ったのはどいつだ?」保管室を出て、隣の副保管室へとヒジタは足を踏み入れる。副保管室には、開局以来の社員名簿などが保存されているのだ。いざという時、誰がケジメのセプクをするかわかりやすいようにするためである。ネオサイタマで個人情報の保護は皆無に等しい。
ヒジタは、ビデオテープの日付から、社員名簿を調べ番組に関わった人間を調べた。すると、次のようなことがわかった。
ナガイ・ノシコ、失踪。カデジ・タロウ、自殺。アデジ・カジミ、失踪。ウハラ・トシミチ、失踪。カイエダ・モミジ、失踪。ダイナス・マサル、失踪。…
「……」一つの情報番組に関わった製作スタッフのほとんどが、謎の失踪を遂げているのだ。そして、ただ一人自殺をしていたヒダジ・タロウ。ヒジタは、その名に聞き覚えがあった。保管室で自殺をした局の人間。その人物の名は確か、カデジ・タロウのはず。
保管室に戻り、椅子に座ったヒジタは取り出したビデオテープを持って眺めた。さっさと終わらせたい業務が、得体の知れない事件と繋がった。ヒジタの中で、妙な考えが浮かぶ。事件を解明し報道すれば、何からの賞を得ることが出来るのでは?功名心が鎌首をもたげ、次のビデオを流せと急かす。
ヒジタはもう一本の日付のあるビデオを掴む。こちらはかなり古い。電子戦争が起きるよりも前の、貴重な映像だ。しかし奇妙な点がある。「…誰が、これをリマスターしたんだ?」
録画機器のテープの規格というのは、数年経てば新しいものに代わるのが常識だ。古いものは、古い再生機器なりを用意しなければいけない。しかし、誰かが現代の規格にリマスターしたのならば、内容なりがわかるようにしているはずなのだが…
「まあいい。再生すれば、何かがわかるはずだ」ヒジタは再生機器にビデオテープを入れ、再生ボタンを押す。しばらくの間、砂嵐めいた映像と音が流れる。その音が、誰かの笑い声に聞こえたような気がした。
◆◆◆
『時刻は午後10時!HA!ついに駅に国宝級の美術品が積まれた新幹線が到着しました!HA!』男性のアナウンサーが、人でごった返す駅のホームで、必死に大声で話し出す。『アHA!イエエ!?』『HA!アイエエ!?』押し出された見物客が、線路に落ちてゆく。
「これは…父さんが行ったとかいう…」ヒジタの中で、父が話していた思い出話が思い浮かぶ。かつてキョート・リパブリックから、国宝級の美術品がネオサイタマの美術館に運ばれ、展覧会が開かれた。キョートに行けるだけの金が無い父は、展覧会に行って美術品を見てきたのだ。
しかし、NSTVに入って諸々裏の事情を知ったヒジタは、その運ばれた美術品は、レプリカでしかない事を知っている。文化的にネオサイタマを見下しているキョートが、貴重な美術品をみすみす強盗などに奪われかねない場に持っていく訳がない。そのレプリカを運ぶために、死人が何人出たのか。
『アイエエ!HA!』『離れHA!なさい!』『アイエHA!エ!』『離れHA!ろオラー!』現に、警備員に警棒で殴られ血を流しながらのたうつ見物客やヨタモノが何人もいる。『これHA!から、護送車にHA!運ばれ美術館へとHA!運ばれます!』「さっきから…何だこの音…」
古い映像だ。リマスターの限界もあり、ずっとノイズ混じりの映像で、音だって飛んでいることもある。しかし、妙な音が聞こえ続けているのだ。「笑い声か…?」そう、誰かが嘲笑うような声が。
『アッHA!!カメHA!ラさん見HA!えました!?少しだけ運ばれた美術品HA!が見えました!』男性アナウンサーが指差した場所を、カメラマンがズームをして映す。台車に載せられたヨロイ一式が入れられた箱や、名刀ムラサマなどが押されてゆく。
「ん?」ヒジタは、その時運ばれているものに何か、引っかかるものを覚えた。巻き戻し、一時停止。ヨロイ一式が入れられた箱を、ヒジタは凝視する。箱の上に何か、箱の色と違う何かが置かれている。「これ…さっきの本じゃねえのか?」
ヒジタの目には、箱の上に先ほどのビデオで映った、達筆の江戸時代めいた書物が載っているように見えた。『私HA!も車HA!にHA!乗ってHA!』「アイエ!?」その時、突然再生ボタンも押していないのにビデオの続きが流れ出した。
ナムサン!異常はそれだけではない!『HAHAHAHA!』『HAHAHAHAHA!』映像の中に映っている人間が、一斉に笑い出した!カメラの方を向いて!「アイエエエエエエエ!?」ヒジタは叫びながら立ち上がり後ずさりをする!
誰も彼もが脳漿液漏れし、幸せで仕方がないというような笑顔で笑い続けているのだ。おかしい!こんな異常事態が起きたのなら、父が話していないわけがない!次の瞬間、映像の中の人々はHAHAHAHAHA!全て事切れたかのように倒れた。それでも笑い続けHAHAHAHAHA!
そして、映像が乱れたかと思うと、倒れた人々の姿は掻き消え、無音の駅のホームが映る。
誰も彼もが消えた駅のホームで、ニンジャの影が喜色に歪んだ目で、ヒジタを見ていた。HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!笑い声が。
◆◆◆
「アイエエエエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」ヒジタは失禁をした!NRS!自身の常識を超えた現象!カメラ越しにヒジタを見ていたニンジャ!ヒジタの精神は、すでに限界を迎えている!「アイエエ!アイエエ!」ヒジタは必死に保管庫から逃げ出そうとする!しかし!
「アイエエ!?動かない!?」ヒジタの足は、まるで接着剤のコマーシャルめいて動かない!足は一歩一歩、再生機器の方へと進む。「タスケテー!」ヒジタは叫ぶも、深夜帯にテレビ局にいる人間は限られている!ヒジタの必死の叫びは、誰の耳にも届かなかった。
ヒジタの手は、彼の意思とは別の力により最後のビデオテープを掴み、再生機器に押し込んだ。HAHAHAHAHA!ヒジタの耳にHAHAHAHAHA!あの笑い声がこびりついてHAHAHAHAHAHA!
◆◆◆
画面に、一人の男が映る。男は、辺りをキョロキョロと見回し、何も起きていないのにビクビクとしていた。だが、ヒジタにはわかっていた。画面を通して、ヒジタの脳にあの笑い声が鳴り響き続けているから。鼓膜を貫通して脳と魂を逆撫でし、精神を削る笑い声が。
『わた、私は!HAHAHA!悪くない!皆がおかしくなってHAHAHA!消えたのは!』怯える男、カデジ・タロウは写しているのだろうカメラに向かって、弁明のようなことを話しだす。撮影をしているのは、保管室だった。
『私は!HAHAHA!』カデジの口から、あの笑い声が。『私HAHAHA!は!ニンジャに!HAHAHAHA!負けない!』ニンジャが嘲笑う声が。『私が撮影したものともう一つHAHAHAHA!ニンジャの映像HAHAHA!封印した!』カデジは、ダクトテープで雁字搦めの箱を指差す。
『誰もHAHAHAHAHAHA!見るな!HAHAHAHAHAHAHA!私のようにHAHAHAHAHA!なる!HAHAHAHA!』カデジの口から漏れ出る笑い声は更に大きく、彼の声を掻き消す。『死ね!HAHAHAHA!ニンHAHAHAHAHA!死HAHAHAHA!』
カデジは突如、懐からナイフを取り出すと、自身の首に突き立てた!『HAHAHAHA!馬鹿な真似HAHAHAHAHA!私は不滅HAHAHAHAH!』カデジの口から、男とも女とも、若人とも老人ともつかない声が聞こえた。笑い声と同じ声。
カデジは突き立てたナイフを引き抜き、血を噴出しながら倒れた。カメラにも血がかかり、映る世界が真っ赤に染まる。動けないまま、画面を見ていたヒジタはあることに気が付く。ビデオを撮影していたのは、カデジで間違いないだろう。
しかし、誰がこれをテープに起こしたのか。誰が、あの封印を解いて、このビデオテープを入れて、封印を戻したのか。『ガッ…アバッ…』映像の中のカデジの呼吸が乱れる。呼吸がまともにできていないのだろう。『アババッ…サヨ…ナラ』そして、死んだ。
ビデオは、カデジの死体を映したまま十秒ほどが経った。すると、何者かがカメラを持ち上げ、録画を停止した。
何も映っていないはずの画面の暗闇の中、ニンジャの目が、ヒジタを見ている。消えずにずっと、ずっと。
◆◆◆
「アイエエエエエ!?」ヒジタは再び叫ぶ!二度目のNRS!短時間に二度起こるのは、余りにも危険だ!画面に映るニンジャの目は、ヒジタの有様を見て嘲笑う!「誰かHAHAHA!助けて!HAHAHAH!ッ!?」ヒジタの口から、ビデオから聞こえていた声が漏れ始める。
「ヨッ!ヒジタ=サン。ちゃんと働いてる?」その時、出て行ったはずのエサダが保管室のドアを開けて入ってきた。「エサダHAHAHAHA!サン!助けHAHAHHAHA!」ヒジタは、必死にエサダに助けを求める!
「それじゃあ、この三本のビデオを生放送で流そうか!」「エ」
「HAHA!HAHAHA!ヒジタ=サンも頭の中であの方がHAHAHAHA!微笑んでくれてるんだろう!HAHAHAHA!」エサダは、笑い出した。目や鼻から脳漿めいた液を漏らしながら、至極幸せそうに。「HAHA!エサダHAHA!アンタ!まさかビデオを見てHAHA!」
「HAHAHAHA!私を広めろHAHAHAHA!」エサダの口から、カデジの最後の時に話した何者かの声が聞こえた。エサダは、ヒジタの頭を掴むと、画面へ近づけ…「ヤメロー!」「アバーッ!?」…
◆◆◆
『出てきなさい。我々には無慈悲な対応をする準備がある』保管室の外から、治安維持隊の声が聞こえる。ヒジタは、目の前にあるエサダの死体を前にうずくまっていた。何故、こうなってしまった。ヒジタの目からとめどなく涙が溢れる。頭の中で、ずっとあの笑い声が響き続ける。
あの時、エサダから逃れようと藻掻いたヒジタは、カジバ・フォースめいた力で拘束を逃れ、ビデオテープでエサダが死ぬまで殴り続けたのだ。そして、緊張の糸が切れ、気絶するように眠っていたところを出社したNSTV局員に見られ、治安維持隊に包囲されているのだ。
『今現在私はNSTV内で起きた立てこもり事件の現場にいます!犯人は』外で女性アナウンサーの声が聞こえる。独占生中継で視聴率を稼ぐつもりなのだろう。ヒジタは、保管室に置かれていた古いカメラを取る。そして、エサダの死体からライターを探して、取る。
自分は、ここで死ななければならない。頭の中の笑い声を、殺さなければならない。しかし、最後に一つ気がかりなことがある。ヒジタには、妻と娘がいる。残された彼女らはこのままでは、発狂殺人鬼の家族として誹謗中傷に晒されるだろう。だからせめて、自分の正当性を、無実を、知って欲しい。
ビデオテープを引っ張り、ライターで炙る。破壊されてゆくビデオテープを見ながら、ヒジタは録画ボタンを押した。「私HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
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ニンジャ名鑑#HA
シミ・ニンジャ
そのニンジャは死を極度に恐れHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA己を情報HAHAHAHAHAHAHA変換HAHAHA情報に寄生HAHAHAHAHAHAHAHA拡散HAHAHAHAHA!
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