遺言

 納棺師である高田弓彦にとって、己の就く職務は酷く疲れる職務だった。

「あの…主人は最後に何を…」

 喪服を纏った老婆が伏し目がちに高田に問いかけてくる。高田がゆっくりと首を横に振ると、老婆はワッと床に泣き崩れた。

『畜生!畜生!お前が塩辛い食事ばかり食わせるから、こんなに早死にしたんじゃないのか!?呪われろ!呪われろ!』

 老婆の夫が最後に遺した言葉が、高田の耳にべったりとこびりついて離れない。職務手当15万の意味を、まだ納棺師になったばかりの頃は理解できていなかったが、今なら理解できる。なにせ、死者が大抵最後に遺す言葉は生者への呪いに満ちた言葉なのだから。

 高田は一度、老婆と葬式に出席した人々に礼をするとStaff onlyと書かれた扉を開け廊下を歩く。目的地の従業員休憩室のドアを開け、入るも誰もいない。斎場には三家族が葬式を行うべく集まり、そのために従業員は慌ただしく動いている。

「高田さん!その…お客様が葬儀の開始時間を早めろと…」

 恐らく探しに来たのだろう斎場の受付の女性に声を掛けられ、高田は軽く舌打ちをすると、ミネラルウォーターと精神安定剤を飲み干し、従業員休憩室を飛び出し三階の葬儀場への階段を駆け上がる。

「ちょっと!早く夫の遺言を聞いてよ!この泥棒猫に遺産なんて渡すわけがないんだから!」

「うるさい!あの人は私に遺産を渡してくれるって言ってたんだから!」

 故人の眠る前で、中年の女と恐らく水商売をしているだろう女がいがみ合っていた。親族はそれを白い目で見ているが、二人は気づいていない。

「今から、故人の最後の言葉をお聞きします」

 高田は心中で棺桶の中の故人に無意味と知りながらも文句を吐き、手を合わせると口元に耳を寄せる。

『…──』

「…え?」




 午後3時、捜査本部で鬼胡桃隆一は慌ただしく動く捜査官らを見てパイプ椅子の背もたれにもたれかかる。

「納棺師が立てこもりねぇ」

〈続く〉