嗚呼、死よ 俺に微笑んでくれ
オレを殺すはずの男が、逃げ出した。
「待て!待ってくれ!」
だが、男が止まることはない。一目散に小屋から、夜の嵐の中へと消える。
「畜生!何なんだコレは!」
心臓に突き立てられたナイフが、床に落ち、カランと音を立てた。オレの胸になければいけない傷はもう、存在してない。
「可笑しいだろこんなの!これじゃあ!治療費はどうなるんだよ!自殺じゃ!保険金は出ないんだぞ!」
何度も胸にナイフを捻じ込む。だがすぐに傷は癒え、ただ無意味な痛みがオレの胸に残るだけ。
「頼む!戻ってきてくれよ!」
「誰が?」
轟雷が、跪いたオレの元に、女の影を映す。
「見つけたぞ。人界乖離者」
顔をあげるとそこには、シスターが立っていた。こんな嵐の夜なのに、一切濡れず、着崩れず。銀髪の長い髪の、まるで狼みたいな鋭い赤い目。そんな女が、女の細腕じゃ耐えられないだろう大口径の銃を2丁、オレに向けていた。
「なんだよアンタ…」
「説明する義理は無い。さっさとおっ死んで、神の御許で釈明しな」
女が引き金を引き、2つの閃光が、夜の闇を切り裂いた。
「それは困るわぁ」
だが、銃弾がオレの頭を貫くことはなかった。
いつの間にかオレとシスターの間にもう一人、女が立っていた。その女にオレは強烈なまでの既視感を抱く。
「先生?」
オレがかつていた孤児院の先生が、そこに居た。それも、オレがガキの頃と変わらぬ姿で。
「うぉっ!?」
先生はオレを担ぎ上げると、走って壁を突き破る。
「先生!なんなんだよこれ!何がどうなってんだよ!」
先生はオレを見た。酷く、粘着質な笑みを浮かべて。
「嗚呼、やっと実ってくれた。楽園への道標。私たちの救済」
突然、先生はオレの首に囓りつき、肉を噛み千切った。先生の口元、オレの首の肉片はどこか、林檎のような匂いがしていた。
「待てやドグサレ人外どもが!」
純白の羽が天を舞う。
天使。ヤツの頭上に光輪はない。
【続く】