異界にて求むるもの

カツン、カツンという歩く音だけが、闇の中に響いていた。

闇の中に明かりが一つ、ランタンの心細い明りだけが、闇の中に浮かんでいる。

ランタンの持ち主は、その明かりで書架を照らし、欲する情報が書かれている可能性のある本を、探していた。

『原初の魔法の再現に置いての注意事項』『デバス王家の血塗られた歴史』『異世界の英雄を召喚してはならぬ』『古に世界を滅ぼしかけた突然変異の魔物について』『深淵の異神との交信』『星界の至宝の解剖録』

明かりに照らされた書物の全てが、何の精神防壁や仕掛けられた魔法の解除の知識無しに読もうものなら、精神が破壊されるか、死をもってその知識の神秘性を保つような魔本である。

現に明かりに照らされた本がガタガタと震え始めていた。

恐らく、このままあと数秒でも照らし続けようものなら、本がランタンごとそのランタンの持ち主を殺さんと書架を飛び出し暴れ狂うだろう。

ランタンの持ち主は、目当ての本がないことを確認し、再び歩き出した。

ランタンの持ち主がいるのは、この世界の禁じられた知識を封印するための図書館であった。

多くの国が協力し、邪悪なるもの達から、この知識を守っていた。

しかし、この夜、ある存在が、警戒を真正面からブチ破り、今その奥深くの知識の海を思うが儘に荒らし始めたのだ。

『異界の絵本』『緊急時の魔物の調理、毒、瘴気抜きの方法』『人間の皮を被り姿を隠す魔物の見分け方』『サングバト族の狩りについて』

「…!これだ」

ランタンの持ち主は、すぐそばの机にランタンを置き、『サングバト族の狩りについて』と背に書かれた本を取り出した。

サングバト族とは、数百年前に滅びた狩猟民族であり、狩りの際に毒物を多用した存在であった。

「………」

ランタンの持ち主は、表紙を撫でながら、ブツブツと呪文を唱える。

すると、それまで本から発せられた異様な圧力は霧散し、ランタンの持ち主に向けられていた威圧が消えた。

「さて…」

ランタンの持ち主が椅子に腰かけ、その本を開こうとした。

その時だった。

「そこまでだ!」

ガチャガチャと装備と鎧を鳴らしながら、兵士たちがランタンの持ち主を目掛け走る。

それと同時に、室内の明かりが全て灯り、ランタンの持ち主を照らす。

男だった。

黒髪黒目、この世界ではあまり見ない顔つきに、冒険者のような胸当てにガントレットというバラバラの軽装。

腰にある装飾華美な剣が嫌に目立つ。

「貴様は完全に包囲されている!」

兵士たちの集団から一歩前に出た兵士、恐らく隊長格であろう男が、剣を侵入者の男に向ける。

「おとなしく降伏せよ!さもなくば…」

しかし、侵入者の男は目もくれず、目次から目当てのページを探し、パラパラとページをめくる。

「貴様…その本が読めるのか?馬鹿な…その本は高位の魔法使いでもなければ読むことなど不可能な代物だぞ…?」

「……」

男は返事をせず読み進め、そして本を閉じ溜め息を吐いた。

そしてその本を机の上に置き立ち上がった。

兵士たちがどよめく。

仮にもし目の前の侵入者の男が、隊長の言うように高い実力を持つ魔法使いならば、この場にいる者たちでは対処が不可能である可能性がべらぼうに高いからだ。

隊長格の男が、右手を握り、上げる。

下がれという合図だった。

兵士たちは数歩下がる。

隊長格の男が、もう一振の剣を抜いた。

異様な剣だった。

凸凹の刃、いや刃ではない。

それは魔法剣、殺傷能力をできる限り無くし、拘束という目的のために生み出された蛇腹剣。

「貴様の目的はなんだ。貴様ほどの腕があればどこかの国に仕えれば正式にこの場に来ることが出来たはずだ」

「…俺の目的、か」

その時初めて、男が口を開いた。

どうしようもない空虚感を漂わせる声だった。

「俺の目的はな…」

男が一歩を、踏み出した。


「辛いものが!唐辛子が食いてぇんだよ!!!!!!!」


男の怒号が、部屋を揺らす!

「カァッ!」

男がまるで飛ぶような勢いで隊長格の男の方、出入り口がある方へと走る!

「ぬぉっ!?」

それだけで兵士たちは吹き飛ばされ、部屋は嵐が通り過ぎたかの如く荒れ果てる。

「辛いもの辛いもの辛いもの」

男は、異世界転移者だった。

「唐辛子唐辛子唐辛子」

女神に、魔王の侵略からこの世界を救って欲しいと頼まれたのだ。

「カプサイシンカプサイシンカプサイシン」

しかし、この世界に転移ししばらくたったある日、男はある問題に気付いた。

「激辛激辛激辛」

この世界の食文化に、唐辛子がないことを。

「がああああああああ!」

胡椒やホースラディッシュ、マスタードは存在した。

しかし肝心な唐辛子だけが存在しないのだ。

「ウホホホホホホォ!」

男は今までの目的をそっちのけで唐辛子を探し始めた。

世界中のありとあらゆる場所、それこそ火山の火口や魔王の腹の中すら掻っ捌き探した。

「ゲボボボボジャア!」

しかし、唐辛子の痕跡がどこにもない!

だから、この図書館にも来たのだ!

古き知識の中に、唐辛子と思しきものが存在しないか。

そしてついに、見つけたのだ!

「待っていろ唐辛子ぃぃぃぃぃア!今食ってやるぅぅぅぅぅぅ!」

男の唐辛子を探す冒険の旅が、今、始まったのだ!


「異世界唐辛子エクスプローラー」

始まらない!