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キャスパリーグ:ヴァーサス・ティック

この話を読む前に、キャスパリーグの出てる前に書いた話を読んでね。

『かゆい』キャスパリーグは、起きて早々に呟いた。顔や体のところどころに無視が出来ない痒みがある。寝床の外に出て、朝の冷たい外気を浴びる。体は怠く、頭は重く思考は働かない。まだ痒い。爪を立て、痒みのある場所を掻き、そして毛並みを舐め毛づくろいをする。

猫は一日の数割を毛づくろいに費やす。毛づくろいをすることにより不要な毛を抜き毛玉や皮膚病の予防、ダニ対策、更には体温調整、他にも目的用途がある猫にとって必要な行いだ。人間と同等の知能を持つキャスパリーグも本能的に行うほどだ。

「カーッ!ペッ!」時折吐き捨てる唾には、毛並みに付着した化学物質が含まれている。由緒正しいオーガニックな猫であるキャスパリーグは、ニンジャ化しているとはいえ、そこらのバイオ生物より些かそういったものへの耐性は低い。体内に多量に取り込むのは避けねばならない。

『ふぅむ…昨日はそこまでサボっていたとは思えんが…』ぐっと伸びをしながらキャスパリーグは呟いた。途端!ドスッ!「ギニャッ!?」キャスパリーグの背に何かが刺さる感覚!驚きのあまりキャスパリーグは数メートル上へ飛びあがった!

ウケミを取ろうと体勢を整えんとする!しかし!『っ!?体が!?』だが体が思うように動かない!『グワーッ!』腹ばいのまま着地!痛みに転げまわる!『何が…!』キャスパリーグの背に小さい衝撃が連続で走り、そしてキャスパリーグの顔面にそれは着地した!

『ケケケ!なんというブザマ!ケケケ!』それはバイオマダニ!視界に映る高さを連続で跳躍している!『ドーモ!カシャ・ニンジャ=サン!ウィルターンです!』ナムサン!ニンジャマダニだ!さらに、キャスパリーグのカイデン・ネームをも知っている!

『ドーモ、ウィルターン=サン。キャスパリーグです』『ケケケ!こっちはアンタのリアルニンジャとしての名前を知っているんだぜェ!』『イヤーッ!』キャスパリーグは爪を振るう!だが遅い!ウィルターンは腕に着地し更に跳躍!『隠さなくたってよォ!いいんだぜェ!ケケケ!』

『貴様…ブラド・ニンジャクランの憑依者か』起きた時の痒みはウィルターンに咬まれたもの。体の不調は、恐らく血中カラテを吸われたことによるもの。その情報があるのならば、推理は容易い。血を吸うダニに、血中カラテを奪うブラド・ニンジャクランの力!侮れないほどの親和性を持つ!

『ケケケ!そうなのかァ?自分の事は他人の方がよく知っているってかァ!?』ウィルターンは挑発的態度!キャスパリーグのこめかみに血管が浮かび、目の前の愚者を切り裂きたい衝動に駆られる!だが、今攻撃を仕掛けようとも、キャスパリーグのカラテを吸ったウィルターンには掠りもしない!

『アケガでのアンタの戦い!痺れたぜェ!遠目で見てただけのオイラもブルっちまったよ!』キャスパリーグの体を跳ねまわりながら語る。先日のアケガ商店街での戦い。あの場にはプリモータルとスプレッダー以外のニンジャソウルは感知しなかったはず。この極小のニンジャの野伏力は高いのか。

『ケケケ!アンタのおかげでオイラはこんなにも強くなったんだぜェ!イヤーッ!』ウィルターンはキャスパリーグの背でストンプ!『グワーッ!?』キャスパリーグは叩きつけられた!普通のバイオマダニと変わらぬ質量のウィルターンが何故このような力を!?

…カラテだ。突き詰めたカラテは質量の差を容易く越える。ウィルターンの中には、キャスパリーグから奪ったカラテが渦巻いている。それを一点に集中すれば、マダニ程の質量のウィルターンでも、モータルの頭を砕くことすら可能!キャスパリーグを攻撃するのは造作もない!

『さあ!早く本当の姿を現せよォ!あの化け猫の姿をよォ!』ウィルターンはストンプを繰り返す!『アンタの旨い血と、芳醇なカラテをもっとオイラに頂戴よォ!ケケケーッ!』キャスパリーグは少しずつビルの屋上にめり込み始める!

ウィルターンの狙い。化け猫の姿となったキャスパリーグ、カシャ・ニンジャの血中カラテ。あの姿となったキャスパリーグのカラテは、今の姿以上。それをこのウィルターンが丸ごと取り込んだのならば。ウィルターンはどのような災厄と化すか!マダニがビルを倒壊させ大地を砕く。それすらありえるのだ!

『イヤーッ!』キャスパリーグは跳びあがり、ウィルターンを切り裂かんとする!『ケケケーッ!オニ=サンこちらー!』ウィルターンはキャスパリーグの全身を跳び回り回避!そして血を吸う!『オノレ…!っ!?』次の攻撃を繰り出さんとしたキャスパリーグの、右前足が力なく内に折れ、前のめりに!

『ケケケ!どうやら効いてきたみたいだなァ!』『貴様…!何をゴボボーッ!』キャスパリーグは嘔吐!『オイラはニンジャアニマルだが、その前にバイオマダニなんだぜェ!オイラの体の中にはお前らが死ぬ病原菌がいっぱいだァ!』

ナムアミダブツ!読者諸氏に猫を飼っている方がいるのならば、愛猫へのマダニ対策がどれほど重要か知っているだろう!『その症状を見るに、ニンジャになったことでオイラの病原菌はかなり強くなってるみたいだなァ!』キャスパリーグの体が熱を持ち、呼吸は荒く、吐血を始めた!

『ケケケーッ!死んじゃうよ~ん!?早くあの姿になってオイラを攻撃しないとよォ!』ウィルターンは勝ち誇りキャスパリーグの鼻を咬む!『オ…オオオオオーッ!』キャスパリーグは叫び、ビルの屋上から飛び降りた!いつもは壁面を駆け下りるが、自由落下を開始する!

『ケケケッ!お前はこう考えてるな!下の川に飛び降りれば、オイラは嫌がって離れるはずだってなァ!』そう!キャスパリーグが飛び降りたのは、いつもの街へ降りる方ではなく、ビルの傍を流れる川がある方!

『ニンジャでも頭は畜生並みだな!俺らバイオマダニは一週間でも水の中に居られるんだぜェ!我慢勝負がお好みなら付き合ってやるよォ!数時間で猫の水死体の出来上がりだがなァ!』しかし、キャスパリーグは飛び降りるのを止めない!

『ケケッ!でもクセェ水に浸かるのはごめんだぜ!アンタの体の中で、水から出るのをゆっくりと待つことにするぜ!ケケケェ!』ウィルターンは、キャスパリーグの口内に飛び込む!キャスパリーグは噛み砕かんとするが、ウィルターンはするりと歯を躱し、喉の奥へと潜り込む!

『ケケッ。さぁて…』ある程度キャスパリーグの体内を進んだウィルターンは立ち止まり、考える。あの化け猫は何時根を上げて正体を現すか。このまま体内にいるだけでは無視され、日常生活に戻られる可能性がある。『ならばァ!攻撃の手を緩めないのが定石ィ!』

『イヤーッ!』ウィルターンはキャスパリーグの体内を乱雑に咬み続ける!『ケケケェ!早く変われよォ!』…ゴポ。『オイラを最強にしてくれよォ!』ゴポポ。『さっきからなんだこの音はァ!』ゴボーッ!突然!ウィルターンに向かって茶色い壁が迫る!

『なんだァ!?このクセェ物体はァ!』ウィルターンは回避しようとするも、ウィルターンのいる空間に隙間なく迫り続ける物体を回避するのは不可能!『なら砕いてやる!イヤーッ!』ウィルターンはストンプの要領で、物体を蹴った!だが砕けない!粘液を帯びたそれに、ウィルターンはくっつく!

『なんだこのネバネバしたものはァ!?』そのまま上に、キャスパリーグの体外へと運ばれる!「カーッ!ペッ!」『うおう!?』ウィルターンは、物体ごと地面に落下!逃れようと藻掻くが、余計に粘液に包まれる。辺りを見回すと、そこは川べりの道。『テメェ!川に入ったんじゃ!?』

『まったく…』キャスパリーグが、物体を見下ろす。それは、毛玉だった。ウィルターンの病原菌によるゲロや、空腹で吐いた胃液の混合物にウィルターンは絡めとられたのだ。『貴様がさっさと我を殺さんとしていたならば、勝てていただろうに…』『チクショウ!マジで汚ェ手段を使いやがって!』

『さて、我の真の姿が見たいとご所望だったな…』キャスパリーグを中心に、圧が発生した。『だが、貴様のせいで疲れたのでな』キャスパリーグの右前足だけが、カシャ・ニンジャの姿に変わった。『虫は虫らしく、叩き潰して殺してやろう』

『…喰らえィ!』沈黙していたウィルターンの口から、水鉄砲めいて血が噴き出す!ブラッドカッター・ジツだ!触ればウォーターカッターめいて相手を切り裂く血の刃のジツ!『イヤーッ!』炎を纏った巨大な足が振り下ろされる!血と足が、ぶつかった!

『死ね!カシャ・ニンジャ=サン!死ねーッ!』炎と、血の刃が拮抗する!だが!徐々に、血の勢いがなくなり始める!(嘘だろ!?ここでガス欠だって!?)ウィルターンの顔に焦り!

ウィルターンは、奪ったカラテを後先考えず浪費を続けた。結果、この事態を招いたのだ!『嫌だ!オイラは世界の王に!』SMAAAAASH!足が、毛玉を叩き潰した!『サヨナラ!』ウィルターンは爆発四散!

『…ハァーッ』キャスパリーグは足を戻し、歩き出した。既に気力もカラテも限界に近い。更に、ウィルターンに感染させられた病原菌は未だキャスパリーグの体内で猛威を振るっている。『あそこに…行かねば…』キャスパリーグは、フラフラとネオサイタマの中心街へと歩き出した。

◆◆◆

「うにゃ」二又の尻尾を持つ猫が、休日にソファに座りながらテレビを見る中年男性のような体勢で、ペット用ベッドに座り込んでいた。「ホーラネコチャン!ご飯の時間よ!」中年の獣医が、猫の横に餌の入った皿を持ってきた。猫の健康を考えた栄養バランスのととのった餌だ。

「…にゃ」だが猫はプイッと横を向いた。食べたくないという意思表示だ。「食べなくちゃ駄目よ!貴方は重病なんだから!」だが、そう言うと中年の獣医は無理やり餌皿を近づける。「…ニィー」猫は渋々、餌を食べ始めた。中年の獣医は満足そうに頷いた。

「先生、次の予約の方が来院しました」若い看護士が、部屋の中を覗き込んで獣医を呼んだ。「わかったわ。それじゃあ、治るまでどこかに行っちゃだめよ?こんなに重い症例は見たことないんだから」獣医は集中治療室から出る。

「先生。あの子が例の?ここら辺の生き物のボスだって噂の」「ええ。あの子が来たら他の子たちも大人しくなるから大助かりだわ。ウチで飼っちゃおうかしら…」獣医らは遠ざかって行った。

『はあ…まったく…肉体の健康に良いものは、精神の健康に悪いと教わらなかったのか?あのモータル共は…』猫はそう呟きながら、渋々餌を食べ続けた。「ゴボーッ!」そして、毛玉を嘔吐した。

【キャスパリーグ:ヴァーサス・ティック】終わり。