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ノーカラテ・ノーニンジャ ノーソンケイ・ノーヤクザ

これは、ニンジャスレイヤーPLUSの情報抜きで書いた二次創作です。

韓国語版はこちら

#1

乗りなれたヤクザ・リムジンでもなく、家紋タクシーですらなく、そこいらをマグロめいて客を求め続けるタクシーの一つに向けて、男は手を上げた。重金属酸性雨によって男の髪型は湿気を吸い、真ん中分けに整えていたが、何本も前に向かってばらけていた。

「お客さん。どちらまで」「ここのディストリクトのネオサイタマ市警分署までお願いします」男は運転手に、住所を書いたメモを見せた。「ヨロコンデー」タクシーは緩やかに発進する。

「フー」男は息を吐き出しながら、ハンカチーフを取り出し、顔に付いた雨、髪の湿気を吸い、折りたたみ櫛で髪型を直す。それでも二本前髪の束が残ってしまった。「お客さん。市警分署には何の用で?」「ン?」男が運転席、ルームミラーを見ると運転手が覗いていた。

「いえ。大した用ではありませんよ。ちょっとした用がありまして」男は穏やかに答える。言外に詳しく聞かないでくれという意味を込めて。「もしかして身元引受とか?もしくは駐車違反のキップの支払い?」だが、運転手はまるで気づかず、男に聞いてくる。

「フー…」男の口から苛立った息が吐き出された。「なあ運転手」「アイエエ!」男は運転席越しに運転手の肩を掴んだ。「お前にはデリカシーというものがないようだな。エエッ?」「い、いえ。そんな…」運転手はガタガタ震えながら運転を続ける。運転手は震える理由がわからない。

しかし、その理由を知ろうとすれば、二度と戻ることが出来ない道に足を踏み出してしまうような…そんな状況に愚かにも足を踏み入れかけていると、運転手は気づく。

「このまま黙って運転してろ。妙な真似をしたら途中で降りるからな」「ア、アイエエ…」運転手は、これ以上この乗客の不興を買わない様に、口を閉じて運転を始める。車内を、車体と窓ガラスに重金属酸性雨が打ち付ける音だけが満たす。男は視線を移し窓ガラスの外を見る。

ネオサイタマの猥雑な街並み。あの頃と何も変わらない。『どうしたよボン。そんなに思いつめた顔をしやがって』「!?」隣から声が。もう聞こえるはずがない声が聞こえた気がして、男は横を見る。しかし、当たり前だが乗ったのは男1人。誰かがいるわけがない。

「アイエ!?ど、どうかしましたか!?」運転手は何事かトラブルが起きたのかとルームミラー越しに男を見る。「いや、何でもない。気にせず運転してろ」「はいぃ…」男は窓の外を見ながら、眼を閉じる。ひと眠りをし、気を紛らわせることにしたのだ。

寝る前に、あの日々を思い出す。もう、あれから10年近くが経ったか。「アニキ…俺は、アンタに一歩でも近づけたか…?」そう、胸の中で呟いた。

◆◆◆

「オラァ!」「グワーッ!」スーツを着た若い男が、青パーカーを着た男の顔面を殴りつける。青パーカーは殴られた勢いのまま、路地裏に積み重なった生ゴミのゴミ袋に頭から突っ込んだ。「フギャー!」バイオドラネコは自身の餌場を荒らされた怒りで、青パーカーに威嚇をする。

「チッ…雑魚どもが」スーツの男は胸元のハンカチを顔に当て、顔面に飛び散った青パーカーの鼻血を拭き取る。男は辺りを見回し、他に動くものがないか確認した。

辺りは死屍累々の様相を呈していた。狭い路地裏の中を青パーカーを着た若者たちが大量に折り重なり、スーツの男に皆怯えた視線を送っていた。新興のカラーギャング。それを潰すためにアジトに向かっていた男を、ギャングたちが路地裏で強襲をかけ、返り討ちにあったのだ…

「アアアアアーッ!」突如、一人の青パーカーが立ち上がりスーツの男に向かって駆けだす!手には割れたガラス片を握り血を滴らせている!「カスが…!」スーツの男は握り拳を作り、その青パーカーを待ち構える。青パーカーは重症であと一、二発重い一撃を喰らえば、死が訪れるだろう。

スーツの男はそれを理解した上で、青パーカーを殴り倒す気なのだ。「イ」「そこまでだ、ボン」スーツの男の後ろから一人、ポンパドールに金糸を織り込んだシャツの男がヌッと姿を現し、スーツの男の握り拳にポンと手を置いてそれを降ろさせた。

「アニキ!?」「キィィィヤアアアアアア!」青パーカーは奇声を上げながらガラス片を振るう。「ンなアブネェもん振り回すんじゃねぇよ!」アニキと呼ばれた男は、足払いをして青パーカーを前に転ばせると、その青パーカーのフードを猫の首を掴むように持った。

「グェッ!」青パーカーの首が締り、その拍子にガラス片が手放された。「これにて一丁上りと」ガラス片を蹴り飛ばし、アニキと呼ばれた男は青パーカーのフードを離した。青パーカーは体力が尽きたのか気絶している。「ウッシ、俺の方はアジトをサクッと潰してきたから終わりだな」

「流石だぜアニキ!」ボンと呼ばれたスーツの男は、惜しみない称賛を送る。それなりに数のいるギャングを一度に二人で倒すのは面倒だと考えたアニキは、あえて襲撃の情報を、ボンだけが襲撃を仕掛けるというデマを流し分断。ギャングのボスがいるアジトを強襲して潰したのだ。

「よせや。お前がいたから何とかなったのさ。ホレ行くぞ。サツヤマのジジイに連絡してやらなきゃいけねえ」アニキは、倒れた青パーカーたちを跨ぎ路地から、人通りのある大通りへと歩き始めた。「待ってくれよ!フマトニのアニキ!」ボンも、敬愛する兄貴分の名前を呼び走り出した。

◆◆◆

「ああ。終わったぜ。あいつらはアンタの知り合いがパクってくれよ」ピンクビラが大量に貼られた電話ボックスで、フマトニは指でトークンを弄びながら電話をしている。ボンはそれを待ちながら、いつの間にかスーツに付いた返り血が落ちないかとハンカチで叩いていた。

「んじゃ、あとはよしなに…」そう言って受話器を置くと、フマトニは電話ボックスから出てくる。ボンは、刺している傘を差しだし、己の横にフマトニを入れる。ボンの肩が片方、重金属酸性雨に濡れるが、兄貴分を濡らすのは弟分にとっては大罪に値する。これが正解なのだ。

「しかしアニキ…毎回マッポに突き出す必要なんてないんじゃねぇか…のでは?」「ま、アイツ等もスコアが稼げて、こっちはあいつらを合法的に追い出せる。ウィンウィンの関係でいたほうが楽なのさ。サツヤマのジジイとは鑑別の頃からの知り合いだしよ」

ボンにとって、それが不満なのだ。「アニキ。オヤブンは俺に何時になったら、殺人ミッションをやらせてくれるんです」ヤクザはソンケイを得るために、ビズやクランにとっての邪魔者を消すために、殺人ミッションをやることがある。

ボンは冷静に己の実力を鑑み、先ほどのカラーギャングは自分一人で潰しきれただろうと考えていた。「俺にだって、人は殺せるんです。アニキ」ボンは未だクランの中で下っ端だ。敬愛するフマトニに一歩でも近づきたいがために、ソンケイを稼がねばならない。

「バーカ。お前まだ人を殺したことねえだろ?」しかし、フマトニはボンの肩に軽いパンチをする。「仮に、オヤジがお前にミッションをやらせるにしても、あんなガキどもの集まり相手じゃねえよ」そう言うとフマトニは歩き出した。ボンはモヤモヤを抑え傘を前に差し出しながら追いかけた。

…フマトニとボンは、クランの事務所に向かって歓楽街の大通りを歩く。「フマトニ=サン!お疲れ様です!」キャバレーの前でタバコを吸っていた黒服が、フマトニに90度のオジギをする。「よっ。調子はどうだ?」フマトニは軽く黒服の頭を叩く。フマトニのクランがケツモチなのだ。

「難しいですね…電子戦争が終わって客足が戻るかって思ったんですけど…」黒服をジロリと、大通りを歩くテッコ換装の強面が睨みつける。電子戦争からの帰還者だろう。他にも戦争帰りの者や、後ろ暗い家業と思しきものが多く、サラリマンなどが寄り付かずに客足が遠のいている。

「あと少ししたら諸々落ち着いて、昔みてぇなここに戻るからよ。それまで頑張ってくれよな」「ハイ!」「キャアー!フマトニ=サンよ!」店の入り口から、若いホステスが数名駆けてきて、フマトニに抱き着いた。

「ネ、ネ!今度お店に来てよ!」「フマトニ=サンならアタシたち目一杯サービスしてあげるから!」「おうよ。今度時間が出きたら来てボトル一本入れてやるからよ」「キャア本当!?」「約束よ!」ホステスたちはフマトニの頬にキスマークを付けると満足げに店の中に戻っていった。

「スイマセンうちの娘たちが…」「ハハハ!商売上手じゃねえか!それじゃあ、頑張ってくれよ!」フマトニとボンは再び歩き出す。数メートル進めばまた別の黒服や客引きがフマトニにオジギをし、オイラン・ハウスのオイランやホステスたちが黄色い声を上げてフマトニを店に呼ぶ。

フマトニは、バトルボーン・ヤクザクランの若きカシラ(オヤブンに次ぐ地位)としてクランのシマであるここの治安をよく守り、地域の人々から信頼を勝ち取っていた。そのような男を兄貴分としていることに、ボンは誇らしかった。

…歓楽街の大通りから一本内側の通りに、バトルボーン・ヤクザクランの事務所が入ったビルが建っている。フマトニの父、現クランのオヤブンが身一つで立ちあげたクラン。ビルの2階から3階にかけてがクランが所有している。2階事務所への階段を昇り、ボンはドアを開けフマトニを中に入れる。

「「「カシラ!オツカレサマデス!」」」事務所に詰めていたクランの構成員が立ち上がり、フマトニにオジギをした。「俺とボンで簡単に終わらせてきたから、んな堅苦しい出迎えなんていらねえよ」フマトニがそう言うと、構成員は靴磨きや、ドス・ダガーなどの武器の整備に戻る。

「ボン!カシラに迷惑かけてねえだろうな!」フマトニの靴を磨いていた、顔全体に入れ墨を入れたヤクザがボンに話しかけた。「うるせぇな!俺がアニキに迷惑をかけるわきゃ無いだろうが!そもそも!俺にはボンじゃなくて立派な」「お前みたいな若造にはボン(男児)で十分さ!」

「ハハハ!違いねえ!」「アニキ!そもそも兄貴がボンだなんて言い出さなきゃ!」「俺にぶちのめされたころから、図体だけデカくなったんだから構わねえだろ!」フマトニが言うと、他の構成員も我慢できずに笑い出す。「フマトニ。帰ったか」声につられてか、トイレから厳めしい初老の男が出てくる。

「オヤジ」初老の男、オヤブンは事務所の奥の机に座ると、チャを啜る。「オヤジ、あそこの廃墟を根城にしてたガキどもは潰してきたぜ」フマトニらは机の前に立ち、オヤブンに報告をした。「そうか…ご苦労だった」オヤブンは労いの言葉をかけるが、言葉に込められた感情は暗かった。

「さっき、ウェストウィンド・ヤクザクランが潰されたらしい」「…あそこが?」「新興のカラーギャングが襲撃をかけて、潰されたらしい」ボンは目を見開いた。ウェストウィンドほどの規模のクランが潰されるなど、信じられないからだ。「………」「………」オヤブンとフマトニの間に沈黙が流れる。

「電子戦争さえなきゃ…」ボンが呟く。電子戦争が起き、ネオサイタマの治安は悪化の一途を辿っていた。どこかのコーポが別のコーポを下せばそこの傘下の会社が一斉に倒産し、職を失ったサラリマンが強盗団を結成し、白昼暴れまわり大量の死者を出す。それが珍しくないのだ。

ネオサイタマが壊れるやもしれない。その事態を前に市警とヤクザは、非公式的に手を組み、治安維持などに取り組んでいたのだ。ヤクザたちは、クラン間で協力し、ある種のヤクザギルドめいた物を結成。無軌道元サラリマンに仕事を与えるなどをし、犯罪の芽を摘み取っていた。

暗黒メガコーポは、荒廃したネオサイタマを、ディストリクト毎にピザめいて切り取り、支配する算段だったのだろう。故に、ネオサイタマの秩序を守ったヤクザギルドは邪魔でしかなく、排除に動いたのだ。

ギルドを組んでいたクラン間に抗争を誘発、潰し合いをさせ両者が潰れればそこに、ペーパーカンパニーめいて実態のないヤクザクランを生み出し実質的な支配に乗り出した。コーポ以外にも、得体の知れない少数精鋭のギャングなどにアサルトを仕掛けられ、乗っ取られる事態も発生していた。

新たなクランが生まれることもあるが、潰され乗っ取られのペースにヤクザ新陳代謝がまるで追いついていない。ヤクザ斜陽の時代。ネオサイタマの裏社会の秩序を守った代償は、ヤクザ終末時計の針を進める事態だった。

「…そういやオヤジ。あの話覚えているか?」沈黙を続けていたフマトニが、切り出した。「…ソウカイヤ、か?」オヤブンは、フマトニが言いたいことは理解していた。

ヤクザ斜陽の時代に生まれた新たな可能性、ソウカイ・シンジケート。シンジケートのトップ、ラオモト・カンはヤクザクランに傘下に加わるよう、ネオサイタマの残存クランの事務所に書状を送り付けている。傘下に加われば、ヤクザでいさせてやると。

「オヤブン!駄目です!」「クランの看板を下げるつもりなんですか!?」先ほどまで各々作業をしてた構成員が一斉に、オヤブンの机に駆け寄る。「落ち着けテメェら!」フマトニが一喝するも、構成員らは止まらない。

「ソウカイヤは、暗黒メガコーポと組んでるって話なんですよ!?」「そんな輩と組んだところで、オヤブンの、クランのためになりません!」詰め寄る構成員を前に、オヤブンは手をかざし、構成員を黙らせる。

「俺ぁ、この話を受けるべきだと考えている」オヤブンがそう言った途端、構成員らはギョッとしたが、オヤブンは話を続ける。「俺はお前らにサカズキを与えた。ヤクザとして認め、ヤクザとしての生き方を与えた…ヤクザ以外の生き方が出来ないようにしちまった」

「お前らをヤクザでいさせるためなら、俺ぁいくらでも泥をかぶるし、損だってしてやらぁ」「オヤブン…」構成員らは、フマトニを見る。オヤブンを止めうる可能性があるのは、フマトニだけだからだ。「俺も」KABOOOM!その時、上の階から爆発音が響いた。

爆発音が聞こえても、その場にいる者たちは動じない。構成員らは、大きなため息を吐いた。またかと。「ちょいと、アイツに音を下げろと注意してくるぜ」フマトニは、事務所のドアを開け3階に、フマトニ家族の居住エリアとしている場所に向かった。

フマトニには、オヤブンたる父親と、もう一人の家族が、弟のヒビキがいた。ヒビキはセンタ試験に失敗し、それなりの大学を一応出はしたが、サラリマンとして勤めた会社が電子戦争で倒産。今は新たな就職先を求めている。ということにはなっていた。

実際は朝から晩まで部屋を出ずにゲームをし、昼夜逆転出不精生活。ゴクツブシと化していた。最近は姿すら見せず、フマトニ以外のクランの構成員、オヤブンもヒビキを見限っているきらいがある。フマトニだけが、辛抱強くヒビキが立ち上がるのを待っているのだ。

……暗い一室。ゲーム画面だけが光源の部屋で、一人の男がゲームを続けていた。男がしているのはFPSゲームで、次々に、不自然なまでに相手の頭を撃ち抜いていた。片手で撃ち続けながら、男はチャットを行う。

#CLAN:tyrant:けしかけた雑魚どもは壊滅。
#CLAN:hallucination:やはり非ニンジャの雑魚は使えねえな!
#CLAN:searcher:おおよその構成員の分布は把握。
#CLAN:searcher:それで、準備は終わったのか?
#CLAN:tyrant:根回しは済んでいる。
#CLAN:hallucination:ついに始まるんだな!
#CLAN:searcher:いつやるんだ?
#CLAN:tyrant:明日。バトルボーン・ヤクザクランを奪う。

男の口元が嗜虐的に歪む。目に、超自然の輝きが灯った。


#2

その青年にとって、暴力を振るうことはチャメシ・インシデントだった。目的もなく、ムカついたから暴力を振るっていたのか、暴力を振るった相手がムカついていた奴だったのか。それは青年にもわからない。無軌道に暴力を振るうだけの、ネオサイタマの暗がりの何処にでもいるような輩だった。

だから、それはいつの日にか訪れるべき事態だったのだ。『グワーッ!』青年以上の暴力を秘めた相手を、獲物に選んでしまう時が来るのは。『オニイサン!ダイジョブデスカ!?』『ああ。大丈夫だ』若いヤクザは、兄貴分のヤクザの元に駆け寄る。

青年は、ヤクザにかすり傷一つすら与えることは出来なかった。せいぜいが髪型を少し崩させる程度。それに反して青年の顔は至る所が赤く腫れあがり、鼻も折れ曲がっていた。鼻を掴み、無理やり戻した青年は、ブッ!と鼻血を排出し、立ち上がろうとする。

『ザッケンナコラーガキ!』『シバッゾオラー!』だが、兄貴分を襲うという大罪を犯した青年を、下っ端のヤクザらは許しはしない!下っ端ヤクザらは青年を囲んで蹴り飛ばし続ける!『お前ら!そこら辺にしとき』兄貴分のヤクザが、制止をかけようとした。その時。

『クソガオラドグサレッガオラアァァァァ!』青年はヤクザスラングを叫び、下っ端ヤクザらを振り払うと、兄貴分ヤクザに向かって走り出す!気力体力を全て振り絞り放つ、最後の一撃!青年ヤクザの振りかぶった拳は!『うおっとぉ!』兄貴分のヤクザが、難なく受け止めてしまった。

『ハッ!いい根性してるじゃねえか』兄貴分ヤクザは、目の前で目を血走らせながら唸り声を上げる青年を笑いながら見た。『ガキ。お前、バトルボーン・ヤクザクランに入らないか』『Grrrrrr…!』『頭に血が上って、聞いちゃいねえか』兄貴分ヤクザは足払いをかけ、青年を倒す。

『ガッ!』そして、青年は腹に兄貴分ヤクザの足を乗せられ、体重をかけられる。『最近はお前みたいな根性のあるガキはいねえからな。気に入ったぜ』兄貴分ヤクザは、取り出したタバコに火を付け、それを咥えた。『お前の見境のねえ暴力に、俺が意味を与えてやる』紫煙を、吐き出した。

『俺の名は、フマトニだ。ガキ、ハタチ(ニ十歳)になったら、バトルボーン・ヤクザクランに来い。オヤジに掛け合って、ヤクザにしてやる』『アンタ…いったい…』『だが、俺の一張羅をテメェの血で汚した罰は与えるぜ。イヤーッ!』『グワーッ!』『イヤーッ!』『グワーッ!』…

…ボンは、バキボキと拳の骨を鳴らしながら歩く。昨日と同じ裏路地を通り、しかし前に何人かのバトルボーン・ヤクザクランの構成員がおり、同じ目的地へと進む。昨日潰したはずのカラーギャングのアジトへと。

巡回をしていた構成員が、潰したはずのアジトに同じ青パーカーの集団がたむろしているのを発見。フマトニとボン、他に構成員を十名ほどで再度の襲撃及び、事態の調査に乗り出そうとしているのだ。

カラーギャングたちのアジトは、テナントが誰もいない廃墟化した雑居ビル。その一棟丸々がギャングのアジトだ。フマトニらは非常階段から最上階、ボスの部屋へ強襲を仕掛け、ボンらは下の階から手下を倒していく。そういう手はずになっている。

「着いたぜ」ボンは、路地の影からその廃墟ビルを見上げる。確かに、割れた窓からチラリと昨日見た青パーカーと同じ色の何かが、一瞬見えた。ボンらは、入口へと駆け、エントランスに入る。見張りも何もいない。ボンは、横の空きテナントのドアを蹴破って中に飛び込んだ。

「なんだ…こりゃあ…」中にあったのは、ファッションを取り扱うような店に置いてあるトルソーに、青パーカーを着せただけのものが、何体も置いてあるだけだった。カラーギャングは、誰もいない。他の構成員らも困惑している。

2階も、3階も、4階も、どの階にも置いてあるのは青パーカーを着せられたトルソーだけで、構成員が見たというカラーギャングはいない。5階、ボスの部屋へとボンらは足を踏み入れる。「ボン、お前なんでここに…」フマトニも困惑しながら、そこにいた。

ボスの部屋にも、青パーカートルソーが大量にあるだけで、カラーギャングはいない。「下の階には、カラーギャングなんていなかったぜ」「カシラ…こりゃあ、イタズラですかね」構成員らも、狐につままれたような表情を浮かべ、お互いを見つめていた。しかし、フマトニは辺りを見回し続けた。

「なんか…臭うな」フマトニが、鼻をスンスン鳴らしながら辺りを調べる。ボンも、この部屋は異臭がするような気がしていた。「こりゃ…ガソリンか?」「ハハハハ!かかったな!」その時、アジト全体を震わせるような声が響いた!

ドウ!ドウ!トルソーらは一斉に炎上!フロア全体に素早く火が回り始めた!「アイエ!?」「罠だ!」「テメェら走れ!」フマトニが掛け声を発した瞬間、その場にいた全員が走り始めた!

「おっと!走ったところで無理じゃないか?なにせそこは迷路の中だ!」何者かの声が再び響く。瞬間、フマトニらは燃える迷路の中に立っていることに気が付く。「バカな!」フマトニは、迷路の壁を蹴るが、びくともしない!「ハハハハ!燃えてしまうぞ!走れ走れ!」嘲笑の声が響く!

「アニキ!迷路ってんなら、どこかに出口があるはずだ!」ボンの声にフマトニが頷くと、フマトニを先頭に走り出す!「気を付けろ!そこかしこにお前らを狙う存在がいるのだからな!」声が響いた瞬間、迷路の脇道から完全武装の兵士が現れ、チャカの引き金を引く!虹色に輝く弾丸が、構成員を撃ち抜いた!「アバーッ!」「ハハハハ!まずは一人!」

「タジキ!」フマトニは、倒れた構成員に駆け寄り、上半身を抱きかかえる。そして、気づく。撃ち抜かれたはずの場所に銃創は無く、しかし死んでいた。「アニキ!早くここから出ねえと!」ボンはフマトニを立ち上がらせ、走らせる。タジキの遺体は、炎に包まれた。「…すまねぇ」

迷路は、走れど走れど出口は無く、行き止まりばかり。そして一瞬でも気を抜けば、飛来する虹色弾丸によって、構成員は次々に打ち殺され、残りはフマトニとボンを含めて5人だけだ。「ハァ…ハァ…!」「クソッ…!出口はどこだ…!」5人は全身から汗が吹き出し、火傷を全身に負っている。

「…恐らく出口はねえ」フマトニは、謎の攻撃の主が最初から、己らを生かして出すつもりなんてないことに、今になって気がついた。迷路だと言ってはいるが、脱出不可能の袋小路。恐らく全員をここで殺すつもりなのだ。熱に苛まれた頭が、ようやく答えにたどり着いたのだ。

「じゃあ…!どうするんです…!」ボンは、迷路の壁を殴った。壁は鋼鉄めいた音を立て、ボンの拳がジワリと痺れ、炎に炙られた熱に苛まれた。「あっちがズルをするなら、こっちもズルをするしかねえだろ…!」「うおっ!?」フマトニは、ボンの足を掴むと自分の肩に載せた。

「アニキ!?何を!?」「上がって、迷路の壁を歩いて脱出するぞ」「なんだと!そんなズルは許されない!」「うるせぇ!姿を見せる気のねえ根性無しは黙ってやがれ!」「根性無しだぁ…!?」声の主をフマトニが一喝すると、響く声に怒気が籠り始める。「ならば見せよう!イヤーッ!」

フマトニらからタタミ3枚離れた場所に、短い金髪の、ヤンクめいた男が回転ジャンプ着地をし、表れた。「ドーモ。ハルシネイションです」現れたその男は、丁寧にアイサツをした。「ニ、ニンジャ」ボンはごくりと唾を飲み込んだ。

ニンジャ。フィクションだと思われていた存在が今、目の前にいて、殺意を向けてきている。ボンは、失禁しかけている事実に気が付き、何度も己の腹を殴り根性を叩き直す。「どうだ、姿を見せてやったぜ。これでもまだ、根性無しだとほざ」「ザッケンナコラー!」構成員の一人がチャカを出す!

BLAMBLAMBLAM!チャカは連続で弾丸を吐き出し、ハルシネイションを狙う!しかし!「うおっとぉ!あぶねえ!」ハルシネイションは体を横にずらして回避した!「ボン!登れ!」ボンは持ち上げられ、迷路の壁に立った。「アニキは!?」

フマトニは、袖を捲りハルシネイションの方を向く。「俺は、野郎とカラテをしてやる」「無茶だ!」チャカの弾丸を撃たれてから避けるような存在に、ヤクザとはいえ勝てるはずがない。フマトニは、生き残ったボンらを生かすために、時間稼ぎをするつもりなのだ。だが。

「ヴォラッケラー!」チャカを撃ち切った構成員が、チャカをハルシネイションに投げつけながら走る!そして、ハルシネイションを捕まえる。「雑魚が!オレ様に勝てると思ってるのか!?あ゛あっ!?」ハルシネイションは、膝で構成員の腹を蹴る!「オゴーッ!」構成員は吐血する!

「オジマ!」フマトニは、構成員の元に走り出そうとした!「駄目ですカシラ!」しかし、残りの二人の構成員がフマトニを止め、無理やり持ち上げた。「エダニ!?アザダ!?何を」「カシラも脱出してくだせえ!」「俺達が、時間を稼ぎます!」

「俺にテメエらを見捨てろって言いてえのか!」「アイツの狙いはきっと、カシラやオヤブンです!」「ここが罠だってんなら、クランに危険が迫っているってことです!」「だが…!」「カシラやオヤブンがいるなら、バトルボーン・ヤクザクランは不滅です…!」「俺達は、犬死にじゃねえ!」

「イヤーッ!」「オゴーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」ハルシネイションは構成員を振りほどき、四肢を踏み砕く行為に熱中している!「行ってくださいカシラ!」「さあ!」「…すまねぇ!」フマトニは、ボンの横に上がり、迷路の壁を走り出した。ボンも後を追う!

「ハァーッ!ハァーッ!…アッ?あの野郎いなくなってんじゃねえかよ!」構成員を踏み殺したハルシネイションは、フマトニがいないことに気が付くと激昂した。「お前ら全員ジゴクを見せながら殺してやる…!」「やってみせろやガキが!」「バトルボーン・ヤクザクランを舐めんなよ!」

◆◆◆

バトルボーン・ヤクザクランのオヤブンたるカチジは、昨日まで構成員だったはずの者らに拘束され、這いつくばらせられていた。「それじゃあ親父。話し合いを始めようか」豪勢な椅子に座る男は、カチジを見下ろしながら背もたれにもたれかかった。

「ヒビキ、お前に何があった」椅子に座るのは、カチジの次男である、ヒビキだ。しかし、カチジの記憶の中のヒビキとは見た目がまるで違い、小太りだったはずの体は、屈強な肉体へと様変わりし、纏う雰囲気は人間のそれではなかった。

「親父。俺はな、ニンジャになったんだよ」ニンジャ、闇の世界でごくまれに囁かれる超常存在。その存在を、カチジは何度か耳にしていた。ヤクザクランに少数精鋭でアサルトを仕掛ける存在はニンジャなのではと。冗談交じりのそれは、真実なのだろうと、変り果てた自分の息子を見て悟る。

「で、ニンジャ様は何が目的だ」「クランを貰う」カチジは目を見開いた。「お前ら、そんなに俺が憎かったのか?ヒビキを神輿に担ぎ上げるほどによ」カチジは首を振り、周りに立つ構成員らを見た。「オヤブン!」「違います!これはオヤブンの!バトルボーン・ヤクザクランのためなんです!」

「ヒビキ=サンはニンジャになったんです!」「ニンジャのオヤブンがいるならば、周りの奴らはクランを恐れて、手出しができないはず!」「ソウカイヤみたいな新参者に、オヤブンが頭を下げる必要はありません!」「お前たち…」カチジは瞑目し、ヒビキを見る。

「で?答えを聞かせてもらおうか?親父」カチジは、目の前のニンジャを見て、笑った。「駄目だな。お前みたいなバカにクランは任せられん」ヒビキの顔が憤怒に歪む。「…なんでだ?」

「お前は、ヤクザというものをまるでわかっちゃおらん。ソンケイもなにも積んできていないお前に、誰がついて行く?」「俺には、力がある!ニンジャとしての力が」「力だけじゃせいぜい、恐怖政治しかできないお山の大将が限度だ。やめておけ」

ヒビキはガリガリと頭を掻きむしり立ち上がる。追い詰められた時にする悪癖。父親であるカチジは、覚えていた。だから、諭す口調で話し始めた。「お前がヤクザとして生きる覚悟があるのなら、フマトニの下で経験を詰め。そう」「イヤーッ!」カラテシャウトが響く。カチジの首が飛んだ。

「これだからヤクザって生き物は嫌いなんだ…!ソンケイだか知らんが、そんな前時代的物を誰が有り難がる…!」手に血を滴らせ、ヒビキの目に超自然の輝きが灯る…!「アイエエエエ!?」「オヤブン!?」「ヒビキ=サン!?何してるんです」「「「アババーッ!?」」」叫んだ構成員らは炎上!

「フーッ!フーッ!黙っていろ…!」ヒビキの目から一筋の血涙が垂れる。ヒビキは辺りを見回す。「ヒッ」「アイエッ」構成員らは怯え、失禁しながら後ずさる。「俺が!ここのボスだ!支配者だ!認めろ!」「ふ、フマトニ=サンが」「認めろ!」「ハッ、ハイ!ヒビキ=サンがボスです!」

「奴は今頃、ビルの中で焼け死んでいる!俺が正当な後継」「オヤジ!」その時、事務所の中に、フマトニとボンがドアを開け飛び込んできた。フマトニは、倒れ伏す首のない父親と、全身を真っ赤に染め上げた、弟の面影を持つ男を見て驚愕し、固まった。

「しくじったなハルシネイション=サン…!」「お前、ヒビキ…なのか?」「ああ、そうだよ兄貴」「今燃えてるこいつらをやったのもお前か、ヒビキ」「ああそうだよ兄貴」「オヤジを殺したのもお前かヒビキ!」「ああそうだよ兄貴!」「ザッケンナコラー!」フマトニは殴りかかった!

しかし、ヒビキは難なくその拳を受け止めた。「ハッ!昔は受け止められなかった兄貴のパンチが、今じゃ片手でどうにでもできる!イヤーッ!」「グワーッ!」ヒビキはチョップで、フマトニの腕を切り落とした!「アニキ!」ボンは、倒れかけたフマトニを後ろから抱き留める。

「テメェ!フマトニのアニキは、オヤブンは!お前の家族だろ!?」「ハッ!ついて回って暴力を振るうだけしか能がないキンギョの糞は黙ってろ!」二つの影が窓を突き破り、二人のニンジャがエントリーした!「すまねぇ!こっちに来てやがったか!」「対処完了済み、問題なし」

「ハルシネイション=サン、サーチャー=サン遅ぇぞ!」新たに現れたニンジャが二人。「ザッケンナオラ…!」三人のニンジャを前にして、ボンの闘志は衰えない。「ハッ!あのバカ俺達を前にして勝つ気でいやがる」「彼我の戦力を無理解…?憐れ」ハルシネイションとサーチャーは嘲笑う。

「あんなカスはどうでもいい。それよか、アジトを用意しなきゃな」「ア?ここのビルを奪うんじゃないのか?」「んな狭い場所が俺達のアジトでいい訳ないだろ?」「手下の補充を考えれば不足」「なるほど」三人のニンジャは、窓の縁に足を駆ける。

「じゃあな兄貴。みじめったらしくヤクザの看板を掲げて生きろよ?ネオサイタマのテッペンで、俺はそれを見下して笑うからよ。イヤーッ!」三人のニンジャは跳び、事務所から姿を消した。残っていた構成員らも急いで事務所を出る。追いかけるのだろう。報復か裏切りなのかはわからない。

「クソが…!」ボンは、逃げ出した構成員らの背を睨みつけるが、フマトニの容態を確かめねばならない。ボンの腕の中のフマトニは、意識朦朧とし、切断された腕からの出血も収まらない。「アニキ!アニキ!しっかりしろアニキ!アニキー!」…

それから少しの時間が経ち、バトルボーン・ヤクザクランは壊滅状態となった。


#3

ネオサイタマ、サイハラ・ディストリクト。そこは歓楽街であり、バーにキャバレー、オイラン・ハウスに退廃ホテル。他にもパチンコ店やイリーガルな賭博店なども数多くある。電子戦争終結後の治安悪化も、元々最低レベルの治安のここでは無関係に等しい。

だからと言って、治安を守る者がいないというわけではない。「イヤーッ!」「アイエエエエ!」酔いどれサラリマンが、ゴミ袋に叩きつけられた。「二度と店に来るんじゃねえ!」「ハ、ハイ!アイエエエエエエ!アイエエエエ!」サラリマンは必死に逃げ出した。

「チッ…」サラリマンを投げ捨てた男は舌打ちをしながら、元来た道を振り返り戻る。明滅する電灯に照らされたその顔は…おお!ボンだ!壊滅状態のバトルボーン・ヤクザクランに所属していたはずの彼が何故、ここにいるのか?

…あの日、死に物狂いで病院にフマトニを担ぎこんだボンは、フマトニの病室でつきっきりの看病をしながら、フマトニが目を覚ますのを待っていた。その間、巡回に出ていた裏切り者ではない構成員らと連絡を取っていた。

残っていた構成員は十名もおらず、ほとんどがヒビキの元についたのがわかった。ニンジャの力を恐れてかどうかはわからない。しかし、バトルボーン・ヤクザクランは壊滅状態に追い込まれたのは確かだ。

その元凶たるヒビキは、乗っ取ったバトルボーン・ヤクザクランをチーム・タイラントと改名。そこらじゅうのカラーギャングやヨタモノを集め、一代ギャングチームとして、バトルボーン・ヤクザクランのシマ及び周辺を、暴力と恐怖、殺戮により支配下に置いていた。

フマトニは未だ目を覚まさず、クランの金も全て奪われたボンに出来ることは、入院費稼ぎだった。ボンは、ヤクザ・バウンサーとしてサイハラ・ディストリクトのキャバレーで日銭を稼いでいるのだ…

キャバレーのホステスに、無理やり店外でのデートを強要した酔いどれサラリマンを叩き出したボンは、再び店の入り口の前に立つ。もう一人のスモトリ崩れのバウンサーは、ボンを見て鼻で笑う。ネンコにより金にならない仕事を強制。ボンがいない間の仕事及び給料を奪っているのだ。

ボンはスモトリ・バウンサーを睨みつけるが、すぐに新しい客が現れボディチェックと、店内での禁止行為説明を行わねばならなくなった。不満は大いにある。先日まで尊敬に値する兄貴分の元で、ヤクザとしての経験を積んでいたのに、今じゃこのような場で信頼に値しない相手の部下の身だ。

だが、この仕事はその兄貴分の命のための仕事だ。真面目に働けば、その分だけフマトニのためになる。そう考え、ボンは黙々と仕事をこなし続ける…

◆◆◆

「ハハハハハ!そうら新しいボトルを開けるぞ!」ハルシネイションは、目の前に置かれた万札数十枚もの価値のあるボトルを、何のためらいもなく開ける!「キャアスゴーイ!」「カッコイー!」ホステスらは、ハルシネイションを褒め称える。しかし、その顔はどこか引きつっていた。

「そ、それでは注ぎますね!」ホステスの一人が震える手で、ハルシネイションのグラスに酒を注ぐ。そして、次はヒビキのグラスに。手の震えは更に大きく。「アッ!」パシャリと酒が跳ね、ヒビキの顔に跳ねた。「も、申し訳ありません!」ホステスは即座にドゲザをした。

「決してタイラント=サンにこのようなことをするつもりでは!」ヒビキ、タイラントは手でホステスに立つように促す。ホステスは、許されたと思い立ち上がると、炎上した。「アバババーッ!?」タイラントの目に超自然の輝きが灯る…!タイラントはホステスを許していないのだ!

そして、ホステスが焼け死ぬと黒服らが掃除道具を持ち出し、炭化した死体を片付ける。真っ赤なカーペットに、僅かな焦げ残りと炭のカケラが少々。それだけが、ホステスがそこにいたという痕跡だった。キャバレー内部は水を打ったように静かになった。

黒服らはホステスの背を叩く。「カッ、カッコイー!」「ニンジャのニンポスンゴーイ!」ホステスらはタイラントに媚びを売る。カーペットには他に10個ほどの焦げがある。仲間入りしたくなければ、仕事をこなし続けるしかない。

店舗内に再びバンドの生演奏が流れ始める。バンドのステージの前では、タイラントらの手下が、近辺の店から攫ってきたオイランやホステス。ただ通りすがっただけの一般市民に強制的に前後を強いらせている。タイラントは手下らを見て鼻で笑う。ソンケイなどクソだ。これだけの手下が証明だと。

「ボス、連絡」その時、サーチャーが何枚かの写真を手にタイラントに近寄る。「フマトニ、手下、発見」その写真には、病院のベッドで寝ているフマトニや、ヤクザ・バウンサーとして働くボン。他にも、フマトニについているクランの構成員が、ヤクザスキルを活かして働く姿が。

「強襲、暗殺、可能。どうする?」「放っておけ」タイラントが求めるのは、かつての栄光を求めながらも、二度と届くことはなく愚連隊めいたことしかできない、落ちぶれたフマトニの姿だ。再起不能にまで追い込むつもりはない。

「なら」「おっと待て」手下に命令を下そうとしたサーチャーを、タイラントは呼び止めた。「でもこのままじゃあ、経験を積んで、それなりのクランを再興させちまうか」「なら、どうする?」「妨害して、あいつらの評判を下げてこい」

◆◆◆

「これが、今日の分の給料ね。サボっていた分は差っ引いて、彼に渡してあるから」「…アリガトゴザイマス」支配人室でボンは、長く伸び芸術家めいた髭を弄りながら、封筒を投げ渡した支配人にオジギをした。スモトリ・バウンサーは封筒の中身を見てニヤついている。

「それじゃあ、明日もよろしく」支配人は椅子を回転させ背を向け、今日の分の売り上げの万札を数え始めた。「んじゃ、お先に」スモトリ・バウンサーは早々に支配人室を軽やかに出て行った。あの金がオイラン・ハウスに消えるのだと知っているボンは、背を睨みつける。

…支配人室を出たボンは、下のキャバレーを見下ろす。掃除を始めた黒服ら。着替え、給料を貰うために支配人室に繋がる階段を昇るホステス達。そして、閉店まで飲み続け、支払いの紙を見て青ざめる客たち。ここ数日で見慣れた光景だった。「ん?」しかし、一点見慣れない存在がいた。

支払いの客の中に一人、初老の男がこちらを見ていた。鋭い眼光の、上等な服を着た男だ。この場末のキャバレーにいるのが似つかわしくない。そんな男だ。男は、ボンが見返したことに気が付き、店から出ていく。そして、その男が出てから10秒後、入り口から数名の男が入ってきた。

「オウオウ!もう店やってねーのかよ!」「俺達お客様だぞ!」「客は神だ!ひれ伏せよ!」男らは一斉にがなり立て、近くの壁を蹴るなどの行為を始める!非道だ!「ちょっと貴方たち!もう閉店の時間で」「イヤーッ!」「アバーッ!」止めようと近づいた黒服が殴られた!

「俺達はチーム・タイラントのメンバーなんだぜ!」「逆らうなら容赦しないぜ!」ヨタモノ達の着けるサイバーサングラスに「暴 君 の 僕」「情 け 容 赦 な い」などの攻撃的な文字が流れた。見れば、アクセサリや服にチーム・タイラントのエンブレム。

黒服やホステスらは戦慄した。ここらの水商売を生業としている人間にとって、チーム・タイラントは災害以外の何物でもない。隣が、チーム・タイラントの支配下にあるサイハラ・ディストリクトでは、毎日のように悪行の数々が耳に入ってくるのだ。

店が潰されたというのはまだかわいい話で、店外デートに連れ出されたオイランが、翌日ゴミ袋に詰められ死体で帰ってきた。恭順の意を示さないマッポが街灯に首つり死体として晒されたなど、殺戮と暴力に彩られた話の数々。逆らえば、どのような事態になるか。

「ちょっと待って頂戴」その時、支配人室から現れた支配人が、ヨタモノらに声を投げかける。「アンタがお偉いさんか?」「こいつが俺に暴力を振るってきたんだよ!」「慰謝料払えよ慰謝料!」「あと店の女と酒を全部出せよ!」ヨタモノらは畳みかける。

「貴方たちのボスの噂はかねがね…」「なら早く従えよ!」「でも、貴方たちが本当にチーム・タイラントだって証拠はあるのかしら?」髭を伸ばしながら、支配人の顔に笑みが浮かぶ。「ア゛!?何が言いてえ!」「知能指数が高い俺がわかんねえって、お前変なこと言ってんじゃねえのか!?」

「服装で所属を誤魔化すなんて、簡単よねえ?」「ふざけんなよ!?俺達のボスと幹部はニンジャなんだぞ!?」「はいはいニンジャニンジャ。面白い冗談ね」ニンジャの存在を信じない支配人は取り合わない。「もうお前死んだぞ!」「血が見たい!」ヨタモノらは折りたたみナイフを取り出す!

「バウンサー!やりなさい!追加報酬よ!」支配人は、折りたたまれた万札を投げる。ボンはそれを受け取ると、階段を下りながらゴキゴキと首の骨を鳴らす。「おい、あの野郎…」「ああ、サーチャー=サンが言ってた野郎だ…」ヨタモノらはニヤつき始める。

「ヘヘヘ!雑魚が来たぜ!」「あっ?」ボンは訝しんだ。ヨタモノらはボンを取り囲む。「兄貴分がやられるのをみすみす見逃した雑魚!」「ボスに立ち向かえなかった雑魚!」「「「「「ヘヒャヒャヒャヒャ!」」」」」ヨタモノらの精神攻撃だ!ボンは黙ったまま拳を握る。

「心臓から血を噴出しな!」ヨタモノの一人が真正面からナイフで突きを放つ!ボンは、体を横に軽くずらしナイフを躱す。「へっ?」「イヤーッ!」ヨタモノがマヌケな声を出した瞬間、ボンは全力で腹に拳を叩き込んだ!「アバーッ!」ヨタモノが吹き飛び床をスライドする!

「やっ、ヤッチマエ!」ヨタモノらは一斉にナイフを振るう!ボンは一人の腕を掴むと、自分の後ろのヨタモノらの手を浅く切り裂き、ナイフを離させる!残りの一人は腹を蹴り飛ばし、先に倒したヨタモノにぶつけた!

「ヒィィ!」ヨタモノらはボンから離れ、入口の方へと後ずさる。「ヒィッ、ヒヒ、ヒャハハ」しかし、一人のヨタモノが笑い出した。「お、お前は弱いな!甘ちゃんだ!俺たちを殺さないなんてよ!」「ヘッ、へへ」「ハハ」そのヨタモノの言葉に釣られてか、他のヨタモノも笑い出す。

「俺達は、何人もオイランやそこらのサラリマンを殺した!」「場数は!俺達の方が踏んでる!」「次来るときはもっと、仲間を引き連れてきてやる!」「そん時がお前の最後だ!」そう吐き捨てると、ヨタモノらは、逃げ出した。

「お疲れ様」ボンの後ろから現れた支配人が、ボンの肩を叩き労いの言葉をかけた。「それで、貴方はクビね」「はっ!?」突然の解雇の言葉に、ボンは支配人の方を見た。「あいつら、貴方の事を知ってたけど、どういう知り合い?」「あいつらのボスに因縁があるとしか…」

それを聞いた支配人は溜息を吐いた。「やっぱり。あいつら、本物のタイラントの輩じゃない。今回は何とか出来たけど、次来たらどうなるかしら…」「……」「で、貴方さえいなければ、あいつらは来ないかもしれない。おわかり?」支配人は懐から取り出したキセルを、ボンに向けた。

「次の職場は頑張って探しなさい?最も、あいつらに狙われてるなら、どこも長続きしないだろうけど」それだけ言うと、支配人は支配人室に戻っていった。黒服とホステスらの排除と恐怖の感情が込められた視線を背に、ボンは歩き出した。支配人から渡された万札を、握りつぶしながら。

◆◆◆

「第一陣撤退」退廃ホテルめいた部屋で、周りにサヨナラファックしたオイランの死体や、拷問にかけられたサラリマンの死体に囲まれながら、サーチャーはタイラントに報告した。「そうか」タイラントは水を飲み、次の獲物をどれにするか見定めていた。

「奴は失職。次の職場を探す予定」「他の奴らは?」「同じく」「なら結構だ。続けろ。次のバウンサーなりの仕事に就いたならな」「了解」タイラントは、部屋の隅で失禁して怯えたオイランの手を掴む。オイランの悲鳴がしばらく部屋から聞こえたが、じきに聞こえなくなった。

◆◆◆

ボンは、立っていた。体の至る所に青痣を作り、それでもなお、鋭い眼光を辺りに投げかけながら、立っていた。「へっ!雑魚バウンサーが。何を粋がってんだ!」それを見たヨタモノ風の男は、ボンの足元に唾を吐きかけながら、店の中に入っていった。

ボンの後ろにあるのは。サイハラ・ディストリクトの片隅にある、立ちオイラン・ハウスだ。低価格短時間で利用できるオイラン・ハウスだが、オイランの質は最低の一言に尽き、利用する客の質もお察しだ。その立ちオイラン・ハウスのバウンサーが、今のボンの仕事だ。

最初のキャバレーのバウンサーをクビにされて以降、ボンはいくつか別の店でバウンサーとして働いたが、その店でもチーム・タイラントのメンバーがやってきては暴れ、ボンがいたらまた襲撃に来ると思われ、クビにされるという事態が続いた。

それに、襲撃に来るメンバーの数は増え続け、ボンにも疲労と傷が増え始めた。バウンサーにとって、古傷などは威圧感が増し仕事に有利になるが、青痣のような生傷は、バウンサーの力が弱いのではという疑念に繋がり、客から舐められる。そうなれば雇ってもらえなくなる。

その二つが組み合わさり、今のボンが受けられるような仕事は、このような最悪の仕事だけだった。給料も最悪で、そこらでカツアゲマンでもした方がましな稼ぎになる。そんな、限界ギリギリの状態にボンは追い込まれていた。

しかし、ボンは耐えていた。フマトニのために。クランのために。己の中にある暴力と、フラストレーションを抑え込みながら。「ヘヘヘ!いたぜ!」「お仕事お疲れさん!」その時、ボンに声をかける集団。チーム・タイラント。

ボンの周りを、チーム・タイラントのメンバーが囲む。彼らも青痰や顔に傷を負っているが、ボンよりは軽傷。手には鉄パイプやナイフなどの凶器が握られていた。「今日も遊びに来たぜ!キンギョの糞ちゃん!」「お遊戯の時間でちゅよ~!」タイラントの面々は、完全にボンを舐め切っていた。

ボンは、黙ったまま拳を握り構えた。「やっちまえ!」何人かの鉄パイプ装備ヨタモノがボンに向かって、鉄パイプを振り下ろす。ボンは頭などの急所に向けられたものはガードし、いくつかは体で受けた。回避不可のタイミング。ヨタモノらも襲撃を繰り返し、練度が上がってきているのだ。

「ナイフチーム!やれ!」鉄パイプでボンを押さえつけたまま、ヨタモノの一人が指示を出す。クロヒゲ・ビックリ・トイめいてボンを多数のナイフで刺すつもりなのだ!「チッ!」舌打ちをし、ボンは押さえつける鉄パイプを一本掴む!

「オラァ!」「グワーッ!?」掴んだまま体を回転。ヨタモノを振り回し拘束を解く!「止まれ!」ナイフ装備ヨタモノらは拘束を脱したボンを見て、立ち止まる。今までの襲撃で、このまま進めば同士討ちになると、さすがのヨタモノらも学習済みだ!

BLAM!「っ!」ボンの片頬を何かが掠め、頬が浅く切り裂かれ血が流れる!「ヒューッ!新兵器を持ってきたんだぜ!」ヨタモノの一人が構えているのは、チャカだ!「この前殺したマッポから奪ったんだ!お前で試させてくれ!」ヨタモノの目が血走る!トリガーハッピーヨタモノだ!

BLAMBLAMBLAMBLAM!「キャホーッ!」チャカ装備ヨタモノはボン目掛け乱射!ボンはジグザグに走り弾丸を回避!「アバーッ!」「アバババーッ!」ボンを囲んでいたヨタモノらに当たる!「アレェー!?撃ったら当たって殺せるんじゃないのかよ!」トリガーハッピーヨタモノ困惑!

「ふざけんじゃねえぞテメェ!」BLAM!「ギャア!」「この雑魚の前にお前が死ね!」BLAM!「アバーッ!」チャカ装備ヨタモノらによる同士討ちが発生!連携が崩れる!それをボンは見逃さない!「イヤーッ!」「グワーッ!?」チャカ装備ヨタモノらを殴る!殴る!殴る!

ナイフ装備ヨタモノらは飛び交う銃弾を躱すために包囲が崩壊!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」暴力武装解除!ヨタモノらは装備を落とす!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」…

…ボンの周りに、ヨタモノたちが倒れていた。同士討ちに連携崩壊、それらに乗じて、全員を殴り倒したのだ。「へ、ヘヘヘ!」しかし、殴り倒されたはずのヨタモノは笑い出す。ボンの足元に、球体がいくつか投げ込まれた。それは、別の場所で働いていたはずの、構成員らの首だった。

「ヘヘヘ!お前が俺達に時間をかける間に、殺しちゃったぜ!」「ひゃはは!」「バカ!マヌケ!ウカツ!」ヨタモノらは、ボンを嘲笑う。以前構成員らに聞いたが、彼らにも襲撃はあったらしい。同じタイミングに襲撃が仕掛けられ、そして他の構成員らは、襲撃をしのげなかったのだろう。

ボンの顔は、暗闇に紛れ、窺い知れない。「つ、次の襲撃で今度こそお前を殺してやる!ヒャハハ!お前の大切な兄貴分もな!」壁に背を持たれながら、襲撃ヨタモノのリーダー格は、周りのヨタモノに撤退の指示を出そうとした。ボンは、握り拳を構え、振りかぶった。

「ヒャハ!ぶん殴ったところで何に」人には、限界というものがある。その限界を踏み越えた時にどうなるか。リーダー格ヨタモノは、それを身をもって知ることとなる。そのヨタモノが最後に見たものは、血走った眼をしたボンが、己に向かって殴りかかる姿だった。

ゴッ!ボンの拳が、ヨタモノの顔面を殴り、後頭部が壁に叩きつけられた。壁のヒットした場所に、赤い血の花が咲く。ヨタモノは倒れ、動かない。「へ、へへ!何してんだよ!立てよ!」ヨタモノの一人が呼びかけるも、倒れたヨタモノはピクリともしない。

「う、嘘だろ?」一人のヨタモノが這い進み、倒れたヨタモノを揺する。「し、死んでる」ヨタモノたちは一斉に、ボンを見て、失禁した。「こ、殺しちゃっタァー!?」「人殺し!人殺しー!」ヨタモノらは這う這うの体で逃げ出そうとする。

自分たちは殺す側の人間であるとしか考えていないヨタモノたち。彼らには殺されるやもという覚悟はなく、立ち向かう覚悟はないのだ。そして、ボンは彼らを生かして帰すつもりなど無かった。路地裏に、拳がぶつかる音が響き続ける…

…辺りは死屍累々の様相を呈していた。狭い路地裏の中をチーム・タイラントのヨタモノたちが大量に折り重なり、ボンに向かって生気のないマグロめいた視線を向け、全員が死んでいた。ボンは、真っ赤な血に濡れた拳を目の前に掲げた。それを見つめ、呟く。

「なんだよアニキ…人を殺すなんて、大したことねえじゃないか…」

「無事だったか…ボン…」そこに、一人の男が足を引きずりながら、歩いてくる。バトルボーン・ヤクザクランの構成員だった。着ているスーツには赤い血が滲み、チャカで撃たれていると分かる。「武闘派で鳴らしたバトルボーンにいながら、ガキどもに負けるなんて情けねえな俺ぁ…」

構成員の男は、転がるタイラントのヨタモノらの死体を見て、ボンが殺人に手を染めたことを知るも、そのことは放置した。そんな事よりも、伝えなければならないことがあるからだ。「聞け、ボン。奴ら、フマトニのカシラの病院を襲撃して…!」

◆◆◆

「アババーッ!」ヨタモノが炎上!タイラントの目に超自然の輝きが灯る…!「誰が殺せと命じた…!ア゛アッ!?」激昂したタイラントは目の前のテーブルを蹴り飛ばし、更にヨタモノを焼く!「やっぱり非ニンジャの屑は使えねえな!」ハルシネイションも手近のヨタモノの首を折る!

「ボス、報告」サーチャーが、タイラントに近くに寄り、耳打ちをする。「なんだと…!」「既に玄関前に到着済み」「チッ…!」タイラントは頭をガリガリと掻きむしりながら歩き回る。現実は、タイラントの思い描くそれと大きく乖離し始めていた。

◆◆◆

かつてバトルボーン・ヤクザクランのシマだったディストリクト。そこにある一番大きなキャバレーが、チーム・タイラントのアジトである。そのアジトの入り口前に、一人の男が立っていた。「オウオウ!ここはチーム・タイラントのアジトなんだぜ!何の用だ!」門番が男を睨みつける。

その男が纏うのは、死に装束。失われた腕は、どこから手に入れたのか、軍用テッコを換装。死に装束の帯にはいくつもチャカが差され、男は笑っていた。「よう。弟に会いに来たぜ」フマトニのテッコが、排熱煙を吐いた。


#4

「ハッ…!ハッ…!ハッ…!」ボンは、かつてバトルボーン・ヤクザクランのシマだったディストリクトを走る。歓楽街だった場所に生きた人間の姿はほぼなく、ゴミやガラクタ、生き倒れのホームレス黒服や、サヨナラファックされたままのオイランやホステスの死骸がそのまま転がっている。

「ヒャオーッ!エモノだぜ!」路地裏から、ボロボロのヨタモノがボンに飛びかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!」顔面を殴り飛ばし撃墜!「金!」「飯!」「ファックしたい!」路地裏から戦いの音を聞きつけたのか。更にヨタモノたちが姿を現す!

「雑魚どもが…!」ボンの表情からは焦りの色が見える!『俺が、カシラの警護についてる時に、奴らが襲撃を仕掛けてきたんだ』ボンの元に駆け付けた構成員の話。構成員は、何が起きたかをボンに語り、そして死んだ。

『その時、カシラが起きて奴らを撃退したんだが…カシラは病院をすぐに出て行っちまったんだ。きっと、ヒビキの野郎の所に…!』ボンの知る限り、フマトニという男は強い男だ。しかしそれは、人間というカテゴリの中だけであり、ニンジャと化したヒビキには手も足も出なかった。

このままでは、フマトニはタイラントに、無惨に殺されることになる。その事態だけは、避けねばならない。「ドケヤオラー!」ボンは、ヨタモノらを殴り飛ばし続け、先に進む!キャバレーまでは残り600メートル!

◆◆◆

「イヤーッ!」「アバーッ!」殴り飛ばされたヨタモノが、ガラスドアを突き破り、床に転がった。軍用テッコで殴り飛ばされたヨタモノの肋骨は粉砕され、臓器もほぼ破裂。「アバ、バ」そして、死んだ。「邪魔するぜ」破壊されたドアをくぐり、フマトニはキャバレー内部に侵入する。

「か、囲め!」「ウワオー!」ヨタモノらはアイスピックや割った瓶をフマトニに向ける。彼らは攫った女と前後していた最中で、何の準備もしていないのだ。フマトニは、壁際に積み上げられた人々の死体の山を見て、辺りのヨタモノらを睨みつける。それだけで、何人かのヨタモノは失禁した。

「アバーッ!」その時、一人のヨタモノの上から何かが落下し、ヨタモノを粉砕した。「タイラント=サンに腕をぶった切られたってのに、まだ懲りてねえのか!」ハルシネイション。「おうガキ。弟を呼んでくれよ。お前には用はないんでな」「ア゛ッ!?」ハルシネイションの周囲の大気が歪む!

「何の用だ兄貴」二階、テラスめいた場所から、タイラントがフマトニを見下ろしていた。「ようヒビキ。お前を殺しに来たぜ」フマトニは、テッコをタイラントに向け、そう言い放った。「アンタ頭おかしいんじゃねえのか?」タイラントは罵倒などの意思を持たずに、純粋に言い放った。

「俺はニンジャで、アンタは非ニンジャの屑だ。勝てると思ってるのか?」タイラントにとって、己と兄の戦力差は何があろうとひっくり返らない。それを、フマトニが理解できないはずがないのだ。だが。「おいおい。何を勘違いしてやがる」フマトニは、チャカを構える。

「もう抗争は始まってるんだぜ。バトルボーン・ヤクザクランとお前たちとのな」「は?」「お前は、オヤジを殺した。その時点で火蓋は切られてるんだよ。お前ら側が仕掛けておきながら、イモを引くのか?」「バカじゃねえのか!あんたは!」タイラントは、手すりを握りつぶした。

「クソッタレが…!理解できねえ…!」タイラントは頭をガリガリと掻きむしる。「挑めば死ぬってわかってんだろ…!逆らえば死ぬってわかってんだろ…!だっていうのに、親父も、兄貴も!なんで俺に、ニンジャに逆らう…!?」タイラントには、それがわからなかった。

「理解できねえなら、お前に見せてやるよ。ヤクザの生き様をよ」「いきなりボスに挑めると思ってんのか?」ハルシネイションとフマトニの周りに、燃える壁が一瞬にして現れる。「お前の矜持とやらを、ファックしてやるよ!」「ガキ、お前にゃ無理だよ」テッコが、壁に叩きつけられた。

◆◆◆

「キャホーッ!」ボンの肩に、ナイフが突き立てられた!「グワッ…!」激痛に声を上げかけるも、ボンは歯を食いしばり、背中にしがみ付いた浮浪者風ヨタモノを掴んで投げ飛ばす!「食い物を寄越せ!」「ファックさせろ!」ヨタモノウェーブを数度越えるも、未だヨタモノの数は減らない!

アジトまでは残り100メートルを切った場所。それに比例するように、ボンの全身から血が流れていた。あまりにもヨタモノの数が多すぎる。到底、組織として統率できているとは思えない。だが、その数が今は最大の脅威と化し、ボンの前に立ちはだかっている。

「アッヒャ!火炎瓶持ってきたぜ!」ヨタモノの一人が、潰れたバーから酒瓶を持ち出し、簡易的な火炎瓶を生成!それをボンに向けて投げつけた!ボンは近くのヨタモノでガードし、中身の直撃は避けるものの、腕などに炎が移り火傷を負う!

「キャアー!」「火!」辺りに飛び散る炎にヨタモノたちは原始的恐怖を呼び起こされ、たじろいだ。「イヤーッ!」ボンは、燃えるヨタモノを投げ捨て、炎を踏み越え、走り出す!「逃げるな!」「飯!」「ファックさせろ!」ヨタモノらも、ボンの背を追う!

辿り着いたアジトのキャバレー前には、何人ものヨタモノの死体が転がっていた。潰れた車、破壊された入り口のドア。既に、フマトニは辿り着き、戦いを始めている。戦いが始まってどれだけ経っている?もしや、ヨタモノの妨害が起きてる時には既に…!ボンは、破壊されたドアの残骸をくぐる。

ヨタモノたちは、ボンがアジトに入ったことに気が付くと、恐怖し、奇声を上げながら逃げ出した。アジトの外のヨタモノたちは、チーム・タイラントでも最下層のメンバー。ヤクザで言うなら、レッサーヤクザ以下の地位。タイラントらの不興を買い、浮浪ヨタモノと化しているのだ…

「アニキ!」ヨタモノの死体が壁にめり込んだ廊下を駆け抜け、もう一つの破壊されたドアの残骸をボンは潜り抜けた。「アニキ」そこに、フマトニたちはいた。

闘ったのだろう。テッコは半ばから破壊されもぎ取られ、残された四肢も粉砕骨折されたかのように圧し折れていた。フマトニは衣服を付けておらず、全身にはおびただしい拷問の痕跡が残されている。どれだけ、ヤクザとしての矜持が傷つけられたか。どれほど、人間としての尊厳が犯されたのか。

フマトニは、タイラントに首を掴まれ持ち上げられていた。横に立つハルシネイションは、頬を擦り、折れた奥歯と血の塊を吐き出した。それ以外に目立った傷はない。軍用のテッコを換装しても、モータルとニンジャの戦力差は、余りにも…

「最後に、何か言い残すことはないか。兄貴」タイラントは、無感情にフマトニに呼び掛け、チョップを構えた。「…俺の生き様を見て、何も感じないってんなら、俺から言うことは何もねえ」フマトニは、弟から視線を動かし、駆けつけてきた傷だらけの弟分を見た。

「悪いな、010101。後の事は頼んだぜ」フマトニは、最後にボンの名を呼んだ。フマトニの首がチョップで切断され、飛んだ頭部が、炎上した。

「ア!ニ!キ!」ボンは叫んだ。そして、殺意を込め拳を握り、タイラントを目掛けて走った。「キンギョの糞が…今の俺は機嫌が悪いんだ…テメェで発散させてもらうぞ…」

◆◆◆

「そうれっと!」二人のヨタモノが、ゴミ捨て場に運んできたものを投げ捨てた。そして、もう一つ置かれていたものを掴んで、投げ捨てた。「ハァーッ…まったく、ボスに戦いを挑むなんて馬鹿げてやがる。おかげでとばっちりが来ちまったぜ」「バカなヤクザだったぜ!まったく」

ヨタモノらは、来た道を戻っていった。ゴミ捨て場に投げ捨てられたもの、ボンは空を睨みつけていた。全身の骨という骨は砕かれ、立ち上がることもできない。死を目前とした肉体。それでもなお、憎しみと殺意に陰りは無かった。

ボンの上に、首のないフマトニの遺体が投げ捨てられている。その重みが、失せてゆく熱が、ボンの殺意を燃え上がらせてゆく。「殺す…!殺してやる…!」しかし、肉体は動けない。身じろぎ一つすら出来ず。呼吸をするだけで激痛が走る。

「ヒョホッ…?」「肉…?」そこへ、浮浪ヨタモノが近づく。ヨタモノたちの目は、飢餓に追い込まれた人間の、危うげな輝きが宿っていた。ナムアミダブツ。ボンとフマトニを食うつもりなのだ。フマトニの肉体が持ち上げられ、ヨタモノはナイフを持ち出した。

「クソが…!ヤメロ…!」しかし、死にかけの人間の言葉を聞くものなんていない。ヨタモノたちの口から、ご馳走を前にした涎が溢れ出す。「俺に…!俺に力があれば…!」ボンの頬を、風が撫でる。そして、一陣の突風がゴミ捨て場に吹き荒れた。

「アイエエエエ!?」「キャホーッ!?」あまりの突風にヨタモノたちは立っていられず、転がってゆく。ボンの肉体に刻み込まれた傷が、逆再生めいて癒えてゆく。全身に力が漲り、ボンは立ち上がった。「あ、アイエエエエエ!?ニンジャ!?肉がニンジャナンデ!?」ヨタモノは失禁!

「ニンジャ…?俺が…?」ボンは己の両手を見た。自分でもわかるほど、カラテに満ちたその肉体を。ニューロンには全能感が滾る。「クソが…!」そして、ボンは地面を殴り始めた。アスファルトは焼き菓子めいて簡単に割れた。ヨタモノたちは怖れ、フマトニの遺体を置いて逃げ出した。

「なんで…!今更…!ニンジャに…!なったんだ…!」この力がさっきあれば、フマトニは死ななかったはずだ。この力があればもっと前にあれば、共にアジトに襲撃を仕掛けることが出来たはずだ。この力が、最初からあれば、クランの崩壊を防げたはずだ。

しかし、いくら嘆いたところで、現状は何も変わらない。ボンはフマトニの遺体を背負い、歩き出した。返す刀で奇襲を仕掛ければ、有利になるやもしれないが、あちらはニンジャが三人もいる。勝ち目は薄いだろう。全身に滾る全能感に、身をゆだねるわけにはいかない。

何より、フマトニの遺体を、オヤブンのカチジと、彼の母親が眠るテンプルに埋葬しなければならない。「やってやるぜ…アニキ…」ボンの足取りは、確かだった。その後ろ姿を、雑居ビルの屋上から、初老の男が見下ろしていたが、ビルの屋上から屋上へと駆け、どこかへと消えていった。

◆◆◆

それから、しばらくの時が経った。チーム・タイラントの暴虐は収まるところを知らず、ネオサイタマ市警はついに、ケンドー機動隊による支配ディストリクトの封鎖を決定した。治安の悪化が著しいネオサイタマ。その各地で、奇妙な光景がいくつか市民に見られていた。

…「イヤーッ!イヤーッ!」スクラップ処理場にて、一人の男がスクラップで作られた鋼鉄の木人に拳を叩きつけている。そして、トドメの一撃により木人は破壊された。「…イヤーッ!イヤーッ!」数十秒の休憩の後、男は横にある次の木人に対して木人拳を行い始めた。

…「イヤーッ!」男が拳を放つと、前方数十メートルの位置にあるロウソクが倒れた。「チッ…!」男は舌打ちをし、横にずれ、そして再び拳を放った。今度はロウソクは倒れず、上の火がゆらいだ。「まだ精度が甘いな…」男は再び横にずれ、拳を放つ。今度は、ロウソクの火が消えた。

…「グワーッ!」男は、熱湯が湧き立ち、業火に掛けられた釜の中で、カマユデを受けていた。「アイエエ無茶です!」浮浪者の男は、火を消そうとバケツを掴む。「ヤメロ…!もっと火を強くしろ!報酬が欲しいのならな…!」「アイエエエ…」浮浪者の男は薪をくべる。

…男は、事故により重油が流出したネオサイタマ湾を泳ぐ!全身に重油が絡みつき泳ぎづらい!「キャホアバーッ!?」重油を奪おうとした水上バイクヨタモノが岩にぶつかり爆発!汚染海水と混ざった重油が燃えだす!「イヤーッ!」男は炎を背に加速!炎から徐々に離れる!

…「こいつを調べて欲しい」男は、ゲーム機を情報屋の前に置く。「こいつのプレイヤーと、フレンドと、チャットをね。了解」情報屋は気だるげに受け取り、調べ始めた。

◆◆◆

…男は、オハカの前で手を合わせていた。カチジとフマトニ、そしてフマトニの母親が眠る墓だ。「バトルボーン・ヤクザクランもこれでお終いだな…」隣に立つボンズが、寂し気に呟いた。男は手を合わせるのを止め、歩き出した。「行くのかい」ボンズが男の背に話しかける。男は止まらない。

「死んじまったら、隣のオハカをボンズ特権で空けて、葬ってやるよ」「…俺は死なねえ。死ぬのは奴らだ。イヤーッ!」男は跳躍し、墓場から去って行った。向かう先は、チーム・タイラントの支配するディストリクト。ヤクザ崩れの烏合の衆が支配するエリアだ。


#5

…ヒビキは、チームのアジトに向かって歓楽街の大通りを歩く。彼に声をかける者などいない。キャバレーの前に黒服の死体が転がり、ヒビキに魚のように濁った眼を向ける。この店は、チーム・タイラントの活動の初期の方で、部下のヨタモノが潰して黒服たちを皆殺しにしたのだ。

「アイエ…」店内にいた浮浪者ヨタモノが、ヒビキを見て暗がりに逃げ込む。ヒビキは無制限に手下を集めた。結果、統率は不可能になり、チーム・タイラントの名をインロウめいて使う無軌道ヨタモノで溢れかえった。今はヒビキら、ニンジャによる恐怖政治により、無理やり統率を取っている。

「お、お恵みを…」路地裏から、骨と皮のような状態のヨタモノが這い出し、ヒビキの足に縋る。支配するディストリクトは、全方向を市警のケンドー機動隊、或いはヤクザクランが。もしくはニンジャが支配していると思しき組織によって封鎖されている。物資が新たに入ってくることはない。

結果、ディストリクト内で小さな社会が形成され、物資の奪い合いが発生。派閥間の争いに敗れたヨタモノグループや、ヒビキの怒りを買ったヨタモノが、浮浪者ヨタモノと化しているのだ。「チッ」「アバーッ!」ヒビキは、ヨタモノの頭を踏み砕いた。

ヒビキのニンジャ聴力は、辺りの廃店舗から息を呑み、必死に呼吸を殺そうとする音を拾う。他にも、隠れているヨタモノがいるのだろう。周囲を睨みつけ、ヨタモノらを威嚇する。

ヒビキは再び歩き出す。数メートル進めばまた別の黒服の死体が転がり、ヨタモノが飢えてちょっかいをかけて殺され、オイラン・ハウスに隠れるヨタモノたちは、恐怖の声を上げてヒビキが立ち去ることを祈る。

「クソが…!なんで上手くいかないんだ…!」サーチャーの力を借りて、フマトニが歓楽街をふらついているのを、監視したことがあった。黒服やホステスにオイラン、歓楽街の馴染みの客たちは皆、フマトニに親しみを持ち、敬い、信頼を寄せていた。しかし、今のヒビキはどうだ?

誰も親しみを持たず、敬わず、信頼せず。恐怖心しか抱かれていない。「俺と兄貴の何が違うんだ…!?」「何もかも違ってるに決まっているだろうが。エエッ?」ヒビキの後ろから、声が響いた。「イヤーッ!?」ヒビキは咄嗟に跳びあがり、声の主から離れた。

(俺が、ニンジャが気づけなかっただと…!?)そう、ニンジャであるヒビキが、声をかけられるまで、いることに一切気が付かなかった。ニンジャ第六感も、ニンジャ聴力も、ニンジャとしての感覚を全てすり抜けて、その声の人物はヒビキの後ろに立っていたのだ。

「イヤーッ!」そして、不用心に飛び上がったヒビキを、声の主は見逃すつもりなど無かった。「グワーッ!」ヒビキは衝撃波を喰らい、きりもみ回転をし、タタミ20枚分もの距離を吹き飛び、ゴミの山に突っ込んだ!

「何者だ…!っ!?」全身を生ゴミに包まれながら、ヒビキは立ち上がり、声の主を睨みつけた。そして、数秒固まった。そこに、フマトニが立っていたからだ。しかし、よく見ればそこに立つフマトニは、フマトニではなかった。

「テメェ…キンギョの糞か…?」そこに立っていたのは、フマトニの弟分の男だった。名前は知らない。ヒビキにとってその男はキンギョの糞以外の何物でもないからだ。そして、何故その男をフマトニと見間違えたのか。

「その恰好は何だ!当てつけか!ア゛アッ!?」男の恰好は、フマトニの一張羅と同じだった。金糸のシャツをニンジャ装束に。純白のスーツのズボン。イタリア製の革靴。フマトニはポンパドールだったが、男はリーゼント。フマトニを更に凶暴にしたら、そうなるやもしれない。そんな格好だ。

「ドーモ。ソニックブームです」男、ソニックブームはアイサツをした。「ドーモ、ソニックブーム=サン。タイラントです」タイラントもアイサツをした。見下している相手とはいえ、アイサツを返さねばならない。

「ようヒビキ。テメェを殺しに来てやったぜ」「俺は!タイラントだ!」ニンジャとしての名を呼ばないソニックブームに、タイラントの堪忍袋は一瞬にして爆発!タイラントの目に超自然の輝きが灯る…!「イヤーッ!」タイラントが攻撃を完了させる前に、ソニックブームは動き出した!

タイラントの視線を切るように、稲妻めいた軌道を描き、ソニックブームは駆け、タイラントを殴り飛ばす!「グワーッ!」タイラントの目には、ソニックブームの動きはまるで捉えられない!「お前ら!そこにいる奴を殺せ!殺せた奴は最高幹部として取り立ててやる!欲しいものは何でもやるぞ!」

「肉!」「酒!」「ファックしたい!」タイラントの命令を聞き、ヨタモノがそこかしこからあふれ出し、ソニックブーム目掛けて走り出す!ヨタモノたちは極限の飢餓状態に置かれ、相手がニンジャであることにまだ気が付いていない!

「ン、ンー?」着地したタイラントは、両手の親指と人差し指をL字に立て、カメラマンがアングルを探る時の形にし、そこにソニックブームとヨタモノらを納めた。ソニックブームは丁寧にヨタモノたちを一撃で殴り殺し続けているが、数に押しつぶされ、見えなくなり始めていた。

「ンー…イヤーッ!」そして、タイラントのカラテシャウトが響くと、押しつぶしていたヨタモノボールの中心部が炎上し始めた!「アイエエエエ!?」周りのヨタモノらも炎上!「死んだか…!」タイラントは、燃え盛る人影の中に、ソニックブームがいないかを見極めんとする…!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」その時、タイラントの足元からマンホール蓋が飛び、顎を強かに打つ!下水道にはソニックブームが拳を上に突き上げ、そこに立っていた。ヨタモノらに押しつぶされたように見せかけ、下水道に移動。衝撃波でマンホール蓋を打ち上げ、タイラントを攻撃したのだ!

「クソックソックソッ!」タイラントは電線を掴むとその上を走り、アジトの方へと向かう。この場でソニックブームと戦うのは、明らかに不利だと考えての撤退だ。ハルシネイションとサーチャーの三人がかりで殺す。

「へ、飯」「酒っ」下水道から上がってきたソニックブームを囲うヨタモノたちは、及び腰になっていた。ようやく、目の前に立つ男が、ニンジャだということに気が付いたのだ。「フン」そして、ソニックブームは彼らを生かすつもりなどない。「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」…

◆◆◆

CRAASH!「うおっ!?」アジトの窓を突き破り、飛び込んできたタイラントに、ハルシネイションはネコのように飛び上がる。「ゲホッ、敵襲だ!」立ち上がり、タイラントはサーチャーを睨む。サーチャーは急いで眼を閉じ、全身に目のような痣が浮かび上がらせた。

「っ!来る!」サーチャーが叫んだ瞬間、壊されたままの入り口のドアをくぐり、ソニックブームがエントリーした。「あの時殺したヤクザ…!?」ハルシネイションは、ソニックブームの姿を見て驚愕した。「違う!奴の弟分だ!」「ああ。あのカスか」ハルシネイションは、テラスから飛び降りた。

ソニックブームは、目の前に降りてきたハルシネイションを見て、拳を鳴らした。「ドーモ、ハルシネイション=サン。ソニ」「イヤーッ!」ソニックブームの周りを完全武装の兵士が囲み、虹色の弾丸を吐き出す!ハルシネイションのアンブッシュだ!

「イヤーッ!」ソニックブームは地面スレスレまで屈み、野獣めいた四足歩行で駆けだした!「バカめ!」ハルシネイションは、燃える壁をソニックブームの目の前に出現させる!このままでは自動車衝突実験めいて、ソニックブームは激突死するだろう!しかし!

「フン!そんな小細工が通用するか!」ソニックブームは左の拳と左足を床に叩きつけ、直角にターン!今度は右の拳と右足を床に叩きつけ、ハルシネイションに飛びかかる!「イヤーッ!」「グワーッ!」速度の乗った拳を叩きつけられ、ハルシネイションは壁に叩きつけられた!

「殺す…!殺してやる…!」ハルシネイションと、ソニックブームの周りを、炎の迷路が取り囲む。「フン、バカの一つ覚えだな」ソニックブームは駆けだした!

「早く繋げ!」サーチャーは、首に増設された生体LANからLAN端子を伸ばし、タイラントの生体LANに接続した。タイラントの意識に、サーチャーの視界が共有され、監視カメラめいて視界を切り替えてゆく!

サーチャーのジツはドドメキ・ジツ!エテルで構成された不可視の眼をばら撒き、監視カメラめいて遠方を監視できるという、斥候めいたジツだ。しかし、そこにタイラントのジツが組み合わせれば、それは遠隔からの暗殺が可能な恐るべき力と化すのである!

燃える迷路のそこかしこに、エテルで構成された不可視の眼がバラまかれた。あらゆる曲がり角、あらゆる場所にその目はあり、ソニックブームを見つけんとしている。そして、一つの目がソニックブームを捉えた。瞬間!「イヤーッ!」ソニックブームの拳から放たれた衝撃波が眼を破壊した!

「グワッ…!」目を破壊されたフィードバックが、サーチャーを襲う!次の目がソニックブームを捉え、破壊される。また、次の目がソニックブームを捉え、破壊される。「グワッ…!グワッー!?なんで、あいつは眼の位置がわかる…!?」

端的に答えを言うならば、鍛錬不足。ハルシネイションのゲン・ジツと、サーチャーのドドメキ・ジツは干渉しあう関係にある。ソニックブームには、迷路の中にある妙な空間が、簡単に認識できてしまう。二者が鍛錬を積み、干渉を可能な限り避けれるようになれば、別の可能性があったろうが…

「見つけたぜ」ソニックブームは、曲がり角を曲がった先に、ハルシネイションを見つけた。ハルシネイションは、焦ったような顔をし、カラテを構える。「……イヤーッ!」しかし、ソニックブームは途中の分かれ道の方へ、見ずに拳を放ち衝撃波を発生させた!なぜ!?

「グワーッ!?」その時、分かれ道に隠れていたもう一人のハルシネイションが、燃える壁に叩きつけられた。ソニックブームが最初に見つけていたハルシネイションは虹色の光となって消えた。ゲン・ジツによって構成されたブンシンだったのだ。

「ゲホッ、ゲホーッ!」ハルシネイションは力なく倒れ、辺りの燃える迷路は消滅した。「テメェのチンケな手品ショーは終わりだ。そろそろ、お前を殺すぜ」ソニックブームは、ハルシネイションの元へと歩き出した。辺りに隠れているサーチャーの目を破壊しながらである。

ハルシネイションのゲン・ジツが消えたのになぜ?…ソニックブームは、既にサーチャーの行動を読み切ったのだ。癖とも言っていい。サーチャーがどこに眼を置くか。予想される場所に衝撃波を当て続けているのだ。サーチャーの悲鳴が、全て当たっていることを物語っている。

「ヒッ」ソニックブームとハルシネイションの距離は、タタミ1枚まで縮んだ。ソニックブームは、無言で拳を大きく振りかぶった。「い、イヤーッ!」ハルシネイションは、自身の周りに燃える壁を出し、防御の姿勢!「こ、これは鋼鉄の壁だ!お前には破れねえ!ハハハッ!」

しかし、ソニックブームは振りかぶるのを止めない。「…イヤーッ!」そして、全力のカラテシャウトと共に、拳は放たれた。その拳は、壁にヒットした瞬間容易くめり込み、奥にあるハルシネイションの顔面を砕いた。

「鋼鉄の壁だってんなら、鋼鉄を砕く威力のカラテを叩き込めばいいだけだ。違うか?」破壊された壁は消滅し、ソニックブームはハルシネイションを見下ろした。「あ、アバ。助け」ハルシネイションの鼻は無くなり、眼球は一つ潰れていた。

ソニックブームは死にかけのハルシネイションに跨り、拳を構えた。「あ、アバッ。なんで、こんなこと。俺が何を」「わかんねえのか?テメェ、フマトニのアニキをファックしただろ?」「何を…」「証拠は出てんだよ」ソニックブームは、懐に入れてあった書類の束を、ぶちまけた。

「サダジ。年齢は22歳。大学を中退した後は無職のまま引きこもり。一日中FPSゲームをし、華々しい戦績を上げ続けているが、全部チートを使ったインチキだ」ハルシネイションは、ヒュッと息を飲んだ。なんで本名がバレている?他の情報はどこから?

「それで、負かした相手のUNIXをハッキングして、個人情報をばら撒いていた。お前流に言うなら、プライドを圧し折るってやつだな。ヒビキの奴とのチャットも全部調べてんだよ」ソニックブームは、写真を取り出した。フマトニの遺体の写真だ。

「アニキの知り合いのマッポに、検死を依頼したらよ?どこかのバカがアニキをファックした痕跡があったわけだ。で、そんなオイタをやらかすバカはお前以外いないってわけだ。エエッ?」全てバレている。ハルシネイションは悟り、暴れて逃げようとするがソニックブームに押さえつけられる。

「死ねやクソ野郎。テメエの自業自得を噛み締めてな!」ソニックブームは拳を振り下ろした。ハルシネイションの残された最後の瞳が見たものは。この瞬間まで貯め込んでいた怒りが爆発し、眼が血走ったソニックブームの姿だった。

「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」

「サ…ヨ…ナ…ラ」頭部が完全に破壊されたハルシネイションは、爆発四散した。「イヤーッ!」その時、ソニックブームの後頭部目掛けてタイラントがトビゲリでアンブッシュを仕掛けたのだ!しかし。ソニックブームはタイラントの足を掴み、地面に叩きつけた。「グワーッ!?」

「遅いんだよ。行動を起こすタイミングも、トビゲリの速度も。何もかも」ソニックブームは立ち上がり、タイラントが立ち上がるのを待つ。タイラントは立ち上がりソニックブームを見た。タイラントの目に超自然の輝きが灯る…!

「イヤーッ!」「グワーッ!?」しかし、ソニックブームはわざわざタイラントの攻撃が完了するのを待ちはしない。タイラントの頭を蹴り飛ばし、転倒させた。「もうテメエのジツの正体は見切ってんだよ」タイラントの腹を踏みながら、ソニックブームはタバコに火を付け、紫煙を吐き出した。

「テメエのジツは、視界に収めた相手に何らかの力を注いで、一瞬で全身を焼き、死に至らしめる。俺の立てた仮説だが、そこまで間違っちゃいねえだろ?エエッ?」タイラントの視界にはソニックブームが映っているが。ジツを使おうとしても、妨害を受けるだけだと流石のタイラントも理解した。

「クソッ…!クソが…!なんで上手くいかねえ…!」タイラントは頭をガリガリと掻きむしる。モータルの頃から治らない癖。精神的に追い詰められた証拠。「俺はニンジャになった!従う奴らの数も、支配した範囲も親父や兄貴以上になった!なのに!何でこうなった!?なんで失敗した!?」

「そんなこともわかんねえのか?」ソニックブームは、咥えていたタバコを吐き捨て、ゴミの山にぶつけた。ゴミは炎上し、アジトに火が回ってゆく。「テメエは、何も積み上げてこなかった。ニンジャとしてもヤクザとしても。鍛錬もしねえ。威厳もねえ。そんなカスに何が出来る?エエッ?」

タイラントのジツ、邪眼とも邪視とも言える力を持っていたアーチ級のニンジャソウルはニンジャとして在った時代に、視界に収めただけで村一つの人口を焼き払い、ニューロンの損傷を度外視すれば、都市一つすら見るだけで皆殺しに出来た。しかし、今のタイラントには一人を焼くのがせいぜいだ。

そして、カラテは論外の一言に尽きる。ニンジャになってからカラテを鍛える鍛錬など一つもせず、酒池肉林の馬鹿騒ぎばかり。出来るのはニンジャの身体能力だけを活かしてモータルを嬲るだけ。そんな日々を過ごせば、ニンジャの力も感覚も鈍るばかりでしかない。

組織を治める者としても、落第だ。人の上に立つ者とは何か。それを学ぶつもりもなく。欲しいものをばら撒けば言うことを聞くだろうという、子供めいた発想しかできず。言うことを聞かなくなれば、恐怖政治しかできない。カチジの予想通りの結末でしかなかったのだ。

「カラテが無ければ、ニンジャじゃいられねえ。ソンケイが無きゃ、ヤクザでもいられねえ」ソニックブームは、タイラントを蹴り転がし、立ち上がらせた。「フマトニのアニキが、テメエに教えたかったことを教えてやるよ」

「ニンジャも、ヤクザも。いやそれ以外の全てが同じだ。本質は変わらねえ。経験を、挫折を、成功を、失敗を、積み重ね続ける奴だけが、上に進めんだよ」タイラント、ヒビキの目には、ソニックブームの内側から滲みだしたオーラが後光めいて、輝いているように見えた。それが、恐ろしかった。

「じゃあ、お前はどうなんだよ!」タイラントは、ソニックブームに問いかけた。「その恰好!兄貴と同じ格好をして、兄貴にでもなるつもりか!?他人になり替わろうとしてる奴が、積み重ねるだの、前に進むだのを言えるのか!?」カラテで敵わないタイラントは、精神攻撃に切り替えたのだ。

「これはな、願掛けだ」だがソニックブームは、一切淀みなく答えた。ソニックブームは、金糸のニンジャ装束を撫でながら話す。「俺はアニキのような存在には成れねえ。誰からも好かれるような、そんな仁義のある男にはな。俺にあるのは、力だけだ」ニンジャ装束を撫でていた拳が、握られる。

「だから俺は、俺のやり方でアニキを越えた存在になってやる。この格好は、アニキの分まで大成する姿をアニキに見せる。見せるまで死なねえ。その願掛けだ」もう、ソニックブームにつけ入る隙はない。カラテにおいても、精神面においても、ソニックブームはタイラント以上だ。

「クッ!」タイラントは撤退しようと、振り返り非常口に向かって走る。しかし、ソニックブームの放った衝撃波が、非常口周辺の壁を破壊し、非常口を潰した。タイラントのニンジャ筋力では、瓦礫の破壊に時間がかかりすぎる。「それじゃあ、今度は俺の番だ。ソモサンセッパってか。エエッ?」

「ヤクザが嫌いだと周りに言いふらしておきながら、ニンジャになるまでクランの金で生かされて?今は、ヤクザクランの焼き増しめいたことしかできねえ。そんなにヤクザが嫌いだってんなら、日雇いでカンオケホテル生活でもすりゃいいだろうが。違うか?」ソニックブームは、理詰めで話す。

「それは…」タイラントは、答えに窮する。タイラント自身も、まったくもってその通りだと思ったからだ。

子供の頃から、ヤクザの子供であることが恥ずかしかった。他人に暴力と脅しをかけ金を奪い、威張るだけしかできないヤクザの子供。それを周りに知られるのが、なによりも怖かった。それで、ヒビキは何をした?

学生時代に家を出てバイトをし、一人暮らしをする選択肢も、ソニックブームが言った選択肢もあったはずだ。完璧にヤクザという存在から縁を切る未来が。だが、ヒビキはそれをしなかった。ヤクザの金で学校に通い、一度はサラリマンになることが出来ても、社会の影響で辞めた後は引きこもりだ。

それ以降はニンジャになるまでクランに養われ無職のまま。ニンジャになった後にしたのは、ヤクザの行為を真似たようなことだけだ。「そんな野郎が暴君を自称するだなんて、とんだ笑い種だ!」ソニックブームは、タイラントを指差した。

「俺がゴッドファーザーになって、正しい名前を与えてやる。テメエの名は、アイドゥルネスだ」「ふざけるな!俺には俺が付けたアイドゥルネスって名前が…!っ!?」ヒビキは、自身がアイドゥルネスと名乗ったことに困惑した。

「俺は、アイドゥルネスだ!俺は…アイドゥルネス…だ…!」何度も、タイラントと名乗ろうとしても、アイドゥルネスとしか名乗れない。それは、ヒビキ自身が、ヒビキに宿ったニンジャソウルが、アイドゥルネスと名付けられたことに納得し、その名を享受したことに他ならない!

「それじゃあ、決着を付けようじゃねえか。アイドゥルネス=サン。バトルボーン・ヤクザクランと、テメェとの抗争の決着を!」「い、イヤーッ!」アイドゥルネスは、ヤバレカバレでソニックブームに突っ込む!逃げようとも戦うにしても、ソニックブームの方へと進まねばならないからだ!

ソニックブームは中腰で構え、限界までカラテを高める。拳に、つむじ風めいた物が纏わりつき始めた。「死ね!ソニックブーム=サン!死んでくれ!」アイドゥルネスの目に超自然の輝きが灯る…!同時に、チョップも放たれた!どちらかが防がれても、どちらかが当たるだろうという皮算用!

「イヤーッ!」その皮算用を、ソニックブームのカラテが打ち破った。「グワーッ!!」ソニックブームの放った突きは、ジェット気流めいた風を纏い、アイドゥルネスを後方に叩きつけ、アジトの壁を破壊!そこからタタミ10枚ほど転がり、道路に倒れた!

「アバッ」アイドゥルネスがチョップを放とうとしていた腕は千切れ、目は潰れている。再起不可能だ。ソニックブームはアイドゥルネスに跨り、ハルシネイションの時と同じようにパウンドでトドメを刺すつもりだ。「兄貴…助けて…兄貴…痛いよ…」その時、アイドゥルネスが呟き始めた。

「兄貴…兄貴…」それはきっと、混濁した意識から漏れ出たせん妄めいた言葉だったのだろう。取り合うだけ無駄な類いのものだ。しかし、ソニックブームは。「テメエが殺した相手に!縋るんじゃねえ!」全力の拳を持って応えた。

「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」

「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」

「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「グワーッ!」「イヤーッ!」パウンド!「アバーッ!」アイドゥルネスの頭が千切れた!

「サヨナラ!」千切れた頭部が叫び、アイドゥルネスは爆発四散した。「フゥー…さて」ソニックブームは立ち上がり、燃え盛るアジトの破壊された穴を見た。「ヒッ」その穴からこちらを窺うサーチャーを、睨みつけた。

「あとはテメェだけだな。デバガメ野郎」「俺、何もしてない!情報提供のみ!クラン構成員、殺害してない!」サーチャーの言葉は正しかった。ホステスや一般人の殺害に手を染めれども、バトルボーン・ヤクザクランの構成員や、フマトニの殺害に直接的に手を貸してはいない。しかし。

「抗争は終わりだ。あとは、残党狩りの始まりだ」「エ」「テメェは、ヒビキの野郎の組織の一員だ。今もな。お前ら側が仕掛けて負けておきながら、関係ねえだのほざいて、イモを引くのか?エエッ?」「う、ウワアアアアア!」サーチャーは、叫び声を上げながら逃げ出した。

ソニックブームは、フマトニと似たようなセリフを言った。サーチャーはこの時にようやく、ヤクザのミーミー、ヤクザの精神、ヤクザという生き物を、朧気に理解した。面白半分で手を出してはいけない存在。相手か己のどちらかが滅びるまで戦い続ける怪物の精神の持ち主!

「逃げるのかね?それはいただけないな」サーチャーの前に、立ちはだかる影。そこにいたのは、ソニックブームが初めてヤクザ・バウンサーとなった時に店にいた、初老の男性だった。「どけええええええええ!」サーチャーは叫び、初老の男性にタックルを仕掛けんとする!

「イヤーッ!」「ゴバーッ!?」しかし、初老の男性のカラテシャウトが響くとサーチャーは、口から血と砕かれた歯を大量に吐き出しながらソニックブームの方に転がった!初老の男性の手には、鋼鉄のトンファーが握られていた。

初老の男性の体を、ミラーめいたニンジャ装束が覆ってゆく。「ドーモ、ソニックブーム=サン。サーチャー=サン。ゲイトキーパーです」初老の男性、ゲイトキーパーはアイサツをした。

「ドーモ、ゲイトキーパー=サン。ソニックブームです。アンタ、ニンジャだったのか?」「その通りだ」ゲイトキーパーは、ソニックブームの方へと歩き出した。途中に落ちていた、サーチャーを引きずりながら。

「私は、君たちバトルボーン・ヤクザクランの事を知っていた。カチジ=サンからソウカイヤに加わるという連絡を受けてな」「ソウカイヤ…」ソニックブームは思い出す。ラオモトなる人物が首魁の新興の闇の組織。クラン存続のために構成員が、ヒビキを神輿に担ぎ上げようとした理由。

「だが、彼らのせいで我々に管理されるはずだった資産は、再建不可能なまでに破壊された」ゲイトキーパーは、サーチャーをぞんざいに投げ捨てた。逃げ出すチャンスだが、サーチャーは砕けた歯と頬の痛みに泣き叫び続けていた。ゲイトキーパーとソニックブームは、サーチャーに侮蔑の視線を送る。

「私は暫くの間、君たち残存のクラン構成員を調査し、クランの再建などの案を練っていたが、クランの構成員が君以外亡くなった時はどうしたものかと悩んだものだよ。しかし、君がニンジャとなったことで話は変わった」ゲイトキーパーは右手を差し出した。

「ソニックブーム=サン。ソウカイヤに入りたまえ。ソウカイヤは、君のような向上心に溢れたニンジャを歓迎している」ソニックブームは、差し出された手を見た。「…いいだろう」その手を、ソニックブームは握り返した。

ヤクザクランとニンジャの組織では勝手が違うだろう。だが、上り詰めれる場所まで上り詰めてやろうじゃないか。フマトニ以上の男となるために。ソニックブームの決意は固い。

「イヤーッ!」「アバーッ!?」「アッ?」その時、集団がサーチャーの元へと駆け寄り、ドス・ダガーを大量に突き立てた。「サヨナラ!」その内の一本が心臓に刺さり、サーチャーは爆発四散した。

「やっ、ヤッタ!」「仇は取りましたぜオヤブン!」サーチャーを殺した集団は、爆発四散したサーチャーを見て、歓喜した。「テメェら…」ソニックブームの目が厳しくなる。その集団は、バトルボーン・ヤクザクランの元構成員。ヒビキの側についた裏切り者たちだった。

「よ、ようボン!」そのうちの一人、顔全体に入れ墨を入れたヤクザが、ソニックブームにすり寄る。「ソウカイヤに入るんだな!おめでとう!」「どうか、バトルボーン・ヤクザクランを、ソウカイヤの傘下にしてくれるように口利きしてくれねえか?」他のヤクザらもすり寄る。

「イヤーッ!」「アイエエエエ!?」ソニックブームは、拳を振り回しヤクザらを吹き飛ばした。「ナニシヤガッコラー!?」「シンイリノチンピラフゼッガサカラッノカコラー!?」ヤクザらはヤクザスラングでソニックブームに抗議した。

「君たちも私の話を聞いていたのだろう?バトルボーン・ヤクザクランの構成員は、彼以外亡くなったと」呆れたような口調で、ゲイトキーパーが語りだす「君たちはまだ、自分がバトルボーン・ヤクザクランの構成員だと思っているのか?」

「アタリマエダッオラー!」「ボンもそう思うだろう!?」ヤクザらは、再びソニックブームにすり寄ろうとする。「…テメェらが、バトルボーン・ヤクザクランを自称するなら、なんでヒビキを殺そうとしなかった?」「ア…?」

「ヒビキは、オヤブンを殺した。テメェらにとっちゃ予想もしていない事態だったのかもしれねえがな。なら、ヒビキにケジメをつけさせようとするのが、ヤクザってもんじゃないのか?エエッ?」「それは…そうだが…」「ウーム…」ヤクザらは口淀む。

「いつでもヒビキを殺すチャンスはあったはずだ。なのに、裏切り者のテメェらは五体満足で全員ここにいる。つまりどういうことかわかるか?」ソニックブームは、カラテを構えた。「何をする気だ!?」「テメェらは全員!ヤクザ失格なんだよ!イヤーッ!」「アバーッ!?」ナムアミダブツ!

…そして、裏切り者たちは死に絶え、最後の一人はソウカイヤの一員となり、バトルボーン・ヤクザクランの歴史は終焉を迎えた。


#エピローグ

「お、お客様!ネオサイタマ市警分署に着きましたよ!」「ン…?」男は、運転手の声で目を開けた。男はいつの間にか、夢を見ていたことに気づく。「お代の方は」「取っておけ。釣りはいらない」男はバイオワニの革の財布から無造作に万札を取り出し、運転手に投げつけた。

「アイエエエ!ありがとうございます!」運転手は歓喜しながら万札を集める。歩合制などが多いタクシー運転手にとって、このような望外のチップ・ボーナスは、会社に渡す必要はなく、生きる希望であり喜びなのだ。狂喜乱舞する運転手を背に、男はネオサイタマ市警分署に向かって歩く。

随分懐かしい夢を見たものだと男は考える。あれから10年近く経ち、男はフマトニと同じ年齢となった。ソウカイヤも大きく成長し、男はそこでニンジャのスカウト部門の一員として、日々職務をこなしていた。

スカウトしたニンジャの中には、生き急いで駄目になった者もいれば、ものにならずサンシタにしかなれない者もいた。だが、中には大きく成長し組織に貢献する者もいた。そうなれば誇らしく、フマトニも男を一人前のヤクザへと育てている時は、こんな感情を抱いたのだろうか考えたものだ。

「フマトニ=サン。お疲れ様です」ネオサイタマ市警分署の前に立っていたデッカーが90度のオジギをした。彼は、ソウカイヤのために汚職を働くデッカーであり、今日ここに来た目的を知る者だ。

男がフマトニの名を使っているのは、単にこの汚職デッカーが、サツヤマの後を継いだ汚職デッカーで、お互いの前任の名で通しておいた方が、ニンジャと汚職デッカーである互いにとって、リスクが少ない。そういうことに、しているのだ。そういうことに、しなければならないのだ。

フマトニの死を吹っ切ることが出来たかと言われたならば、未だにその死は男の中では消化しきれていない。ジゴクのアイドゥルネスが知れば嘲笑い、オヒガンのフマトニ本人が知れば、いい加減俺の事なんて忘れろと笑うだろう。だが、男はフマトニの死を、死ぬまで背負い続けるつもりだ。

「で?奴がいるのは監房のどこだ?」「看守には身元引受人が引き取りに来たと伝えています」男が今日来たのは、スカウトのためだ。ソウカイヤの情報網に、ハイスクールで大量殺人を行った高校生が捕まったという情報が入ったのだ。十中八九ニンジャだ。男はその高校生のスカウトに来たのだ。

「かなり舐めた態度を取ってますよ。うっかり殺すなんてマネしないでくださいよ?書類を書き換えるのは面倒なんですから」男は、汚職デッカーに手を振り、留置場へと入った。

「貴方が、ショーゴー・マグチの身元引受人ですか?」留置場の入り口で立っていた看守が、男に問う。男は笑みを浮かべて「ええ」と答えた。この看守は汚職看守ではない。諸々、怪しまれないような対応をしなければならないのだ。

「オイッ!ショーゴー・マグチッ!お迎えだ!さっさと出ろ!」看守は男を案内すると、ある留置室のスチール・ショウジ戸の覗き穴に怒鳴りつけた。そして、スチール・ショウジ戸を開けると、そこからアフロヘアーの高校生が出てきた。

「だから俺は無実だって言ったろ、勝手にあいつらが心臓発作でさ」確かに、その高校生はサツヤマが言うように舐めた態度だ。看守の手前、妙な動きをするわけにはいかない。下手に出て、どう動くか調べるべきかと男は考えた。男は、作り笑顔を浮かべる。

「ドーモ、ショーゴー=サン。フマトニです。探すのに難儀しました。お会いできて嬉しいです」丁寧なオジギ、丁寧なアイサツ。返さなければシツレイ。「誰よアンタ」そして、ショーゴーはアイサツを返さない!現代的退廃高校生態度!男の笑顔が崩れかけるが、ニンジャ筋力で抑えた。

「君の身元引受人ですよ。まあ、君が望むならあのまま大量殺人事件の容疑者になるのもいいが」既に男の中では、ショーゴーにかなりの矯正を施すことは確定している。あとはトコロザワ・ピラーに連れて行くまでだ。だが、ショーゴーは何かを感じ取ったのか、容疑者のままでいいと言い出した。

流石に何も知らない看守の前でニンジャの話をするのは後処理が面倒ゆえに、看守に席を外させ細かい話をしようとすれば、ショーゴーはジツを用いて看守を殺す始末。男の脳裏にアイドゥルネスやハルシネイション、今まで出会ったニンジャになったというだけで粋がった弱者たちが思い浮かぶ。

「チッ、狂犬め」もう男は、この場で一度ショーゴーを叩きのめすことに決めた。「教育がいるか。大人を舐めるなよ」今!この場で徹底的に上下関係を叩き込まねば、アイドゥルネスやハルシネイションめいて暴走するのは目に見えているからだ!

「イヤーッ!」男は一撃、顎に蹴りを喰らわせショーゴーを天井に叩きつける!同時に、スーツを脱ぎ金糸のニンジャ装束を晒しながらメンポを装着。更に櫛で髪型をリーゼントに整える作業を一瞬で終わらせた!ワザマエ!そして、地面に落ちたショーゴーの背を踏みつける!

「ケチなニンジャソウル一つで世界の王にでもなったつもりか?」ただ、ニンジャになったというだけで全てに勝利できるほど、世界は甘くない。男はゆっくりとタバコに火を付け、メンポ越しに咥え一気に燃やす。

「ゴジュッポ・ヒャッポ。お前は俺らの世界じゃヒヨッコなんだよ」「グワーッ!」ショーゴーは、背に落ちたタバコの灰の熱さに叫ぶ。「改めてアイサツしてやるよ」男は、威圧的にアイサツした。

「ドーモ、ショーゴー=サン。俺はソウカイシックスゲイツのニンジャ。ソニックブームだ」

ノーカラテ・ノーニンジャ ノーソンケイ・ノーヤクザ【終】