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時効X年

1.1946年東京 天津原岳道

「ロクさん、この遺体が…」

 1946年、セミの声すらない東京新宿のど真ん中で、刑事天津原岳道あまつはらたけみちはその死体を見上げていた。辺りには物陰に隠れて人の気配が感じるが、ここは闇市。配給以外に頼っていると知られるわけにはいかない人々は、姿を隠し遠巻きに現場を眺めているだけだった。

「ああ。捕まるのを覚悟で伝えた野郎が言うには、突然現れたらしいぜ」

 ロクさんと呼ばれた男は、カンカン帽を被っていてもまだ暑いのか扇子を扇ぎながら天津原と同じように見上げていた。

 十字路のど真ん中。そこに建てられた電柱ほどの十字架に、一人の男が磔にされ死んでいる。四肢に釘を打たれ、血は流れ切ったのか青白い裸体を晒していた。

「その伝えた野郎がラリってたってオチじゃないですよね」

 天津原は瓶を呷る仕草をしながらロクを見るが、ロクは首を振る。例えその通報した人物一人が薬物を摂取していたとしても、こんなデカさのものを誰にも見つからず、真っ昼間に立てるなんて不可能。天津原も冗談でそれを言っただけだ。

「素っ裸だから身元がわかるような代物は無し。可能性があるのは…腹のやつだな」

 ロクは、扇子を閉じ、磔死体の腹を指す。死体の腹には、奇妙な模様が描かれていた。血で描かれたのか赤く、四角をベースにしたらしい。その四角の四隅の内右下以外の隅に、小さな四角とその中に正方形。それ以外には何らかの規則性を持って同じような四角と正方形の塊や粒が描かれていた。

「こいつぁなんだ?この国に来たアチラさんのヤクザの手口か?病んだ芸術家が自己主張で描いたものか?」

「ここで頭を悩ませていてもしょうがありませんよ。聞き込みをしませんと」

  二人は聞き込みを進めるが、思うように進まず、三日後に神田でまた同じような手口の死体が現れた。

 その遺体は、ロクだった。

「おい…俺に双子の兄弟はいねえぞ…?」

【続く】