私の翻訳者としての道のり

今日は、よく質問を受ける「いつどんなきっかけで翻訳者になろうと思ったのか」「どうやって翻訳者になったのか」について書いていこうと思います。

私は、翻訳者一筋でここまできたわけではなく、寄り道も多く、きれいにまとめられないので、思い出しながら、おしゃべりするように、思いついたまま書いていこうと思います。

最初に翻訳者に興味を持ったのは?

小学生の頃から洋画や洋楽が好きで英語に興味を持つようになり、ハリウッドスターやミュージシャンの通訳をしている人をテレビで見て、初めて英語を使う仕事に興味を持ちました。今思えば、子供の頃に知ることができる職業は限られていて、英語を使う仕事といえば、エンターテイメント業界の通訳者、そして映画の字幕翻訳者の仕事だけでした。どちらかというと翻訳者よりも通訳者に憧れていました。

その後、中学に入り英語の勉強を始めました。

翻訳者になることを考えて大学の専門を選んだのか?

洋画や洋楽が好きなまま受験生になり、英語が好きで大学でも勉強したいとは思っていましたが、「英語だけできてもしかたない」という、高校教師の声に惑わされ、とても悩みました。
今考えたら、英語だけでもできることがあるのはすごいことだし、何かを本気で学んでいたら、他に気になることも出てきて世界も広がるし、大学卒業までに全てを学び終えないといけないなんてことはないから、なんと酷いアドバイスをしてくれたものだと思いますが、高校生の私にとって教師の発言は重く、迷子になりました。

そんな時に読んだ本で「会議通訳者」という仕事を知り、興味を持ちました。

大学生になったら留学は必ずすると心に決めていたので、英語は独学と留学で身につけるとして、通訳者として役立ちそうなことを勉強できる大学や学科を選ぶことにしました。が、そう簡単に考えをまとめられて、希望がかなったわけではありませんが、上記の本で会議やニュースの通訳に憧れたこともあり、最終的には「法律・政治」を専門に勉強することになりました。その時は全く予想していませんでしたが、今は法律やビジネスといった実務翻訳者をしているので、悪い選択ではなかったと思います。

大学を卒業してすぐに翻訳者になったのか?

通訳者を目指していたわけですが、翻訳者になったか?という質問に対して結論を言うと、片足を突っ込んだとは言えるのではないかというような仕事につきました。

大学で何を学んだのか、留学で何を得たのかはまた別の機会にお話することにしますが、TOEIC860点、英検準1級で就職活動をしました。もう15年も前の話ですので、参考にするのではなく、昔話として軽く読んでいただければと思います。

私は学生時代、英語を使ってできそうな仕事(英語の家庭教師やホテルのフロントなど)をとりあえずアルバイトでやってみたりしましたが、就職活動をしている頃も、まだまだ世の中にどんな仕事があるのか、自分がしたいことはどの職業で実現できるのか全くわかっていませんでした。しかも、60歳まで働けて、周りがいいねと言ってくれるような会社を見つけないといけないと思っていました。

仕事①

最初の仕事は、社長専属通訳者のアシスタントのような仕事をしていました。通訳をすることはほとんどありませんでしたが、英語で行われる会議の議事録を作ったり、英語で挨拶やスピーチの原稿を作ったり、英語がメインの会議運営のアシスタントをしたり。外国語に触れる機会はたくさんあり、文字にしてみるとすごくいい経験になりそうで、もっと続けたら早く通訳者になっていたかもしれないと思いますが、その時の私は、仕事が辛すぎて英語を使う仕事の世界から逃げたいと思いました。新卒で就職したら3年は働け!と言われていましたが、私には1年半が限界でした。

この仕事をしている間、半年間、通訳講座に通っていました。

ちょっとお休み

最初の仕事を辞めた後、私は1年ほどお休みしていました。英語関連の仕事から離れたかったけど、他にやりたいこともわからず、新卒で1年半で辞めてしまったのと、リーマンショックのせいで就職活動がうまくいかず、ふと思いついて1ヶ月韓国に行きました。

最初の仕事を辞めた時に、私は自分の英語力について自信を失っていたのですが、韓国に行き、韓国語の勉強をしたり、そこで出会った人たちとたくさん話をしたことで、私の英語力は使えるし、出身国が違う人たちとも抵抗なく過ごせるし、英語を使って誰かの役に立つこともできると思いました。年齢を気にすることもないし、会社員にこだわることもない、そして60歳まで頑張れなくてもいい、ちょっとでもやってもいいなと思うことがあればやってみたらいいと思うようになりました。


この1年の休みの間に、初めてTOEIC900の壁を超えました。

仕事②

派遣でTOEIC730点以上、未経験OKの英語のテクニカルライターの仕事をしました。半分くらいは翻訳の仕事でした。

テクニカルライターの仕事を簡単に説明すると、製品の使い方や問題が起きたときの解決方法などについて文章にして、製品の取扱説明書を書くお仕事です。それを英語でしていました。

フリーランスの翻訳者になるために必要な「3年の翻訳経験」が得られると思って選びました。3年は長いと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、60歳まで働ける会社を探さなければならないという考え方が辛いと思っていた私にとって、3年働いたら辞めていいと思ったら、あっという間でした。

この仕事に、ホームページの編集の仕事も含まれていて、仕事①でもイラストレーターが使えずに辛い思いをしたことがあったので、ここで克服するか!となぜかスイッチが入ってしまい、2年間夜間の専門学校に通いました。授業料も高かったし、今ならオンラインでもっと安く効率よく勉強できると思いますし、人にオススメはしませんが、今一緒に仕事をしているデザイン仲間に出会えて、学割でMacやAdobeソフトが安く買えて、2回目の学生時代を楽しめて、幸運なことに(学校を通してではありませんが)すぐにデザインの仕事がもらえて学費分は取り返したので、後悔はしていません。

この仕事で3年の翻訳経験を得たらフリーランスになる!ときめていたので、3年ぴったりで退職しました。

仕事③

テクニカルライター&社内翻訳者の仕事を3年間して、Adobeソフトも使えるようになったので、自分の市場価値はさておき、少し自信はついていました。次に出てくる仕事④も同時にしながら、フリーランスになる準備をしようと思っていた頃。

どうやってフリーで翻訳の仕事を得ようかなと思って検索をしていたら、翻訳会社が、雑用やチェッカーのアルバイトを募集していました。週2〜3日の仕事だったので、フリーランスの仕事もできるし、家賃を滞納する不安はなくなるし、翻訳会社の中で仕事の勉強ができると思い、即応募しました。

TOEIC900点以上、フランス語と韓国語の基礎もあり、イラストレーターが使えるという、小さなポイントがたくさんあったのがよかったようで雇ってもらえ、3年間働きました。

私は、多言語のファイルチェックやDTPなど、いろいろな経験をさせていただきました。翻訳会社がどんな基準でどんな流れでチェックをして納品をしているのかがわかり、自分が翻訳者として仕事をするときも、最終チェックはその基準でチェックをして納品ができるので、本当にいい経験だったと思います。

仕事④

英語ネイティブの友人たちが始めた会社で働きました。WEBデザインの専門学校に通っていた頃、新しく会社を始めるからホームページを作ってほしいと声をかけられたのが始まり。英語が通じるデザイン会社はほとんどないので、制作の経験がなくても、英語ができて、実績を作るために安く作ってくれるデザイナーがよかったよう。

その会社のウェブサイトの作成や更新はもちろん、英会話学校や翻訳会社の運営、インバウンドコンサルティング、マーケティングなど、海外とのつながりでお困りの方がいたら助けるといった仕事をいろいろやりました。英会話学校では、英会話の受付も、英会話講師も、書類作成もなんでもやりましたし、翻訳部門では、見積もり、翻訳者手配、翻訳、チェッカー、翻訳者の採用育成など、こちらもいろいろやりました。日本人は私だけで、生活のほとんどが英語だったので、ここで英語が話せるようになったと思います。ここでは7年ほど頑張りました。

フリーランスの仕事

個人事業主として開業してからもうすぐ6年になります。③と④の仕事をしている時に始めました。偶然出会った翻訳会社の方に拾っていただき、少しづつお仕事をいただけるようになり、今は1社のみからお仕事をいただいています。④の仕事でかなり頑張って働いたので、今は少しゆるめの仕事量にしています。

他にも仕事があるので、1社からの翻訳の仕事だけで生活しているわけではありません。他にどんな仕事をしているかは、こちらの記事にまとめています。

ここまで書いてきて、「翻訳者になりたいと思った瞬間」というのは、小学生の時に字幕翻訳者に憧れた時だけで、それ以外には出てきていません。結局、よく質問を受ける、「いつ、何がきっかけで翻訳者になりたいと思いましたか?」に答えはありません。

やりたくないことは避け、私の元にやってきたチャンスのうち、少しでもやってみてもいいと思って受けたことは一生懸命やってきて、今残っているものの1つが「翻訳」という仕事で、それは子供の頃に憧れた「字幕翻訳」ではなく、勉強や経験が呼び寄せたような「実務翻訳」の仕事。いつのまにか少しずつたまっていた知識や経験があるから、逃げたくなることもなく、楽しく頑張れている仕事です。

学生の頃は、本当に「やりたいこと」をひとつだけ選ぶことができなくて悩みましたが、今は少しでもやってみたいと思ったことに挑戦して、ひとつだけに絞ることもしません。中途半端だと言う人もいるかもしれませんが、中途半端かどうかは、私と一緒に仕事をする人に判断してもらえば良いと思っています。中途半端だと思われるか、適度に広い知識やスキルがあって使いやすいと思ってもらえるか、それは私の頑張り次第だと思うので、「私は翻訳者です」と言えるようになった今でも勉強を続けています。

まだ学生だった頃、憧れだった字幕翻訳者の戸田奈津子さんが、翻訳者として花開いたのは40歳くらいで、それまでは親のスネをかじっていたと言っているのを聞いて、なんとなく安心したというか、こんなにすごい方でもそうなのだから、私もまだ大丈夫、40歳までに花開くように頑張ろうと思ってやってきました。そう思いながらも私もそうだったように、若い頃は焦ることもあると思いますが、そこで立ち止まらなければ、知識も経験も自然とたまります。チャンスはいつやってくるかわからないので、やってきたときに、「私には無理、自信ない」とならないように、どんな方法でも、どんなことでも、準備をするのが大事。効率の悪いことはあっても、無駄なことはないと思います。隠れているわけじゃなければ、頑張っていれば必ず誰かが見てくれているはず、と思っています。

私の職歴はこんな感じです。正社員で働いたことは一度もありませんし、長続きしない、世に言うダメ大人です。でも、勉強熱心だし、働き者ではあると思います。

知りたいというメッセージをいただくので書いてみました。だらだらと書いた、こんなに長い文を最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

仕事がどんどんやってくるような大成功している翻訳者ではありませんが、「穏やかに元気に」働くのを目標に、日々コツコツ勉強&仕事をしています。

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